【38話】初陣
メルギドの門は固く閉ざされていた。
馬に乗ったヤールガは騎士たちを待機させ、メルギドの門の前に単身でやって来た。
門の上には真新しい見張り台が設置されており、そこには見張り役のヒト種族の男が2人と、うさぎ耳の女が1人立っていた。
「わたしはアクロチェア王国 辺境防衛騎士団 団長ヤールガ・イナルック。 ここにいるノブナガと話がしたい!」
ヤールガが男達に叫ぶと、男達はうさぎ耳の女に何か話しかけ、うさぎ耳の女が了承する仕草を確認してからヤールガに返答していた。
「ヤールガ殿! ノブナガさまが話を聞くと言っている! 少しだけ待て」
男の返答を聞きヤールガがそのまま門の前で待っていると、すぐに見張り台に見覚えのある子供が現れた。
「ヤールガ殿! 久しいな」
ノブナガだった。
ノブナガは友と話をするように、気軽に声をかけていた。
「ノブナガ殿… やはり、あなただったのか」
ヤールガは少し残念そうな表情を浮かべるが、すぐに戻り話を続けた。
「ノブナガ殿! 今すぐ町を開放し投降してください! そうすれば少しは我々も弁護する事ができる!」
ヤールガは無駄だと理解していたが、少し… ほんの少しだけ期待を込めてノブナガに投降を呼びかけていた。
だが、当然その期待はすぐに裏切られてしまう。
「ヤールガ殿、この王国、アクロチェア王国は間違っておる。チトナプで共に戦ったお主なら分かるじゃろう? この国では、獣人というだけで殺されるのじゃ。 ヤールガ殿、此度、キシュリが殺された理由を知っておるか?」
ノブナガの問いにヤールガは沈黙で答えていた。
「答えぬか… まぁ、それもよい。 わしらはわしらの正義を貫くまで。 この町に住む者、此度の戦いに参加する者、そして、この戦いに参加せずともこの戦いを支持する者、全ての人間がアクロチェア王国の非を訴えておる。 わしはこの地に住むヒト族、獣人族、半獣人族… そして、魔族。 全ての民が笑って生きられる国を作る! お主はお主の正義を貫けばよい。 それが例え、わしと相対するものであろうともな」
ノブナガはそう言うと、見張り台から姿を消した。
ヤールガはさっきまでノブナガがいた場所を睨むように凝視していたが、何も言わずに踵を返すように馬を走らせ自軍へ帰っていった。
ノブナガの姿が消えて、しばらくすると固く閉ざされていた門が開いた。
そこには武装したヒト族、獣人族、半獣人族、それぞれの部隊が並んでいた。
まずは槍をもった獣人部隊が、次に弓矢を持ったヒト部隊、そしてミツヒデと共に魔導銃を持ったヒト部隊、その後ろから魔法使いの部隊が現れた。
それぞれの部隊は門を出ると、魔導銃部隊を中心にして左右に広がった。
魔導銃部隊は前後2列に並び、銃を肩にかけるように立てて整列すると、全部隊は大将の登場を待つように背筋を伸ばして待機していた。
最後に魔導銃部隊の背後から馬に乗ったノブナガと、ティア率いる月女族部隊、ホニード率いる3つの自警団が馬に乗って現れ、全部隊が揃うと門は再び閉ざされてしまった。
一方、ノブナガたちの正面にはヤールガ率いる辺境防衛騎士団と、戦士軍、魔法使い軍、そしてヤールガの隣にはロイヤルナイツのギルエが立っていた。
「アレか…」
ギルエはニヤリと笑い、好戦的な目でノブナガだけを見ていた。
「あれ? アネッサ殿が… いない?」
ヤールガがノブナガ軍を見ながら呟くと、ギルエは我に返ったように『ハッ』としてヤールガを見た。
「ヤールガくん、アネッサ殿…とは、例のネクロマンサーかい?」
ギルエはノブナガ軍を見渡しながら、ヤールガに尋ねていた。
「ええ、以前はノブナガ殿と一緒に行動していたのですが…」
「ヤールガくんは、そのアネッサさんを見たことあるんだよね? どんな人なんだい?」
ギルエもアネッサを探すため、そして戦いが始まったら魔法を使われる前に殺すために、大魔法使いらしき老婆の姿を探していた。
「アネッサ殿は若い女性で… そうですね、18歳くらいでしょうか」
「18歳!?」
ギルエは思わず声を大きくして、問いただしていた。
それは当然の反応だろう。
ネクロマンサーは普通の魔法使いとは比べ物にならないほど強力な存在である。
つまりそれだけ能力だけでなく、ネクロマンサーとして学ぶ必要があるのだ。18歳やそこらでネクロマンサーとして戦える程の力を得るのは不可能というのが常識だった。
だから、ネクロマンサーと呼ばれる魔法使いのほとんどは長いヒゲを無意識に自分でしごいているような老人であることが多い。
もちろん女性のネクロマンサーもいるが、ほとんどはおとぎ話に出てくるような魔女を思い出させるような人物だった。
どちらにしても長い年月を魔法に費やし、生来から持つ魔法センス、そして運を掴めた者だけがネクロマンサー等に代表されるような大魔法使いに成れるのだ。
だからギルエは驚いた。
18歳やそこらで成れるようなモノでは無いのだ…と。
そして、ヤールガはソレを知らなかった。
アクロチェア王国に大魔法使いと呼ばれる者がいない事もあるが、ヤールガ自身が『魔法』というモノにあまり興味を持っていなかった事が大きな要因だろう。
当然、冒険者や王国にも『魔法使い』はたくさんいる。
だが、それは『大魔法使い』ではないため、センスのある者なら子供でも魔法は使える。
だから、ヤールガはアネッサが死霊系の魔法を使い、大量のゾンビを従えていたのを見ても『すごい魔法使いがいる』くらいの感覚でしかなかったのだ。
それくらいの感覚で見ていた要因は、ヤールガにとって『味方』だった事も大きかったのかもしれない。
「ヤールガくん。 それは本当の話しかい?」
ギルエはヤールガの言葉を確認していた。
もし本当ならアネッサはとんでもない人物であり、本気で王国の敵となるなら今のうちに殺しておかないと将来とんでもない事が起こる……かもしれない。
ギルエは背筋に冷たいモノを感じていた。
「はい、アネッサ殿は若く美しい女性です。 しかも、ルーハイム家の者らしく、チトナプの戦い後、巫女として戦死者達を神の下へ送って頂きました」
「ルートハイム家だと!?」
ヤールガの言葉にギルエは更に驚いていた。
(いや、そう言えば王都を出る前、確か文官のじじいが言っていたな…)
そもそも今回の出陣に不満を持っていたギルエは、文官達から今回の任務について説明を受けていたが、あまり頭には入っていなかったのだ。
「まあ、とにかく、そのアネッサというネクロマンサーが居ない今がチャンスかもしれないな」
できるならノブナガと一騎打ちを望んでいるギルエとしては、そんな大魔法使いが戦場にいるとノブナガに集中できないと考えての言葉だった。
だが、ヤールガは違う意味でチャンスだと受け止めていた。
「そうですね。 大魔法使いがいない今が突撃のチャンスでしょう」
微妙に思惑がズレているものの、二人が起こす行動は一致していた。
「それではギルエさま。 これよりメルギド奪還作戦を開始します。 ギルエさまは作戦通り遊撃手として各個撃破をお願いします」
「ああ、任せておけ」
ギルエは不敵に笑い答え、ヤールガは真剣な目で頷いていた。
「全軍! 前進っ!!」
ヤールガの掛け声を聞いた戦士の1人がホルンを吹き鳴らした。
ホルンの音は大きく響き渡り、戦士たちの士気を一気に高めると戦士団と魔法使いたちが行軍を開始した。
騎士団はヤールガ、ギルエと共に戦士団の背後から行軍を始めた。
戦場にホルンが鳴り響き、ノブナガ軍にも緊張が走る。
「始まったか…」
ノブナガは大きく息を吸い、抜刀すると刀を天を突き刺すように振りかざして叫んだ。
「敵はアクロチェア王国 騎士団! 相手にとって不足なしじゃ! 正義は我らにある! 全軍! 構えぇ!!」
ノブナガの号令がかかると、魔導銃隊をはじめ全軍は武器を構えて王国軍の突撃に備えた。
それと同時にティアはその長いうさぎ耳の能力で月女族達の中で情報収集と連携を始めながら数日前、ノブナガに言われた事を思い出していた。
戦が始まる数日前、ティアはミツヒデに呼ばれて安土城に来ていた。
そこにはノブナガとホニード、カーテ、セミコフそれにラーヴワスがすでに集まっていた。
片膝を立てて座ったノブナガの前でミツヒデ達は車座になるように座っていたので、ティアもそれに習い端の方に座った。
ミツヒデはティアの到着を確認すると、ノブナガの方を向いて報告した。
「ノブナガさま、全員揃いました」
「うむ」
ノブナガが短く答えると、ミツヒデは軽く頭を下げてティア達の方に向き直した。
「みなさま、戦の準備は順調ですか?」
ミツヒデの問いに、ホニードから順番に答え始める。
「自警団は問題ない。 いつでも戦えるぜ」
ホニードはニヤリと笑うと、
「新しい武器も手に入れたしな」
と、付け足していた。
「ほお、どんな武器じゃ?」
ノブナガが興味津々に尋ねると、ホニードは得意気な顔で
「今度のはバスターソードだ。 両手でも片手でも扱える剣でな、オレが好きな武器のひとつさ。 しかも、今回のバスターソードは切れ味がすげぇ! なんせドワーフに鍛えてもらったやつだからな!」
「ほぉ、ドワーフとは魔道銃を手掛けた、あのドワーフの職人、ゴームか?」
ノブナガも魔道銃を作ったドワーフのゴームには一目置いていた。
「いや、ゴームは魔道銃と弾を作るのに忙しかったから、ゴームの知り合いを紹介してもらったんだ。 そいつは剣を作るのが得意らしくて、うちの自警団の武器はそいつに揃えさせたのさ」
「なるほどのぉ。 お主がそれほど言うヤツじゃ。自警団の武器は相当良い物になったんじゃな」
「ああ、期待しててくれ」
ホニードは満面の笑みで応えていた。
「では、カーテ殿」
ミツヒデはホニードとノブナガの会話がひと段落したのを見計らうと、カーテに報告を求めた。
「うちも順調だ。 仲間たちは商人として各町で活動し、今回の戦いに向けた情報操作を完了している。 ほとんどの町のやつらは王国騎士団への支援はしないだろうぜ。 あと、メルギドに来て戦いたいと言うヤツも集めておいた。 そいつらはセミコフの獣人部隊に入っているぜ」
カーテはそう言いながらセミコフに視線を送る。
「ああ、オレたち獣人部隊に義勇兵として参加している。 総勢300人の戦士と100人の魔法使いの部隊だ」
セミコフが誇らしげな顔で報告すると、ノブナガも「うむ」と満足そうに答えていた。
「つぎにラーヴワス殿」
「ん、オレのとこも順調だ。 とは言っても、魔物…いや、今は魔族か。 あいつらは特に準備とかないからな… 爪や牙が武器になる者が多いし、ヒトからすれば単純にその腕力が驚異的な武器ともなるヤツらだからな」
ラーヴワスは、くくくと笑いながら答えていた。
先日のキシュリの葬儀から、ラーヴワスと共にきた魔物たちはヒト族や獣人族等ど同じように『人間』として扱うよう、ノブナガが『魔物』ではなく『魔族』と呼ぶようにしていたのだ。
「そうじゃな。 あのデカい図体じゃ。それだけで脅威となるじゃろう。 じゃが、ゴブリン共はどうじゃ? たしか洞窟にいた頃、ボロボロの剣を持ってなかったか?」
ラーヴワスは連れてきたオークやトロル、オーガなどをノブナガに紹介したことがあった。
その時の印象から、魔族たちがそれだけて脅威となる者であるとノブナガも理解していた。
だが、王都で金を稼ぐために冒険者としてゴブリンを相手に戦った経験から、ゴブリンは武器を持っていたとしても冒険者などから簡単に殺される存在である事も理解していたのだ。
「ああ、あいつらは自前のショートソードがある。 多少錆びているが… まぁ、使い慣れた武器がいいだろう」
ラーヴワスはそう言うと、手に持った椀で小脇に抱えた甕から酒を掬って飲んでいた。
「うむ。 確かにあやつらに剣を準備する時間もないしの。 まぁ、お主に任せる」
「ああ、任せてくれ。 オレたちが必ず『策』を成功させてやる」
ラーヴワスは酒を飲んだ椀でノブナガを指して笑っていた。
「それでは、ティア殿」
ミツヒデがティアに視線を送って、報告を促す。
「あ、えと、はい。 月女族は武器も装備も整えてもらっているので大丈夫です。 あ、あと、えと、前にノブナガが… あ、ノブナガさまが…」
ティアがしどろもどろに報告していると
「ティア、わしとお主は『友』じゃ。以前のように『ノブナガ』でよい」
ノブナガは微笑みならが、ティアに話しかけていた。
「あ… うん。 前にさ、ノブナガが言ってた件も終わってるよ。 ラーヴワスさんの所にはパルとキカム。 巫女さまの所にはチカムとヒカムがついてる。 戦いの最中はさすがに声は届かないだろうから、いくつかの合図も決めたよ」
ティアは普段の口調に戻ると、そう報告していた。
「うむ。それでよい」
ノブナガは満足そうに頷いて答えると、ラーヴワスに視線を移し言葉を続ける。
「ラーヴワス、此度の策はお主ら『魔族部隊』とアネッサの『不死の部隊』が要じゃ」
ノブナガはそう言ってから、全員をくるりと見渡す。
「此度の戦、数だけで見ればこちらに勝ち目はない。じゃが、それをひっくり返しさらに『圧倒的に勝つ』為に今回の策がある。 そして、その策を成功させるにはお互いの連携が必要となるのじゃ。そのためのティアたち月女族じゃ。 ティア、頼んだぞ」
ノブナガに視線を向けられ、ティアはピンっと背筋を伸ばし
「は! ははぁ!!」
と頭を下げて答えていた。
そして今、ティアの策を成功させるキーマンとしての『初陣』が始まった。