【40話】混乱
みなさんはこんな経験をした事はないだろうか?
家族や友人、愛する人が幸せそうに笑っていると、自分も幸せな気持ちになり自然と笑みが溢れてくる。
ホラー映画を観ている時、その役者が演じる恐怖感を自分のの事のように感じ恐怖を感じる。
人間の感情は人から人へ伝播するものなのだ。
そして『恐怖』という感情は特に伝播しやすく、御し難いものだ。
王国戦士団の戦士達は、きっとこう考えていたのだろう。
『相手はノブナガという聞いた事もない人物。 戦闘員はメルギドの自警団以外は寄せ集めの集団で、しかも数は王国軍の1/4くらいしかいない。一方、我々、王国戦士団は厳しい戦闘訓練を受けてきた、謂わば戦闘のプロ。 しかも王国騎士団にロイヤルナイツのギルエもいる。 王国軍が負ける要素は皆無である。 この戦いは一方的なものとなるだろう』
王国の戦士達は、万に一つも負けることの無い戦いに自分の命が危険に晒されるなんて考えもしなかっただろう。
ところが実際に戦いが始まると、ノブナガ軍から『魔法のような』激しい攻撃を受け、隣にいた仲間が次々と倒れていく。
しかも近くにいると自分も巻き込まれて、下手すれば命を落とす。
そして、その『魔法のような攻撃』を始めた奴らは明らかに魔法使いではなく、どちらかと言うと戦士のような奴らで呪文の詠唱もなく次々と魔法を放ってくる。
多くの戦士たちはこう言ったはずだ。
「なぜ、こうなった?」
と。
冒頭でも話したが人間の感情とは伝播するもので、恐怖という感情は伝播する力が強く… そして、御し難い。
特に戦場という自分の命に直接関わる場所なら、その感情の伝播は恐ろしく強く、一度広がり始めると誰にも止める事はできない。
戦闘開始して間もなく、王国戦士団には恐怖が伝播しパニック状態となってしまっていた。
ヤールガは数名の騎士を連れて、混乱に陥っている戦士達の下にやって来ていた。
「どうなっている!? とにかくあの魔法使いらしき奴らを殺せ!」
ヤールガは叫び戦士団の団長へ指示を飛ばすが、パニックに陥ってしまった戦士団を統率する事は難しかった。
「ヤールガくん、とにかく戦士団を統率しなければ!」
ギルエはヤールガの隣りにやってくると、必死の形相でそう進言していた。
「はい! くそ! あの魔法使いはいったいなんなんだ?」
ヤールガは厳しい目で魔道銃部隊を睨んでいた。
一方、ノブナガは魔道銃部隊の攻撃力の高さと混乱に陥る戦士団を見て、次の作戦指示を出した。
「ティア! 合図を送れ!」
「はいっ!」
ノブナガの指示にティアは空に向かって火の魔法を放った。
それは拳大の火の玉で空高く打ち上がると強烈な光を発して、ゆらゆらとまるで木の葉のように空からゆっくり落ちてきていた。
しばらくすると、王国軍の側面と背後から同じ火の玉が打ち上げられ、これも同じくゆらゆらと木の葉のようにゆっくりと落ちてきた。
ヤールガは空からゆっくりと落ちてくる3つの光の玉を警戒し、王国騎士団に注意を促すと魔法使い達に防御魔法を発動させていた。
その時、騎士団のひとりが慌てて走ってきた。
「だ…団長! 我々の側方から魔物の群れが現れました!」
「なに!? 魔物の群れだと!? くそっ こんな時に… それで、数はどれくらいだ?」
ヤールガは険しい顔で騎士を見ると、詳細の報告を求めた。
騎士は膝を突き報告を続ける。
「魔物、およそ1000体! ゴブリンが大半ですが、オークやトロル、オーガの姿も確認されております! そして、先頭には赤い猿の獣人らしき女が赤い棍を振り回して暴れております!」
「せ… 1000体だと!? それに、赤い猿の獣人!?」
ヤールガはあまりの数に驚愕し、思わずギルエを見てしまった。ギルエも騎士の報告に驚いた顔をしており、なにやらブツブツと呟いている。
「ヤールガくん! 魔物は任せろ! とにかく君は戦士団を統制するんだ!」
「ギルエさま… 了解しました! ご武運を!」
ヤールガはギルエに魔物の群れを任せると、戦士団の統率に意識を向ける。
ギルエはヤールガの返事を確認すると、パニックで右往左往している戦士たちをの間を縫うように走り、魔物の群れが現れたと言う方向へ消えていった。
「とにかくコイツらをなんとかしなければ…」
ヤールガがそう呟いた時、背後から騎士のひとりが息を切らして走ってきて叫んだ。
「団長!! アンデットです! 背後からアンデットの大群が突然現れました!!」
「なにぃ!!!」
「後方にいた魔法使いたちが迎撃していますが、アンデットの数が多過ぎて押されています!」
「くそっ アネッサ殿か… いったいどこに隠れていたのだ…」
アンデットの出現にヤールガは、すぐにアネッサが現れたと理解していた。
「それにしてもタイミングが良過ぎる。 このタイミングで魔物にアネッサ殿… まさか?」
ヤールガの頭の中でひとつの仮説が浮かび上がる。
「ノブナガ殿は、魔物すら仲間にしたというのか? そういえば…」
ヤールガの頭の中でノブナガの言葉が蘇った。
『わしはこの地に住むヒト族、獣人族、半獣人族… そして、魔族。 全ての民が笑って生きられる国を作る!』
(たしかに、『魔族』と言っていた… 魔族とは魔物の事だったのか?)
ヤールガは混乱に陥る王国軍を見つめながら、あまりにも規格外なノブナガに畏れを感じていた。
その時、ふとヤールガの頭の隅をある考えがよぎった。
(ノブナガ殿は魔物すら従えるとしたら…)
「ギルエさまが危ない!!」
ヤールガは勢いよく首を振り、ギルエが向かった方向を見るが当然ギルエの姿はもう無かった。
ヤールガの近くにいた騎士達が驚いてヤールガの方を見ると、ヤールガは騎士たちに指示を飛ばす。
「お前たち、ギルエさまを援護しろ! ギルエさまは単独で魔物の対応に向かわれた! もし、本当に魔物共がノブナガ殿の指示で動いているなら… 魔物共が統制の取れた動きをするなら、ギルエさまだけでは危険だ!」
「魔物が… ノブナガ殿の?」
騎士達は混乱していたがすぐに頭を切り替えると、ヤールガの指示に従って、付近にいた騎士5名がギルエを追って走って行った。
「お前たちはアンデッドを抑えろ! 近くにアネッサ殿がいるはずだ! アネッサ殿を捕らえればアンデットも抑えられる! いけっ!」
ヤールガはギルエを追った騎士達を見送ると、残った騎士達に背後のアンデットへの対応を指示を飛ばした。
「これが… ノブナガ…」
ヤールガは青褪めた顔でノブナガの陣を見ると、戦士達を立て直すため走り出していた。
その頃、ギルエは戦士達の間を縫うように走り魔物が現れたと言う場所を目指していた。
(赤い猿の獣人の女… しかも、赤い棍を振り回しているだと? ……まさかな)
ギルエの頭の中には1人の人物が浮かび上がっていた。
そう、6人目のロイヤルナイツ『ラーヴワス・リナワルス』だ。
常識的に考えてあり得ない事だ。
ラーヴワスが存在したと言われている時代は約800年前。
アクロチェア王国がまだ小国で、獣王ザザンが世界を支配していた時代の話しなのだから。
だが、ギルエはそれを否定しきれずにいた。
なぜなら、自分もその頃にいたロイヤルナイツのひとり『濁流のギルエ』を名乗っているのだから。
ラーヴワスだって子孫がいるだろう。その中のひとりがラーヴワスの名と武器を継いでいたって不思議ではない。
不思議ではないのだが…
(なぜ、今になって現れた? しかも、昔のあの事件と同じように魔物達を引き連れて?)
ギルエは以前ヤールガと話していた『王国のナゾ』に近づけるかも… と、期待していた。
なぜ、王国を守るはずのロイヤルナイツを務めていたラーヴワスは、突然、魔物を連れて王国を襲ったのか?
そして、なぜそれを王国は隠したのか?
ギルエはひとつの考えを持っていた。
『何かを隠すという事は、何か知られてはいけない事があるからだ。 王国は重大な秘密を隠すためにラーヴワスという存在を歴史から消したのだ。 つまり、非は王国にある』
ただ、『赤い』猿の獣人なんて見た事もない。猿の獣人のほとんどは茶系の色をしている。たまに金色のような明るい色の種族もいるそうだが、『赤い』種族は過去の歴史から見てもラーヴワス以外存在しない。
つまり、『赤い猿の獣人』であるラーヴワスとは『架空の人物』なのかもしれない。
過去の誰かが勝手に作り上げたお伽噺という可能性もある。
いや、どちらかと言うと『お伽噺』の可能性の方が高い。
と、どこか心の隅では思っていた。
だが、今回その『赤い猿の獣人』が現れた。しかも、あの話と同じく『赤い棍』を持って。
(あの話は真実だったのか?)
ギルエが半分お伽噺だろうと思っていた、あの『話し』が急に真実味を帯びてきていた。
もし町でたまたま会って、お茶をしながら話をするような状況なら話をゆっくりと聞く事もできただろう。
だが、それが出来ないことはギルエも十分理解していた。
(話を聞くために殺さず捕らえれば… しかし、相手の力量も分からず、しかも単騎。 手を抜けばこちらが殺される可能性がある。 話を聞けないのは残念だが… 仕方ないか…)
ギルエはそう自分に言い聞かせると、魔物が出たという場所へ向かってスピードを上げていた。