【30話】前触れ
ミツヒデの策が開始され半年が経った。
もともとメルギドは街道を進む商人や旅人、冒険者たちをターゲットにした宿場町だった。
町の場所も関係してそれなりに賑わった町であったが、ミツヒデの策が始まってからは以前と比較にならないほどの賑わいを見せていた。
現在のメルギドは安土城を主としたテーマパークのようになっており、各地から観光客がやってくるようになっていたのだ。また、もともと宿場町として賑わっていたこともあり、メルギドを通過する商人や旅人、冒険者たちの口コミが広がっていることも要因のひとつだった。
メルギドに観光客が集まることでミツヒデの思惑とおり金が集まり、武器や鉄砲の開発、城壁の強化など順調に進み、中にはそのままメルギドに住みたいという新たな住人も現れ、メルギドはますます繁栄していくのだった。
また、ミツヒデの予想外な効果も現れ始めていた。
それは、ヒト種族至上主義であるアクロチェア王国にも関わらず、メルギド以外の町でも獣人や半獣人、亜人たちを差別しないヒト種族が増え始めていたのだ。
もともとは過去にアクロチェア王国の王都が獣人に襲われたという『ウソ』を発端に、王国が国民を管理するために「ヒト種族至上主義」を掲げたのだ。
国民たちは自国の王が言う言葉をそのまま信じ、獣人を排除して長い年月を過ごしてしまった。
その長い年月でヒトは獣人を『理解できないモノ』と捉え、理解できないものは『怖い』と無意識に思い込んでいた。
そんな『怖いモノ』を排除しようと一部のヒトが『ヒト種族至上主義』を盾にして攻撃すると、付近のヒトは集団心理が働きソレに同調して獣人を攻撃していたのだ。
こうして各町では獣人が虐げられ続けていたのだが、ここメルギドではヒトと獣人、半獣人がお互いを尊重し笑い合って生活しているのだ。
始めは抵抗感を持っていたヒトも獣人たちとふれあうことで、漠然と持っていた『怖い』という感情がなくなり獣人や半獣人たちを自分たちと同じ『人間』だと認識し始めていたのだ。
だが、そんな中でも頑なに獣人を排除しようとする者もいるが、それはごく一部のヒトであり世論が『ヒトも獣人も半獣人も、みんな同じ人間』だという流れを止めることはできなかった。
そのような情勢を一番喜んでいたのはソレメルだった。
ソレメルはイルージュと結ばれるため、町長の権限を利用してメルギドの住人たちが月女族を受け入れるように様々な働きかけをしていたのだ。
その中のひとつが月女族による町の護衛、巡回だった。
盗賊団から守ってくれた月女族がこれからも町を守ってくれるという安心感は、ソレメルの思惑とおり見事に住人たちの心を掴んだ。
だが、月女族だけがメルギドで普通に暮らしていると、他の町や王国から目をつけられると考えたソレメルは様々な獣人や半獣人、亜人たちを町に受け入れ始めたのだ。これが『木を隠すなら森』作戦だった。
こうしてベースが出来上がっていたメルギドでは、住人たちは安土城によるテーマパーク化もスムーズに受け入れることができていたのだ。
そして、今回の目玉である安土城には城主として『ヒト』、姫として『狐の獣人』がいることも話題となっていた。
姫役のキシュリはヒト種族から見ても美しく、その妖艶な雰囲気が相まって安土城のアイドルと化していた。観光客たちはひと目キシュリ姫を見ようと、連日のように押し寄せるようになりノブナガとキシュリは観光客の対応で忙しい日々を送ることになっていた。
一方、王国はそんな順調なメルギドを快く思っていなかった。
ヒト種族至上主義を掲げた王国としては、メルギドの行為は明らかに王国への反抗と捉えていたのだ。
当初、王国は自分たちの不正を隠す為に獣人を利用してヒト種族至上主義を掲げていたが、王国民を管理する上でも便利な主義であることに気がついたのだ。
長い年月、国を治めているとどうしても国民の不平が湧き出てくる。
この時に役立つのがヒト種族至上主義だった。
ヒトよりも身分の低い存在『獣人』を作り、優越感を持たせる事で王国への不満を紛らわせる効果があったのだ。
現在のメルギドはこれら王国の思惑を覆す事となり、ゆくゆくは王国民が王国へ反乱を起こす可能性を孕んだ状態となっていたのだ。
メルギドが賑わい始めて10ヶ月後、ついに王国が動き始めた。
ある日の朝、メルギドの城門の前に豪華な馬車に乗った男が、数名の馬に乗った騎士を連れて現れた。
馬車が城門前で止まると、騎士の1人が馬に乗ったまま城門を守る兵の前に近づき馬上から兵を見下ろすように声をかけた。
「私はマージ・アルトシテ・ピナー。 アクロチェア王国騎士団の者だ。 王国より視察のためプレヤダス・セゴル・ヴァンキリさまが参られた。 ソレメル町長の下へ案内いたせ」
マージは高圧的な態度で若い門兵に指示すると、チラッと門の横にいる女に目を向けた。
「おい、門兵。 なぜそこにウサギ女がいる?」
マージの目は鋭く、冷たいものだった。
門兵と一緒に門番をしていたのは金髪をポニーテールにしたヒカムだった。
ヒカムは昔の『ヒトさま』の目を思い出し、思わず体が硬直し目線を逸らすように下を向いてしまっていた。
「マージさま、この女は我々と共に町を守る月女族の娘でございます」
門兵は軽く頭を下げながら、ヒカムを『仲間』だと紹介した。
「…ウサギ女と町を守る? この町の者は頭がおかしくなったのか? この世にヒト以外の者はケモノと同じであると知っているだろう? ケモノはケモノらしく森に住み、虫を食っておればいいのだ」
マージはヒカムを汚物を見るような目で見ていた。
「…っ!?」
門兵は武器を持つ手に力が入り、今にも殴りかかりそうな目になる。
その時、門兵の休憩所から年配の門兵が現れた。
「騎士さま、王国の使者さまをお待たせしては申し訳がありませんので、わたくしめがソレメル町長の所は案内させて頂きます。 騎士さまもご存知のように、この町は以前盗賊団に襲われたことがあり、警備を強化しております。この者達はまだここで警備の仕事がありますので、こんな年寄りで申し訳ありませんが案内役はわたくしにお申し付け下さい」
年配の門兵はニコニコしながらヒカムと若い門兵を城門の奥に追いやって、騎士に頭を下げていた。
「ふむ。 そうだな。プレヤダスさまをお待たせさせるわけにはいかん。 分かった、お前に案内を頼もう」
「騎士さま、ありがとうございます」
年配の門兵は深く頭を下げて感謝の意を表すと、騎士たちを連れてメルギドの町へ向かって歩いて行った。
「ヒカムさん、大丈夫ですか?」
騎士たちの姿が見えなくなり、若い門兵がヒカムに声をかけた。
「は… はい。 大丈夫です…」
ヒカムは少し震える手で涙を拭っていた。
「ロブじぃがいなけりゃ、オレ、あの騎士に殴りかかっていたよ。 ロブじぃに感謝だなー」
若い門兵は、おどけるように笑っていた。
「あ… あの… あ、ありがとう。 わたしを仲間だ言ってくれて…」
「あ… いや、うん。当然だよ。ヒカムさん達はオレたちや町を守ってくれた恩人なんだ。 オレだけじゃないさ、町のヒトは全員がヒカムさん達を仲間だと胸を張って言うさ」
若い門兵は、照れたように頭を掻きながら笑っていたが、すぐに真剣な表情になりメルギドに向かった騎士たちを睨むように見ていた。
「王国からの使者か… なんだか、いつもより上流の貴族っぽかったな。 イヤな予感しかしねぇ…」
騎士たちが町に入った頃、若い門兵の予感は的中してしまっていた。