【37話】前夜
野営地で焚き火を囲み食事をながら、騎士達は浮かない顔で話をしていた。
「ついに明日か…」
ひとりの騎士がつぶやくと、他の騎士達もため息をつく。
そんな雰囲気の中、1番若い騎士が重い口を開いた。
「どうしても戦わなけばならないのでしょうか?」
3つ年上の騎士は、少し寂しそうな目で若い騎士を見る。
「それは俺たちが決める事じゃない。 団長が戦うと決めたならそれに従うだけだ」
若い騎士もそれは理解していた。
騎士となった時、王国のため王国民を守るために戦うと誓ったのだから。
それでも、今回の戦いだけは避けたかったのだ。
その気持ちが顔に現れていたのだろう、1番年上の騎士が若い騎士の背中に優しく手を乗せて話しかけた。
「オレらは王国の剣だ。 王国民に危害を与える者、王国に仇成すものは斬らねばならない…」
「…はい」
「正直、オレも迷うことはある。 近い将来、オレらは騎士団長となったノブナガ殿と戦えるかもしれないと期待していたからな…」
1番年上の騎士はまるで焚き火の炎の中に、いつか見た夢が映っているかのように眺めながら話していた。
「ノブナガ殿が団長…?」
周りの騎士たちは1番年上の騎士の顔を見ていた。
「ああ。 これはオレの勝手な夢… いや、妄想だったんだが… 平民のノブナガ殿が成長し騎士団に入団すれば、オレらと同じように団員として戦えるだろう。 だが、ノブナガ殿は団員よりも団長として戦う方が、その力を発揮できると思うんだ」
1番年上の騎士の言葉に、周りの騎士達も同意し頷いていた。
王国の騎士は基本的に貴族しかなれない。
だが、それでは人手が少なく騎士団の本来の目的を果たせない。
王国はこれを解決するために平民からも騎士を集めたのだ。
だが、それは王国専属の戦士のようなもので、騎士団長の下、戦うために集められただけだった。
騎士団長や上官など役職に就けるのは貴族だけで、上流の貴族ほど上位の役職につけるようになっていた。
「ノブナガ殿が騎士団長…ですか?」
若い騎士をはじめ周りの騎士達は、平民のノブナガが騎士団長になれるものなのだろうか… と、不思議そうに1番年上の騎士を見ていた。
「そうだ。 ヤールガ団長もノブナガ殿を慕っておられる。例えばだ。 ヤールガ団長の息子としてノブナガ殿を養子縁組すれば、ノブナガ殿も貴族となるだろう? そうすれば、ノブナガ殿は貴族となり騎士団長に着任できるわけだ」
1番年上の騎士は楽しそうに話して聞かせていた。
「なるほど!!」
周りの騎士達も同じように楽しそうな顔になり、同意する。
「でも、ヤールガ団長の息子なら辺境防衛騎士団の団長までですね」
若い騎士の軽口に
「確かに!」
と、騎士たちは笑っていた。
「でもな、それ以上の上官になられるとオレらは一緒に戦えなくなるからな… ヤールガ団長くらいでちょうどいいのさ」
1番年上の騎士がドヤ顔で言い返すと、「そうだな! それくらいがちょうどいい」と騎士達は笑い合っていた。
それは明日の現実を見て見ぬふりする為の、騎士たちの知恵だったのかもしれない。
「お前たち、明日に備えてしっかり休んでおけ」
ヤールガは騎士たちの状態を確認する為に、野営地内を歩き声をかけていた。
「はい! 了解しました」
1番年上の騎士が代表して答えると、ヤールガはまた歩き出そうとしていた。
「団長…!」
若い騎士が、思わず声をかけるとヤールガは振り返り騎士たちを見ていた。
「どうした?」
「あ… あの… 」
若い騎士が言葉を詰まらせている間、ヤールガは黙って騎士が話し出すのを待っていた。
「…いえ。 なんでもありません。失礼しました」
若い騎士は立ち上がると、全ての言葉を飲み込み頭を下げた。
「…そうか。 しっかり休め」
ヤールガは王国騎士団と戦士団、魔法使い達にそう指示すると団長用のテントに入っていった。
テントは中に数人の大人が入っても余裕のある大きさで、中にはひとつの簡易なテーブルがあり、メルギド付近の地図が広げられていた。
テーブルの上に置かれたランタンの炎に照らされた地図を、ロイヤルナイツのギルエが見ていた。
「ギルエさま、ついに明日ですね…」
ヤールガは少し複雑そうな表情で、ギルエに話しかける。
「ああ、そうだな… ん? どうした? 外の騎士たちもヤールガくんと同じような顔をしていたが…」
ギルエの質問にヤールガは少しだけ苦笑いを浮かべると、「実は…」とつぶやき、少し間をあけて話しだした。
「実は明日戦う相手は、わたしの… いや、わたしが率いる辺境防衛騎士団の恩人なのです…」
「恩人?」
思わぬ言葉にギルエは思わず聞き直してしまった。
「ええ。 前にチトナプの町が獣人に襲われた事件かあったのはご存じてしょうか?」
「ああ、知っている。 なんでも、フルークが現れたとか…」
「はい。 わたしたち辺境防衛騎士団は獣人解放軍と戦闘を行いました。 それは酷い戦いでした… 獣人たちは戦いで死んだ我らの仲間を食い、血で自らの体に模様を描き… やつらはバーサーカーとなってしまったのです。 お互いに大きな被害を出しながらも戦いは続き、やがて殲滅戦へと発展してしまったのです」
ヤールガは少し疲れたような目で、中空を見ながら話していた。
「激しい戦いが進み、やがて戦局は我らが有利に傾きかけた頃でした。 突然、半獣人達が現れたのです。 わたしは獣人解放軍の援軍が来たと考えたのですが、半獣人達は最初に獣人解放軍のリーダーを殺してしまったのです。 その後、半獣人・獣人・騎士団が入り混じった殺し合いが始まりました。 その混乱した戦場に突然現れたのが『今回の敵』ノブナガ殿だったのです。 ノブナガ殿が参戦してからようやくこの酷い戦いは終わりました」
ギルエはただ黙ってヤールガの話を聞いていた。
「我々は死力を尽くし、やっと戦いが終わったと安堵した時、ヤツが現れたのです」
「ヤツ… フルーク…か」
ギルエの言葉に頷きで答え、ヤールガは少し俯いて話を続けた。
「はい。 わたしを含め、我々騎士団は心が折れてしまいました。 もう誰も立ち上がる気力すら無かったのです。そんな中、フルークにひとり立ち向かう者がいたのです。 それがノブナガ殿でした。その背中は子供なのに、とてつもなく大きく、子供の頃憧れた騎士の背中のようでした。 我々は、その背中に引っ張られるように立ち上がり、そしてフルークを倒したのです」
最後の言葉を紡ぐ頃、ヤールガは自然と笑みが浮かび上がっていた。
「なるほどなぁ。 なあ、ヤールガくん。明日の敵であるノブナガと、君が見たノブナガは別人では無いのか? そんな立派な人物が貴族や騎士をあんな風に殺すだろうか? それに、ヤールガくんの言う『ノブナガ殿』は子供なんだろう? さすがに、子供に王国の騎士が5人も殺せないだろう」
ギルエは軽く笑いながら、ヤールガの肩をポンポンと叩いていた。
「そうですね… そうだったらいいのですが…」
ヤールガの心配そうな返事にギルエは違和感を感じ尋ねた。
「何か心当たりがあるのか?」
「……ええ。 今回、マージさま達はゾンビとなって王都に帰ってきたそうですが、実はノブナガ殿と一緒にいたアネッサ殿はネクロマンサーだったのです」
「なんだって!?」
ギルエは驚き、思わず声が大きくなる。
「フルークとの戦いの時、アネッサ殿は死んだ獣人や騎士たちをゾンビにしてフルークと戦わせていたのです」
「ヤールガくん。それは報告したのかい?」
ギルエの問いに、ヤールガは少し微妙な表情となり答えた。
「もちろん上官へ報告しました… ですが、そのまま報告すればチトナプを救ったのは『ノブナガ』というどこの誰ともわからない子供になってしまう。 それでは騎士団の威信に関わる… とご判断があり、フルークを倒したのは我々騎士団であると報告されたのです」
ヤールガは申し訳なさそうに、ギルエに説明していた。
「なるほど… その上官の見栄で、誤った報告がされてしまったわけか…」
ヤールガは下流の貴族であるため、上官である上流階級の貴族には逆らう事はできなかった。
また、ほとんどの上流貴族は上官として功績をあげることで、更なる上流階級の貴族になろうと企む者が多かった。
もちろん、ヤールガの上官の貴族もそのひとりだったのだ。
「それに、ノブナガ殿の強さは圧倒的でした。恐れながらマージさま達が斬り殺されたとしても、わたしはそれを否定はできません」
「あのマージだぞ? それに部下の騎士もいるというのにか?」
「…はい。 それほどにノブナガ殿の強さは圧倒的でした」
ヤールガの言葉を聞いて、ギルエは恐ろしさを感じるどころか嬉々とした表情を浮かべていた。
「ギルエさま?」
ヤールガに声をかけられたギルエは、慌てて真剣な表情を作り誤魔化すように話し出した。
「それほどの男が王国の敵となるなら、尚更、この戦いを負ける訳にはいかなくなったな。 王国のため、王国民のため剣を振るおう。 我らは王国の剣なのだから」
「…そうですね。 我らは王国の剣。 全ては王国とこの地に住む王国民のために」
ヤールガは覚悟を決めた表情で、騎士剣を睨むように見ていた。
さまざまな思いが行き交う中、夜はふけ…
やがて騎士達の気持ちを無視するように、朝はやってきた。
ヤールガ団長のもと、騎士団と戦士団、魔法使いたちが整列し出発の合図を待っていた。
ヤールガは騎士剣を体の前に立て、胸をはり腹の底から声を出した。
「我が王国の騎士、そして戦士達よ!決戦の時が来た! 敵はメルギドを占拠したノブナガだ! いろいろ思うところがある者もいるだろう。だが! 我らは王国の剣! 王国の民を救い、王国の地を取り戻し、王国の威厳を守るのだ! さあ! 顔を上げろ! 武器を持て! 我らの力を示すのだ!」
「「うぉぉぉぉ!!!」」
ヤールガの演説に、騎士や戦士たちは武器を天にかざし声を上げた。
「いくぞ!」
ヤールガの掛け声に、騎士たちは行軍を始めた。
その足取りは力強く、迷いは無くなっていた。