【34話】怒りの業火
少し時間は遡り、キシュリが息絶えた翌日。
メルギドには深い悲しみの帳が降りていた。
キシュリの葬儀が行われていたのだ。
キシュリが殺されたという話しはあっという間に近隣の町や村にも広がり、葬儀にはメルギドの住人だけでなく、近隣の町や村から多くの獣人やヒトが集まっていた。
そして、ラーヴワスと共にゴブリンなど魔物達も集まっていた。
突然、町に現れた魔物に人々は混乱したが、キシュリと懇意にしていたと涙ながらに訴える魔物達に人々は落ち着きを取り戻し、魔物達を受け入れたのだ。
獣人だけでなくたくさんのヒト、そして魔物達は涙を流しキシュリに花を手向け、祭壇に祀られたキシュリの遺体はたくさんの花に囲まれていた。
祭壇の前ではアネッサが鎮魂の舞を舞い、キシュリの魂が安らかに眠り、神であるロア・マナフの下に行けるよう祈りを捧げている。
肩に美しい鳥『マナ』を乗せたノブナガは、人々から少し離れた場所に座り酒を飲んでいた。
「…キシュリは、こんなにも民に愛されていたのじゃな」
「左様でございますな。 これほどの民に見送られるキシュリは幸せ者でごさいます」
ミツヒデもノブナガの隣に座り、酒を煽るように飲んでいた。
「うむ。 じゃが、まさかゴブリン共までくるとは」
ノブナガは笑いながら、キシュリの前で泣き崩れるゴブリン達を見ていた。
「突然現れたゴブリン達に、町は大騒ぎになり大変でしたよ」
ミツヒデは苦笑いしながら、先程、ラーヴワスと共に現れたゴブリン達の対応に苦慮したとボヤいていた。
「そうじゃろうな」
ノブナガはクククと笑いながら酒を一気に飲み干していた。
ふと見ると、獣人の子供2人がキシュリの前で号泣していた。子供の横でその両親と思われる大人の獣人の男女も泣き崩れていた。
「あれはあの時の…」
獣人の家族は、あの時ノブナガが城内の案内をした獣人家族だった。
「来てくれたのか。 よかった」
ノブナガは、マージの凶行の要因ともなった獣人家族が責任を感じてキシュリの葬儀に来ないのではないか? もしかしたら、町を出て行ってしまうのではないか?と心配していたのだ。
「あの家族は何も悪くない。 じゃが、あの家族はそうは思わないじゃろう… あとは、あの家族がどう向き合うのか… ワシらはそれを見守る事しかできん」
ノブナガはまるで自分に言い聞かせるように、誰にともなく話していた。
ミツヒデはそれをただ、黙って聞いてるだけだった。
「ところで、ノブナガさま。 ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「なんじゃ?」
「ノブナガさまは、なぜキシュリを娘にしたのですか?」
ミツヒデはただ純粋に知りたかっただけなのだろう。 真っ直ぐな目でノブナガを見ていた。
ノブナガもそれを感じ、素直に答えていた。
「ワシはこの世で天下布武を行う。 それにはどうしてもこの世界で力ある者を取り込む必要があるじゃろう。 じゃからキシュリを娘にし、力ある者に嫁がせるつもりじゃった」
ノブナガは遠い過去を見るように、遠くを見ながら話していた。
「左様でしたか」
ミツヒデは、なんとなくは分かっていた。
娘を嫁がせ血縁関係を結ぶ事で、より勢力を増していく。それは戦国の世では、当たり前の事なのだから。
「ところでミツヒデ。 あやつが幼き頃、村を焼かれヒトに囚われていたのは知っておるな?」
ノブナガは視線をミツヒデに戻し尋ねた。
「はい、存じております」
「最初、あやつはワシの妾にしてくれと言ってきた。 あやつはそうやって男に媚て生きてきた… いや、そうしないと生きれなかったのじゃろう」
ノブナガは酒を一口飲み、唇を湿らせるとさらに話した。
「じゃがな、あやつを娘に迎え一緒に暮らしているとな、あやつはどんどんと変わっていったのじゃ。 もともとあやつは男だけでなく、女も… いや、ヒトも獣人も、魔物さえ惹き寄せる。 そんな力を秘めていたのじゃな。 誰もがキシュリを慕い、キシュリもまた民を愛していた。 ワシもあやつを本当の娘のように思うようになってな、いつしか『ワシが天下を取れば、ワシの力に頼ろうとする者が増える。その中で、キシュリを大切にしてくれる者の下へ嫁がせよう』 そう考えるようになっていたのじゃ」
ノブナガは少し照れるように話していた。
「確かに。 キシュリには不思議な魅力がありました。 今思えば、キシュリはノブナガさまの娘としてここメルギドに来てから、少しでも時間があれば町に出て民と触れ合い、獣人もヒトも分け隔てなく楽しそうに話していました。 いつしか、町の者は皆がキシュリと友達ではないかと思う程でした」
ミツヒデは楽しい思い出を語るように話していた。
「そうか、そうか」
ノブナガもまた、楽しい思い出話しをしているように頷いていた。
「そういえば、時々、ラーヴワス殿がやって来て、『ゴブリンの奴ら、オレの名前は覚えられずラーさまと呼ぶくせに、キシュリにはキシュリ姐さんと呼ぶんだ! あいつらオレをバカにしているのか!』と愚痴を言ってましたよ」
ミツヒデは、笑いながらラーヴワスの愚痴を聞いていた事を話していた。
「そうなのか! それは傑作じゃな」
ノブナガも膝を叩きながら笑い… そして、少し寂しそうな目になっていた。
「のう、ロアよ」
ノブナガは肩に乗ったマナを指に乗せ、目の高さに合わせると話しかけた。
「なんだい?」
マナは小さく首を傾げながら答える。
「お主は、神なのじゃろう? キシュリを生き返らせる事も出来るのか?」
ノブナガは、マナの答えは分かっていた。
だが、そう聞かずにはいられなかったのだ。
「ノブナガさん、前にも言ったけどボクはこの世の神なんだ。 この世の全てに対して平等でなければならない。 あの娘が死に、違う命が誕生する。 そうやってこの世は回っているんだよ」
ノブナガの思っていた通りの答えをするマナ。
「うむ。分かっておる。 それを承知で聞いたのじゃ」
「なるほど… そうだね。出来るか?出来ないか?と聞かれるとボクは『出来る』と答えるよ。 でも、それをするか?しないか?と聞かれるなら『しない』と答える」
マナの答えに、ノブナガは『じゃろうな…』と小さくつぶやき、マナを正面に見た。
「ただの戯れじゃ。忘れろ」
そう言って、寂しそうに笑っていた。
「そうかい? あ、ひとつだけ。 あの娘の命はここで終わる。でもね、いつか魂は次の命を宿して生まれてくるんだよ。輪廻転生ってやつさ」
「そうか」
ノブナガはなんの感情も見せず答えると、またキシュリに視線を戻していた。
キシュリの葬儀は滞りなく終わり、人々はキシュリの思い出話しに花を咲かせていた。
しばらくすると、どこからかキシュリが殺された経緯が広がり始めていた。
キシュリが誰に殺されたのか?
なぜ殺されたのか?
どうして殺されねばならないのか?
人々の間に怒りの炎が広がり始めていた。
その炎は瞬く間に業火となり、メルギドの町を包み込んでしまっていた。
数日後にはその業火はやがて隣の町や村へ広がり、しだいに王国に対する不信感のタネとして王国中に広がり始める事になる。
キシュリの葬儀の翌日。
ノブナガやミツヒデ、アネッサ、ソレメルたちは安土城の望楼に集まり、今回の事件について話し合いをしていた。
「みな、集まってもらい礼を言う。 今回の件、ワシは王国に対し異議申し立てをするつもりじゃ。 それで王国が誠意ある態度をとればよし、そうでなければ戦となるじゃろう」
ノブナガは真剣な目で集まった全員の反応を待った。
「このミツヒデ。ノブナガさまの思うままにお使いください」
ミツヒデは両拳を床につけ、頭を下げていた。
「しかし、王国と戦争となると… メルギドの住民たちに被害が…」
ソレメルは住民たちを心配し、腕を組んで「うーん…」と悩んでいた。
「オレは賛成だぜ! あいつらやり方が汚いんだ! ゴブリン共もキシュリを殺された事でかなり怒ってるしな。あいつらもこのままじゃ収まりようがないんだ」
ラーヴワスは右拳で左の手のひらを叩き、不敵な笑みを浮かべる。
「確かに、メルギドの住民達からも怒りの声が上がってきておりますが…」
ソレメルの下には、住民達から王国に対する怒りの声がたくさん寄せられていた。
これはメルギドのヒトが獣人と仲良くなりだしてから、これまで王国が推し進めていた『ヒト種族至上主義』に異論を唱える者が多くなっていたのだが、今回の事件によりその住民感情が爆発したと、ソレメルは考えていた。
「でも、どうやって王国に異議申し立てするの? 誰かが使者として王宮に行くの?」
ティアの質問にノブナガも「そうじゃな…」と腕を組んで考える。
「ねえ、ちょうどいいのがいるじゃない。 王宮にも顔パスで入れるヤツが…」
アネッサは悪い顔でニヤリと笑いながらノブナガを見る。
「ちょうどいいヤツ?」
「ええ、地下牢に放り込んでいる、あの派手なブタよ」
プレヤダスはノブナガの命により捕らえられ、安土城の地下牢に投獄されていたのだ。
「おお! それは良い考えじゃ。 ならば誰がプレヤダスと共に王都へ向かうか… 王宮に入るなら獣人はダメじゃろうな…」
ノブナガが考えていると、アネッサが言葉を続けた。
「そんなの、あの騎士達に行かせればいいのよ。 もともとあいつらは一緒に来たんだから、一緒に帰らせれば王宮にも難なく入れるばすよ?」
「あやつらは、ワシが殺してしまったが… あ、なるほど!」
ノブナガはポンと手を叩き、アネッサが言いたい事を理解した。
「そう、わたしはネクロマンサーよ。 あいつらをゾンビにして王宮に送り返してやるわ。 あと、あの派手なブタに試したい事もあるしね」
アネッサは残虐な笑みを浮かべていた。
「試したいことじゃと?」
「ええ、生きたままゾンビにして… と、言っても体は死んでしまうのだけどね。 脳だけは魔法でしばらく死なないようにしてやれば伝言くらいはできると思うのよね。 それにね、ある意味生きたままゾンビになるのだから、体が死に、腐り、朽ちていくのを感じ続ける事になるわ。 あのブタにはお似合いの死に方じゃない?」
アネッサは恍惚とした目になり、心の底から楽しそうに笑っていた。
「……そ、そうじゃな」
望楼に集まった全員が、『アネッサが味方でよかった…』と心から思った瞬間だった。
アネッサによりプレヤダスはその日の内に生きたままゾンビとなり、ノブナガの書状を持ってゾンビ化した騎士達と共に王都へ旅立った。
「ちゃんと王さまにお手紙渡すのよー」
そんなプレヤダス達を、アネッサは満面の笑みでプレヤダス達を見送っていた。