【35話】国王と魔王と魔道銃
プレヤダス達が謁見の間で自らの首を飛ばた後、国王と文官・武官達は執務室に戻り議論を交わしていた。
その頃、謁見の間にいた貴族や文官達は各々の屋敷で王からの連絡あるまで待機する事になっていた。
「アレは一体なんだ? あれじゃまるでゾンビではないか」
国王はプレヤダス達の異様な死に方に寒気を感じていた。
「はっ。 プレヤダス殿や騎士達の遺体を確認したところ、少なくとも数日前には死亡しており、魔法でゾンビ化されていたと推測されます」
文官の1人がプレヤダス達の遺体状況から推測したことを報告した。
「ゾンビ化だと?! プレヤダスは意志を持っているように見えた! ゾンビと化したなら意志など持たず、命令された事を行うだけではないのか!?」
歴戦の戦士風の武官が大きな声で文官を問い詰めるが、文官もそれは承知しており答えを持ち合わせておらず、ただ「わかりません…」としか答えられなかった。
だが、文官はキッと顔を上げて王を見て言葉を続けた。
「プレヤダス殿の件は分かりませんが、ひとつはっきりと分かることがあります。 それは、例のノブナガの下にはネクロマンサーが居るという事です」
文官の言葉に皆が息をのんだ。
通常、ネクロマンサーは国に1人いるかどうかの強力な魔法使いであり、ひとたび戦場に現れると戦局を大きく変えてしまう事もある存在なのだ。
そして、ここアクロチェア王国にはネクロマンサーのような大魔法使いは存在しなかった。
そのため、過去から魔法武器の開発に力を入れているという歴史があるのだ。
そんなネクロマンサーが、ただの宿場町だったメルギドにいる?
こんな事、誰が信じられようか。
しかし、目の前で起きたプレヤダス達の死に方は明らかに生者のそれではなかった。
国王達はネクロマンサーの存在を否定出来ずにいた。
その時、文官のひとりがおずおずと手を上げて皆の注意を引き寄せた。
「あの… 1年くらい前でしょうか。 あのルートハイム家の者が冒険者登録したそうで、適正職業にネクロマンサーが表示されたとウワサを聞いたことがあります。 あの神の使いとも言われるルートハイム家の者でネクロマンサーに適正などありえない、何かの間違いだろうと… それに、もし本当だとしても適正があると言うだけで、その者がネクロマンサーになるとは限りませんし、まさかルートハイム家の者がネクロマンサーになんてなるはずも無い… と聞き流してしまいました」
文官の声はだんだん小さくなり、最後の方は聞き取りにくいくらいのものだった。
「ルートハイムの者がか?」
王は文官をジロリと見ながら質問する。
「はい。 しかも、その時、ルートハイム家の者が連れていた子供の名前がたしか… 『ノブナガ』と…」
「ノブナガだと!? それは間違いないのか?」
王の勢いある質問に文官は少したじろぎながら答えた。
「はい。 冒険者登録のためにルートハイム家の者が来て、しかもネクロマンサーの適正があると騒ぎになったらしく、更に子供連れだった事で、町ではさまざまな憶測を交えたウワサが広がっておりました」
「ふむ… メルギドにはネクロマンサーになったルートハイムの者がいる事に間違いがなさそうですな。 ですが、ルートハイム家は神官系ですので、系統が真逆のネクロマンサーになったところでそれほど脅威にはなりますまい」
この世界の魔法は火・土・風・水の四大元素と神官系である聖と、死霊系である邪の6つがある。
基本的に魔法使いはひとつの系統しか使えないが、才能ある者は複数の系統魔法を使える事がある。
ただ、神官系の聖と死霊系の邪については系統が真逆であるためお互いの系統が相殺し魔法の効果が減少すると言われている。
1番年上の文官はこれまで蓄えてきた知識を集め、そう結論付けたのだ。
だが、それは『人間なら』という前提条件があるのだが、この場にいる者は気がついていなかった。
「ふん! たかが魔法使い! 一気に攻めて魔法を使う前に殺せばいいのだ! 我が王国には最強の騎士ロイヤルナイツがいるではないか!」
歴戦の武官は両手を広げ、声を大にして主張した。
もう一度言うが、ここアクロチェア王国には昔から大魔法使いはいない。
だが、他国に比べて弱い訳では無かった。
アクロチェア王国にはネクロマンサーなどに代表されるような大魔法使いに対抗できる王国騎士団がいるのだ。
それが王国民の自信であり、力であり、誇りであった。
それはここにいる国王をはじめ、文官や武官、王国の貴族達も同じなのだ。
「その通りだ。 たかが魔法使い1人いたところで、我が王国騎士団にはなんら問題はない。 誠意ある対応だと? 義の力だと? 思い出してみろ!我が王国の歴史を!獣人が何をしてきたのかを! 我ら王国が正義だ! あんな恐ろしい殺し方をする悪魔は正義の名の下、滅ぼさねばならない!」
過去の歴戦を誇る戦士のような武官が机をバンっと叩きながら叫ぶと、他の武官達も同意し叫んだ。
「うむ。その通りだ。 我が王国の正義を示そうではないか。 すぐに貴族達を集めるのだ!」
国王は静かにそして威厳ある声でこの場にいる者達に、王国の意志を伝えると、文官・武官達は「ははぁ!」と頭をさげ退室していった。
一方、ノブナガをはじめ、ミツヒデやソレメル達はアクロチェア王国が『誠意ある態度』をするはずがないと考え、プレヤダスらを王都へ向かわせたと同時に戦の準備を始めていた。
そんな忙しい中、ノブナガは望楼にミツヒデを呼び出していた。
「ミツヒデ、いまの兵力はどの程度じゃ?」
ノブナガは片膝を立て、鋭い目つきでミツヒデと話していた。
「はっ。 現在の兵はティア殿が率いる月女族が20名とホニード殿率いるメルギド自警団100名が3部隊、セミコフ殿が率いる獣人軍の戦士300名と魔法使いが100名、カーテ殿が率いる半獣人が150名。ラーヴワス殿が率いる魔物軍1000名。そして鉄砲隊が100名… あとは、アネッサ殿の屍軍となります」
「ふむ。数としては騎士団に劣るじゃろうが、この1年ほどでよく集まったものじゃ」
「はっ。キシュリ姫に惹かれてメルギドに住み着いた者が多く、商売で生計を立てるより兵として働く方が金が稼げる事も幸いしたようです」
「なるほどのぉ。 ソレメルの策が効いたようじゃな」
ソレメルはメルギドに移住してきたヒトや獣人達のためにさまざまな仕事を用意していた。
例えば町を囲む城壁の建築や安土城の築城などの建設業。
完成した城壁や安土城のメンテナンス業。
もちろん商売や農業など、馴染みある仕事。
そして、1番力を入れたのが兵力だった。
以前、盗賊団に大きな被害を受けた経験から強い自警団が必要だと役員達を納得させて、通常よりも高い給料を用意して兵士を集めていたのだ。
もちろん本当の狙いは近い将来、必ず起こる戦争のための準備だったのだが…
「はっ。 あとは、冒険者と呼ばれる者たちです。 やつらは金しだいでどんな仕事も引き受ける… 言わば、乱破のような者たちでございます。 現在、ソレメル殿が冒険者ギルドへ依頼しておるところですが、何人集まるかは未知数です」
「ふむ。 して、冒険者ギルドにはどのように依頼しておるのじゃ? 正直に依頼するわけにもいくまい」
「もちろん詳細な依頼内容は伏せ、町を防衛する仕事だと言っております」
「町を防衛… か。 やつらが寝返る事も想定した陣営の配置を考える必要があるな…」
ノブナガは顎をさすりながら頭の中で策とそれにあった陣営を考えていた。
「それにしても、当初の計画より早い段階での戦となりましたな」
ミツヒデは苦笑いを浮かべながら軽口をたたく。
「そうじゃな。 じゃが、早かれ遅かれ結果は同じ事じゃ。 ガザム帝国を取り込む時間は無かったが、まぁ『圧倒的な力』で叩き伏せればよいことじゃろう」
ノブナガも軽く笑いながら軽口で返していた。
「左様でございますな」
ふたりは本当に楽しそうに笑いあっていた。
キシュリが殺された事がキッカケではあったが、ふたりはもうすぐ始まる戦が楽しみで仕方ないようだった。
もしかするとノブナガとミツヒデの心の奥底には『戦を好む魔王』が住み着いているのかもしれない。そして、ソレを知っているのはこの世の神『ロア・マナフ』だけだろう。
楽しそうに話すふたりを、ロアの分身『マナ』は静かに見つめていた。
「ときにミツヒデ、例の鉄砲は100丁もできたのか? 兵だけおっても役に立たんぞ?」
「もちろんでございます。 例の弾も含めて準備できております」
ミツヒデの下、ドワーフの職人に作らせていた鉄砲は量産こそ出来ていないが、実戦で使えるほどの物は完成していた。
ドワーフの性分もあり、かなりこだわった鉄砲ができておりノブナガはもとより、ドワーフに依頼したミツヒデも驚くほどの鉄砲だった。
数ヶ月前、ドワーフの職人から鉄砲が完成したと連絡を受け
ノブナガとミツヒデはドワーフの工房の裏にある広場に呼び出されていた。
そのドワーフは茶色い髭を三つ編みにし、その小柄ではあるががっしりした体を子供のように弾ませながら嬉しそうに出来上がった鉄砲をミツヒデに見せていた。
「おお、ゴーム殿! これが完成した鉄砲ですか!」
ミツヒデも嬉しそうにゴームから鉄砲を受け取り、その実用性を重視したシンプルな鉄砲を眺めていた。
だが、一見シンプルに見えた鉄砲だったが、各所に細かな装飾が施されておりドワーフ『ゴーム』のこだわりが見え隠れしていた。
「ミツヒデさん。 こんな武器を作ったのは初めてだよ! こんな楽しい仕事は久しぶりだ」
ゴームは子供のように目を輝かせてミツヒデを見ていた。
通常ならドワーフはヒト種族の子供くらいの身長しかないのでゴームはミツヒデを見上げるところだろうが、ミツヒデも見た目は子供であるため、まるで2人の子供が新しいおもちゃを自慢しているような風景だった。
「のう、ゴームよ。 この鉄砲は試し撃ちできるか?」
ノブナガが早く撃ってみたくて、ソワソワしながらゴームに声をかけた。
「もちろんですよ、ノブナガさん! ぜひ試し撃ちしてみてくれ」
ゴームはそう言って鉄砲の扱い方を説明し始めた。
その鉄砲は火縄銃と同様に長い砲身と、手元に撃鉄がある比較的簡単な作りになっていた。
撃鉄には火の魔石が仕込まれており、撃鉄が降りる事で砲身内で小さな爆発が起こり弾が発射される仕組みとなっていた。
この為、ノブナガたちが使用していた火縄銃のように火薬や火縄の準備は不要で、弾を込めて引き金を引くだけでいいという画期的な作りにノブナガもミツヒデも感激していた。
更に、砲身の先に短い剣『銃剣』を取り付けることで槍としても使用できるようになっていた。
「天晴れじゃ! ゴーム!!」
ノブナガの喜びようにゴームも大喜びしていた。
「さて、さっそく試し撃ちしてみるか」
ノブナガは鉄砲を構え、数メートル先に置かれた丸太に照準を合わせる。
少しの沈黙のあと、ノブナガの指に軽く力が入り撃鉄が落ちる。
『パーーン!』
乾いた爆発音と共に砲身から弾が飛び出した瞬間、数メートル先の丸太が弾けるように吹き飛んだ。
「おお!」
ノブナガとミツヒデの驚きと満足そうな表情を見ながら、ゴームは自慢気に鼻から息を吐いていた。
「どうだい?」
ゴームがニヤニヤしながらノブナガに声をかけると、ノブナガは満面の笑みで答えていた。
「ふふふ。 そこで満足してもらっちゃ困るな。この鉄砲は続きがあるんだ」
ゴームがニヤニヤしながら、ポケットに手を突っ込んでゴソゴソと何かを取り出した。
「それは?」
ノブナガとミツヒデが食い入るように、ソレを見ていると
「さっきのはただの弾だ。 そしてコレの弾には魔力が込められている」
「魔力じゃと?」
「そうだ。とりあえずこの赤い弾を撃ってみてくれ」
ゴームは赤い弾を装填して鉄砲をノブナガに手渡した。
「ふむ」
ノブナガは先程の同じように数メートル先に置かれた丸太を狙い、引き金を引いた。
『パーーーン!』
先程と同じように赤い弾が発射され、丸太に命中する。
『ズカーーーンっ!』
赤い弾が着弾した場所から激しい炎が広がり、爆発音と共に丸太は粉砕され燃え尽きてしまった。
「なっ!!!」
ノブナガとミツヒデが驚いていると、ゴームはニヤニヤしながら説明を始める。
「さっきの赤い弾には火の魔力、青い弾は氷、黄色い弾は電撃の魔力を込めている。 この弾をその鉄砲で撃てば魔法が使えない者でも魔法使いのような攻撃が出来るって寸法さ。 しかも弾の威力も追加されてな」
ゴームは得意そうに胸を張って笑っていた。
こうしてゴームによって作成された鉄砲は『魔道銃』と命名され、ノブナガ軍の主力武器となるのだった。