【31話】はちきれる欲望
プレヤダスは馬車の中から町並みを見ていた。
(ここはメルギドか? 以前来た時は普通の宿場町で、そんなに旨みのある町とは思えなかったのだが…)
プレヤダスは各町を周り王国に納められた税金が適性なものか?また、町の治安の確認などを視察に来たのだ。
本来なら王国の職員が行う仕事だがプレヤダスは上流階級の貴族でありながら、自ら進んでこの仕事をおこなっていた。貴族界では珍しく仕事熱心な男だと一目置かれる人物だった。
(あの盗賊団騒ぎのあと、メルギドが急激に発展したと聞いていたが… なるほど、これは旨そうだ…)
馬車の中でプレヤダスはニヤニヤしていた。
プレヤダス・セゴル・ヴァンキリ。
ヴァンキリ家の次男で、家督は長男が受け継いでいるためプレヤダスは比較的自由な身分だった。
身長は低く、普段から運動しないこともあり太っている。
豪華で派手な服が好みで常にきらびやかな服と装飾をまとっていることから、各町の関係者から『金のブタ』と陰口を叩かれているが本人は知る由もない。
本来のプレヤダスは仕事が嫌いで、毎日、女をはべらかせて好きな時に好きなものを食べ、好きな女を抱くのが生きがいであった。それが、なぜ自ら各町を廻って懸命に仕事をしているのか?
もちろん、自分の生きがいのためである。各町に行き、町長に難癖をつけ税金をむしり取る。
そんな巡回を何度か行えば、黙っていても町長たちは自分を接待し始めるのだ。
それが大きな町やメルギドのように勢いがある町ならなおさら。
だからプレヤダスはつぶやいていたのだ。
『旨そうな町』だと…
年配の門兵『ロブじぃ』に案内されプラヤダス一行はメルギドの町に到着し、メインの大通りを進んでいた。
もちろん騎士たちは馬に乗り、プラヤダスは馬車の中だ。
これまで大通りを歩いていたヒトや獣人たちは、突然現れたプラヤダス一行を避けるように道をあけ、大通りの両端を身を縮めて歩いている。
しばらく進んでいるとロブじぃの前にボールが転がってきた。
道の端から「あっ!」と獣人の子供の声が聞こえ、母親が子供の肩を掴んで道に飛び出さないようにしている。
ロブじぃは足を止めボールを拾うと、騎士の方へ振り向いて愛想笑いを浮かべ頭を軽く下げた。
それは言葉には出さないが、「子供にボールを返すので少し待って欲しい」という意思表示だった。
だが、マージは明らかに不愉快な顔をすると獣人の子供を睨みつける。
「獣人のガキが、プラヤダスさまの足を止めるなど… あってはならん!!」
マージは突然叫ぶと、馬からヒラリと降りて子供の方へ足を向けた。
その顔は鬼のような表情となり、手は騎士剣へと伸びる。
道の端では引き攣った顔の獣人の母親と、あまりの恐ろしさに泣くことも出来ずにいる子供が震えていた。
「マ! マージさま!! お待ちください!」
慌ててロブじぃが叫び、マージと子供の間に体を滑り込ませた。
「どけっ! この無礼なケモノは殺す!」
マージは騎士剣抜き、ロブじぃを押し退けようと剣を持つ手とは反対の手でロブじぃの肩を押した。
「ど! どうか、ご勘弁ください! この子はまだ子供です! ワザとプラヤダスさまの足を止めた訳ではありません! どうか、どうか剣をお納めください!」
ロブじぃはマージの前で土下座し懇願した。
「貴様! ヒトであるくせに獣人の方を持つのか! 貴様も切り捨ててくれようか!」
マージは更に激昂し捲し立てた。
周りのヒトや獣人たちはどうする事もできず、ただロブじぃと獣人の子供の無事を祈るだけだった。
「これはこれはマージさま、こんな所で如何なされましたか?」
大通りの人混みの中から、紳士的な声が聞こえてきた。
その声にマージが振り向くとそこにはスーツを着て微笑むソレメルと、ソレメルの横に静かに立つ白いワンピースを着たイルージュがいた。
「…誰だ」
マージはソレメルを睨み短く問う。
「あ、わたくし、ソレメルでございます。少し痩せたので分かりにくかったでしょうか?」
以前のソレメルは太っており、鼻から息を吐くだけでプヒープヒーと音が出るほどだったのだ。
それが今ではスラリとした体格で、スーツのよく似合う美丈夫となっていた。
「ソレメル… あの、ソレメル町長か? 随分と変わったな」
マージはソレメルのあまりの変化に驚き、先程までの怒り少しおさまったようだった。
「はい。ソレメルでごさいます。プレヤダスさまがいらしたとお聞きしましたので、お迎えにあがりました」
ソレメルはニコっと微笑むと優雅に頭を下げる。
「うむ。当然のことだ。 しかし、少し待て。ここの無礼なケモノを殺さねばならん」
マージは獣人の子供に向き直ると、騎士剣を持つ手に力を入れる。
母親は泣きながら子供の命を助けて欲しいと叫び、必死で子供を抱きしめていた。
「マージさま。マージさまの高貴な剣をそのような事で振るう必要はないでしょう。それに、プレヤダスさまの重要な時間を無駄にするわけにもいきません。 今回、プレヤダスさまに見て頂きたいモノもありますので、私にご案内させてください」
ソレメルは子供の前に立ち、軽く頭を下げると微笑んでマージを見ていた。
「マージ、ソレメルの言うとおりだ。お前はワタシの時間を無駄に使う気か?」
馬車の小窓から金髪で秀でた額、顔もパンパンに太っているため目が開いているのか閉まっているのか分からないくらい細目の男が顔を出していた。
「プレヤダスさま! 申し訳ありません、あまりに無礼なケモノがいたので…」
マージは慌てプレヤダスに向き直ると、礼儀正しく礼をする。
「うむ。マージ、お前のワタシに対する忠義はよくわかった。 だが、ワタシも長旅で少し疲れてしまった。早く目的地へ行こうじゃないか」
「承知しました!」
マージは騎士剣を納刀し、「ケモノ、早く私の視界から消えろ」と吐き捨てて馬車へ向かって歩きだした。
「イルージュさま、この親子を…」
ソレメルは小声でイルージュに獣人の母子の対応を依頼する。イルージュは小さく頷くと、小走りで母子の元へ行き「もう大丈夫よ…」となだめて大通りから外れた場所へ連れて行った。
「プレヤダスさま、お久しぶりでございます。ソレメルでごさいます」
ソレメルはプレヤダスの元へ行き、優雅に頭を下げる。
「ソレメル、お前、痩せたな。パッと見てわからなかったぞ」
プレヤダスは「ははは」と笑いながら、以前とは違うソレメルを上から下までじっくりと見ていた。
「ありがとうございます。 町長たるもの、やはり体力と丈夫な体が必要だと思い至りましたので、少しトレーニングを始めたのです」
「少し…な。 まぁ、いい。それよりも見せたいモノとはアレか? 安土城か?」
「おお!プラヤダスさまのお耳にも入っておりましたか! それは喜ばしいことでございます。これまでメルギドには特別目立ったものがありませんでしたが、この度、安土城を築城して宿場町だけでなく観光地として町を盛り上げようと考えたのでございます。 その目玉である安土城を是非プレヤダスさまにもご覧頂きたいと、常々考えていたところだったのです」
ソレメルは満面の笑みで説明すると、プレヤダスも少し興味を持っていたようで「うんうん」とまんざらでもない顔でソレメルを見ていた。
「それでは早速、安土城へご案内させていただきます」
「うむ。ところでソレメル」
案内のために先頭へ移動しようとしたソレメルにプレヤダスが声をかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「あぁ、さっきお前の横にいたのは… もしかして月女族… か?」
「え? あ、はい。彼女は月女族 族長のイルージュでございます。彼女は我が町を救ってくれた恩人でございます」
「…恩人か」
「はい、プレヤダスさまもご存知かと思いますが、我が町は盗賊団の襲撃にあり壊滅の危機に陥りました。その時、メルギドを救ってくれたのが月女族の皆様なのです。 その一件から月女族の皆様には、今もこの町を守って頂いているのです」
ソレメルがプレヤダスに説明し終わる頃、獣人の母子を送ったイルージュが帰ってきた。
「お前が月女族 族長のイルージュか」
プレヤダスはその開いているかどうか分からない目でイルージュをチラっと見る。
「お初にお目にかかります。 月女族 族長イルージュでございます」
イルージュは静かに頭を下げた。その穏やかで、まるで鈴の音のような美しい声にプレヤダスはハっとした表情を一瞬だけ浮かべると、すぐに元に戻り「うんうん」と何か納得するように頷く。
「イルージュ、獣人でありながらこのヒトの町を守ってくれたそうだな」
「いえ、当然の事でございます」
イルージュは微笑みを浮かべならが答える。
「うむ。ワタシからも感謝しよう。 では、ソレメル、案内を頼む」
プレヤダスはそれだけいうと馬車の小窓を閉めてしまった。
「承知しました」
ソレメルとイルージュは小窓が閉まった馬車に一礼し、先頭に立って安土城への道を案内し始めた。
安土城へ向かう馬車の中、プレヤダスはひとりニヤニヤしていた。
「世界で最も美しく、最も強いと言われた月女族か。 昔、そのあまりの美しさから乱獲されて滅びたと聞いていたが… まさか、こんな所にいたとは…」
プレヤダスの股間は、その顔と同じように『パンパン』になっていた。