【39話】開戦
「おいおいおいおい!! なんだよこれ!」
ノブナガ軍に参加したヒト種族の冒険者のひとりが、目の前に広がる光景に驚愕と不満を吐き出していた。
それもそうだろう。
冒険者ギルドから『町の警護』の仕事と聞いて受けたら、目の前に王国騎士団がいて敵対しているのだ。
不満のひとつも叫びたくなるというものだ。
「お… おい、これ… オレたちどうしたらいいんだよ」
不満を露わにしていた冒険者の仲間であろう男が、オドオドしながら聞いてきた。
「しらねーよ!」
ほぼ八つ当たりのような返事をしていると、隣にいたドワーフの冒険者が声をかけた。
「なんだ、お前さん達はそんな事も知らずに、この仕事を受けたのか?」
バトルアックスと簡易なプレートメイルを装備したドワーフの冒険者は、バトルアックスを肩に担ぐと小さくため息をついていた。
「ん? あんたは?」
ヒト種族の冒険者はムッとした顔でドワーフを見下ろしていた。
「あぁ、ワシはリムンダ。 ドワーフの戦士だ」
リムンダは長く伸びた髭を撫でながら自己紹介した。
「オレはロシェ。 オレも戦士職をしている。 リムンダさん、あんたは知っていたと言うのか? ギルドからそんな説明は無かったはずだが?」
ロシェは少しムッとした口調でリムンダに尋ねていた。
「ん? なるほど… お前さん達は初心者か… 冒険者を名乗るなら最低限、自分が受ける仕事の情報くらいは集めておくものだ」
よく見るとリムンダのプレートメイルにはたくさんの傷と、補修した跡がいくつもあった。 それだけで、このリムンダという冒険者はかなり経験を積んだ冒険者なのだと分かる程だった。
「じょ… 情報収集はしたさ! だが、敵が王国だなんて情報は無かったぞ!」
ロシェは興奮して声が大きくなっていた。
「ふむ。 だから、お前さんは『初心者』だというのだ。 おおかた、この仕事の依頼主がソレメル町長で、仕事内容が『町の警護』、それにメルギド付近で魔物の被害もあまり聞かないから金払いの心配も命の心配もしなくていいだろうって考えたんだろ?」
リムンダの指摘に、ロシェは「ぐっ…」と言葉を詰まらせていた。
「よく考えてみろ。 まず、最近メルギドで起きた事、そしてこの仕事が依頼されたタイミングだ」
リムンドに言われてロシェは自分が集めた情報を頭の中で整理し始めた。
最近メルギドで起きた事…
町の近くで魔物が多く見られるようになった。
だが、不思議な事に魔物の被害や、町から魔物討伐の依頼は出されていない…
過去にこの町は盗賊団に襲われた事があったが、最近はえらく頑丈な城壁で町を囲っている事もあり盗賊団による被害も聞いていない。
ん? だったら何から町を警護するのだ?
そう言えば、最近、王国の騎士にキシュリ姫とかいう獣人の女が殺されたとかで騒ぎになっていたな…
ギルドにこの仕事が依頼されたのは、確かキシュリの葬儀のしばらく後だったはず。
その頃からか、近くの町でも王国に反感を持つヤツが多くなってきたらしい。
それに、ヒト種族至上主義の王国でありながらヒトと獣人が仲良くなっているとも…
そこまで考えるとロシェの頭の中でひとつの答えがぼんやりと浮かんできた。
「まさか…」
ロシェの呟くと
「その、まさか…だ」
リムンドはニヤリと笑って答えていた。
ロシェはバッと驚愕した顔でリムンドを見ると
「いやいやいやいや! まてまて! それじゃ、ソレメル町長は最初から王国と戦う為に冒険者ギルドに依頼を出していたというのか?」
「そうだ。 そして、お前さんたち以外の冒険者は、それを理解したうえでこの仕事を受けている」
リムンドはそう言うと、周りにいる冒険者達をクルリと見渡した。
「な… なぜ? 王国に牙を剥くと分かってて、なぜ仕事を受けるんだ?」
「ん? そりゃ、ひとそれぞれだろうが… ワシは昔から王国の騎士という奴らがキライなんだ」
リムンドが軽く笑いながら答えると、
「キライ…って、それだけの理由でか?」
ロシェは呆れたように尋ねていた。
「ああ、大嫌いだ。 アイツらは大した理由もなく、獣人というだけで女も子供も関係なく殺す。 そして、その剣はワシたち亜人にも向けられる事もある。 ワシが仕事をしている時、ワシの娘は騎士に殺された。 そして殺された理由は、『女が髭を生やしているから』だ」
リムンドはグッとバトルアックスを握る手に力が入る。
そもそもドワーフとは男も女も髭が生えている種族だ。
もちろん女のドワーフの方が髭の量は少ない。だが、ヒト種族が見れば男のドワーフに比べると髭が短いくらいの感覚だろう。
だが、リムンドの娘と出会った王国騎士にとっては、『女が髭を生やしてるなんて言語道断』と考えたのだろう。
リムンドが駆けつけた時、すでに娘は斬り殺された後で王国騎士はいなかった。
ドワーフにとって『髭』はアンデンティなのだ。
それは男とか女ではなく、『髭』はドワーフがドワーフたる為に生やしているとも言えるものなのだ。
だから『髭』を剃れと言われれば、髭を剃るくらいなら死を選ぶ。それくらいドワーフにとって『髭』とは重要なモノなのだ。
ここからはリムンドが集めた情報からの想像だが、おそらく娘は酒に酔った王国騎士に髭を剃れと言われ拒否したのだろう。
それに激昂した王国騎士に『殺す』と脅されたが、娘が髭を剃る事を拒否したため斬り殺されたのだと思われる。
その場を見ていた住民から、王国騎士はかなり酒に酔っていたとの情報もあった。
おそらくは間違いないだろうと、リムンドは考えていた。
リムンドは王国へ直訴しに行ったが、物的証拠はなく、保身を考えたヒトからの目撃証言も集められなかった事もあり門前払いされてしまった。
リムンドは復讐を考えた… だが、それは王国を敵にする事になり、リムンドひとりでは復讐が不可能であることは明白だった。
もちろんドワーフの仲間達にも協力を依頼したが、誰も協力する者はいなかった。
まあ、それは当然だ。
誰が好き好んで王国を敵にしようと思う?
明らかに犯罪者として捕まり、最悪は死刑となるだろう。
そんななんのメリットもない事に誰が加担するだろうか。
人間はあらゆる事象をメリットとデメリットで考える。
例えそれが明らかに間違っていると思っていても、そこにメリットが無ければ口をつぐんでしまう。
リンムドの事例がまさにそれだった。
誰もがリムンドの娘が殺された事を間違っていると理解していただろう。
だが、相手は昼間から酒を飲んでいるような王国騎士。つまり王国の貴族だろう。
意を唱えれば、逆に王国から犯罪者として追われる事は間違いない。
だったら、自分の身に降りかからないよう頭を低くしてやり過ごす事を選ぶ。
それが『人間』だ。
そして、リムンドも『人間』だった。
リムンドは口をつぐんでしまったのだ。
こうして何年経ってもリムンドは後悔し続けていた。
そんな時、ソレメルからの仕事の依頼をギルドで見つけたのだ。
リムンドは当時組んでいたパーティーを抜け、何の迷いもなくソレメルの仕事を受けた。
そして、今、リムンドの夢が叶おうとしていたのだった。
「ワシは騎士がキライだ。 そして、ワシ自身もキライだ」
そうつぶやくとバトルアックスを持つ手に力を込め、目の前に広がる宿敵を睨みつけていた。
「オレは逃げるぜ。 こんな明らかに負ける戦いなんてやってられるか!」
ロシェは目の前に広がる王国騎士や戦士達を指しながら叫んでいた。
ロシェの言い分も間違いではなかった。
王国騎士の軍は4000人くらいいるだろう。
一方、ノブナガ軍は1000人程度。
魔族軍は少し離れた場所に陣を構えているため、今、ノブナガ軍としてメルギドの前にいるのはヒト種族と獣人と、少しの半獣人だったのだ。
ロシェはもちろん、冒険者たちは魔族軍や、アネッサ率いる不死の軍の存在は知らない。
いま、ここにいる1000人程がノブナガ軍の全てだと思っていた。
「逃げる?」
リムンドは呆れたようにロシェを見ていた。
「ああ、こんなの絶対に勝てない。 オレは楽して金を稼ぎたいだけなんだ」
ロシェの言葉に、オドオドしていた仲間の男もうんうんと頷く。
「ふーん。ワシは構わんが、それはあまりお勧めできないな」
「な… なんでだよ?」
「この仕事はギルドを通して受けたのだろう? なら、王国はすでにワシたちがノブナガ軍に加担した事を知っているはずだ。 と、いう事は… わかるだろ? お前さんもすでに『犯罪者』なんだよ」
リムンドは腹の底から大笑いしていた。
それはまるで、自分自身を笑っているようにも見えた。
「げっ! クソ… 戦っても勝ち目なんてない… 逃げても犯罪者として最悪死刑… どっちにしても死ぬしかないのか?」
ロシェが青褪めた顔で立ちすくんでいると、リムンドはバンっとロシェの背中を叩き
「勝てばいいんだよ。 死にたくないなら、戦って勝てばいい」
と、凛々しい笑顔を浮かべていた。
「クソっ クソっ! ちくしょー!! 分かったよ!やってやんよ! 死んだらノブナガの枕元に立って文句言ってやるからな!」
ロシェは覚悟を決めロングソードを抜いて叫んでいた。
そして、王国の戦士団の突撃が始まった。
「全軍! 構えぇ!!」
ノブナガの号令が飛ぶ。
弓矢隊は弓を引き絞り射出の号令を待っていた。
魔法使い達は前衛を守る戦士たちに防護魔法をかけ、攻撃魔法を唱え始める。
魔道銃部隊の前衛は片膝をつき敵に照準を合わせ、後衛はすぐに交代して撃てる準備をしていた。
徐々に王国の戦士団が迫ってくる。
前衛を守る槍隊や冒険者達に緊張が走り、腰を落として武器を構えていた。 武器を持つ手に汗が滲み、武器を持つ手が滑らないように手を砂に擦り付ける者もいた。
「放てぇ!」
セミコフの号令と共に無数の弓矢が放たれる。
矢は放物線を描き、王国戦士団へ降り注いだ。
だが、それで足が止まる者はいない。 多少のダメージは与えたであろうが、ほとんどの矢は戦士達が装備する防具に弾かれてしまっていた。
同時に王国軍から魔法が飛んでくるが、ノブナガ軍からも応戦するように魔法が飛びある程度の魔法は打ち消していた。
だが、絶対数が多い王国軍の魔法使いが放つ魔法はノブナガ軍に届きダメージを与えていた。
王国戦士団との距離がある程度近づいたとき、ミツヒデが号令をかけた。
「魔道銃部隊、撃てっ!」
『パーーーン!!』
複数の乾いた破裂音が響いた。
それはまるで複数の雷が鳴り響くような大きな破裂音で、驚いた冒険者達が音の発生源に視線を送る。
魔道銃部隊が撃った弾は王国の戦士達に命中したとたん小爆発を起こし付近を巻き添えにするものや戦士を凍結させるもの、電撃を起こし周りの戦士を巻き込んで感電させるものなどがあちこち発生していた。
「な!! なんだアレは!」
思わず叫ぶ冒険者達。そして、驚き慌てふためく王国戦士達。
「次だ!! 撃てぇ!!」
ミツヒデの号令に魔道銃部隊が交代しながら、連続して発砲する。
それは初めて信長が火縄銃の三段撃ちの戦術を、戦で使った時と同じ状況だった。
明らかに勝てると考えていた王国軍は初めて見る武器『魔道銃』に驚き体勢を整える隙も与えられず、次々と撃たれ数を減らしていた。
勝てると信じきっていた戦士団にとってこの攻撃力は恐ろしいものとなり、急に自分の命が惜しくなってしまっていた。
その感情は一気に広がり、王国の戦士団は開戦して間もなく烏合の衆と成り果ててしまっていたのだった。
そして、その状況はノブナガ軍の士気を一気に高めていた。
「すげえぞ! オレ達が勝てる!!」
冒険者達をはじめ、獣人部隊や弓部隊、槍部隊、そして魔道銃を撃った魔道銃部隊たちの勢いは増していく一方だった。