【33話】血のない惨状
アクロチェア王国にある宮殿の一室には、国王と国王が信頼を寄せている数人の文官と武官が集められていた。
国王は豪華なイスに座り、部屋の中央にある机の周りに文官と武官が相対するように立っていた。
「王、困った事になりました」
文官の1人が重苦しい雰囲気の中、息を漏らすように国王に話しかけていた。
国王は「うむ…」と答えながら、イライラするように肘掛けの上を指でトントンと叩いている。
文官は手に持った書類を見ながら言葉を続ける。
「先日のメルギドでの事件、メルギドだけでなく近隣の町や村にまで話しが広がっており、獣人だけでなくヒトからも抗議の声が上がっております。 また、プレヤダスの家族、ヴァンキリ家からプレヤダスの捜索と救出を催促されております」
「わかっておる」
国王は不機嫌そうに答え、頬杖をつきながらため息を吐いている。
「今回、マージが殺したキシュリという獣人ですが、メルギドにある安土城の姫として獣人だけでなく、ヒトにも人気があったようです。 まあ、姫とは言いますがそういう『役』を演じているだけなのでしょうが…」
文官は書類を見ながら報告をしていた。
「当たり前だ! 獣人が姫などと… ありえん!」
武官の1人が声を上げ、重苦しい部屋の中に武官が机を力強く叩く音が響いた。
「ですが、安土城の『姫』として町人達に認知されており、城主役のノブナガと共にかなりの支持を受けていたようです」
文官は書類をペラペラとめくりながら、淡々と情報を伝えていた。
「そのノブナガというやつも獣人なのか?」
国王の問いに文官は書類を確認し
「いえ、ノブナガはヒトのようです。まだ、子供のようですが…」
「子供?」
国王が鋭い目で文官を見ると、文官は書類を閉じて国王を正面に見ながら答えた。
「はい、間違いありません。 おそらくは15歳程度かと…」
「15歳くらいだと!? まさか、そんな子供に我が王国騎士が殺されたと言うのか!?」
武官は強く机を叩きながら叫んだ。
「……そのようですね」
文官は冷たい視線を武官に向け、静かに答える。
「何かの間違いだ! そうでなければ子供が騎士を… あのマージを殺せる訳がない!」
武官は僅かに手を震わせながら、机を睨み付けるように見ていた。
「問題はそこではない。 今回の事件で王国民の統制が取れなくなりつつある事だ」
国王の威圧感ある声に文官達は背筋を伸ばし、国王の方に向き直した。
「元々は、プレヤダスを送り込む事でメルギドから資金を取り上げ、余計な力を持さないようにする事が目的だったのだ。 多少、獣人贔屓のヒトが増えたところで、力を持さなければ問題はなかった。 その点、プレヤダスは適任だったのだ。あいつは貴族としては無能だが、難癖つけて税金をむしり取る事だけは誰よりも長けていたからな…」
国王は、また肘掛けの上で指をトントンと叩き始めていた。
「そうですね。あいつはそれしか能がなかったですから…」
文官は頷き、国王の意見を肯定する。
「だが、マージはやり過ぎてしまったようだな。 まあ、あいつは昔から獣人を毛嫌いしていたからな」
国王は軽くため息を吐いて文官を見ていた。
「そうですね。 その辺の獣人ならここまでの騒ぎにはならなかったでしょう。 更には、どうやったかは分かりませんが、ノブナガという子供に殺されてしまった…」
「そうだな… せめてプレヤダスが殺されておれば、それを理由にノブナガを捕らえる事も出来たのだが… 我が王国の騎士が子供に殺されたと言って騎士団を動かすのは、近隣諸国の笑い者になってしまう」
国王は、はぁとため息を吐くと言葉を続けた。
「ならば、プレヤダス救出を名目に騎士団を動かすか…」
国王の言葉に敏感に反応さたのは武官達だった。
「そうしましょう! 我ら王国の騎士団の力を王国内だけでなく近隣諸国にも見せつけるいい機会でもあります! たかが町ひとつ、1日あれば落とせるでしょう!」
武官達は声高々に宣言してみせた。
「プレヤダスの救出が目的なのですぞ? メルギドを落とす事が目的ではありません。そもそもプレヤダスが捕われているのかどうかも確認出来ていないのです。 まずはメルギドへ使者を送り、事件の真相を確認してプレヤダスが今どこに居るのかを知る必要があります」
文官はそう反論すると、国王に向かい頭を下げ言葉を続けた。
「王よ、まずはメルギドへ使者を送る事を進言致します」
国王は少しだけ考え、口を開いた。
「メルギドへ使者を送り、ソレメル町長にノブナガを捕らえさせ王都へ連れてこされるのだ。並行して騎士団の出撃準備を整えておけ。 万が一、ソレメル町長が拒否した場合や使者が戻らない、または、プレヤダスの死亡が確認された場合は国家転覆罪を適用し騎士団を出撃させろ」
「ははぁ!」
文官、武官達は同時に踵を揃えて頭を下げると、踵を返して部屋を出ていった。
「ノブナガか…」
1人部屋に残った国王は豪華なイスに深く腰掛け、大きなため息を吐いていた。
使者を送る準備が整い出したある日、執務室で執務を行なっている国王の下に文官の1人が慌ててやってきた。
「何事だ」
国王は作業の手を止め文官を見ると、文官は膝をつき頭を下げながら息を整えていた。
「国王、執務中に失礼します。 先程、プレヤダスと騎士達が帰還致しました」
「なに!? 本当か!?」
国王は机を叩いて立ち上がり、驚きを隠せないでいた。
「はっ。 先程、王都の門兵より連絡があり、プレヤダス達はまっすぐ謁見の間へ向かうと伝令に伝えたようです」
「まさか? マージら騎士は死んだのではなかったのか?」
「確かに死亡したと報告がありましたが…」
「では、なぜ生きて王都に現れるのだ? 報告が間違っていたのか?」
国王の問いに文官は冷汗を流しながら「わかりません」としか答えられなかった。
「まあ、よい。 プレヤダスらは謁見の間に向かうと言っていたのだな? ならば、事の真相を聞くしかあるまい」
国王は机の上に置かれた書類を簡単に片付けると、謁見の間に向かう準備を始めた。
「王、ただひとつ気がかりな事が…」
文官は少し低めのトーンで国王に声をかけた。
「なんだ? 言ってみろ」
国王は準備する手を止めずに、文官の言葉に耳を傾ける。
「はっ。 伝令の話しでは、プレヤダスだけでなく騎士達も何かいつもと様子が違っていた… との事でした。 ただ、馬車の窓から顔を出したプレヤダスは本人である事を確認しておりますので、ただの杞憂かもしれないのですが…」
歯切れの悪い文官の報告に、国王は少し苛立ちながら
「プレヤダス本人を確認しているのなら問題なかろう。 とにかく真相を確かめてからだ」
国王はそう言って執務室を出て行ってしまい、文官は慌てて国王を追い謁見の間に向かって行った。
謁見の間では、プレヤダスとマージら騎士達が頭を下げて待っていた。
通常、国王に謁見を求める貴族や騎士達は、一度帰宅し礼装に着替えてから国王の前に現れるのが通例なのだが、プレヤダス達は礼装に着替える事もせずに謁見の間にやってきた。
そのため、マージら騎士は鎧装備を着たままであり、プレヤダスもいつも視察に向かう派手な格好をしていた。
ただ、騎士達は兜を着けたまままで顔を隠していた。
この事に、プレヤダスらと共に謁見の間で国王を待つ貴族や文官、武官達はヒソヒソと話し合いながら不快感を表していた。
しばらくして謁見の間の入口付近にいる文官が、部屋中に響く声で国王の到着を伝えると、プレヤダスと騎士達は更に頭を下げて、周りにいる貴族や文官、武官達も背筋を伸ばして国王が姿を見せるのを待っていた。
しばらくすると、謁見の間の入口とは正反対側にある扉が開き国王が姿を現し、国王は玉座にゆっくりと座った。
「プレヤダス、面を上げよ」
国王の重厚な声が部屋中に響くと、ゆっくりとプレヤダスが顔をあげ国王を見上げるように見ていた。
「プレヤダス、帰還してそうそう謁見を求めるとは、余に何か急ぎ報告するべき事があったのか?」
国王はメルギドの事件について報告を受けていたが、敢えてそこは伏せてプレヤダスの口から聞く事にした。
プレヤダスは再び頭を下げると、恭しく口を開いた。
「国王さま、この度、わたくしから急ぎ報告すべき事項があり、失礼ながらこの様な格好で参りました事をお許し下さい」
「うむ、構わん。 報告を受けよう」
「はっ。 では…」
プレヤダスは立ち上がると懐から一枚の巻紙を取り出し、それを読み上げた。
「アクロチェア王国 国王殿。 王国の使者として参られたプレヤダスはメルギドにおいて民を民とは思わぬ傍若無人な態度をとり、ついには我が娘であり、安土城の姫であるキシュリを死に至らしめた。 更には城主であるワシにも刃を向けた為、致し方なくここにいるプレヤダス及びマージら騎士を斬り捨てた。 王国はこのような者を使者と認めメルギドへ遣わせた責任を取る必要があり、我らは王国に異議申し立てを行うものである。 万が一、誠意あるご判断がなされない場合は、我らの義の力を見る事になるだろう。 安土城 城主ノブナガ」
プレヤダスは読み終わると紙を元通りに丸め、文官を呼び巻紙を手渡した。
国王がプレヤダスは何を言っているのか理解が追いつかず言葉を失っていると、プレヤダスはマージら騎士に向かって叫びだした。
「さぁ! わたしの役目は果たしました! 早くわたしを解放してください!!」
プレヤダスの叫びが部屋中に響くと、沈黙を守っていたマージたち騎士はゆっくりと立ち上がり騎士剣をスラリと抜き、プレヤダスの首を飛ばしてしまった。
「あぁ、やっと… 解放された…」
プレヤダスの首は満たされた表情となり、そう呟いて床に落ちた。
プレヤダスの首を飛ばしたマージと、仲間の騎士たちは騎士剣を自分の首にあて、自らの首を飛ばしてその場に崩れて落ちてしまった。
首を飛ばされたプレヤダスも、自らの首を飛ばした騎士達も血が噴き出す事はなく、ただ糸が切れた操り人形のように崩れ落ちるだけだった。
この異様な光景を目の当たりにした貴族や文官、武官達は目の前の血のない惨状に対して、ただ腰を抜かし叫ぶしか出来なかった。