【26話】ノブナガの疑問
ノブナガは胡座から片膝を立て、立てた膝の上に腕を置き座り直していた。
その姿は天下布武を旗印に戦国を駆けた、あの戦国武将『織田信長』その人であった。
ソレメルをはじめ八角堂にいる者はその威圧感に畏れ、憧れを抱いてしまっていた。
「ミツヒデ、お主の策じゃが、その前にワシの疑問に答えてくれぬか?」
「ははぁ! なんなりとお申し付けください」
ノブナガの言葉にミツヒデは深く頭を下げていた。
その時、こちらへ慌てて向かっているかのようにドタドタと騒がしい足音が響いた。
「何事じゃ」
全員が足音がする方を見ると、虎の獣人セミコフと魔牛の半獣人カーテが息を切らして入ってきた。
「ノブナガのアニキ!!!」
セミコフは八角堂に入るなり叫ぶと、ミツヒデを突き飛ばしてノブナガの正面に座る。
カーテは八角堂の入口で、一点を見つめて硬直するように立ち止まってしまっていた。
「おお、セミコフか。 息災にしていたか?」
「ソクサイ…? 相変わらずアニキの言葉は難しいぜ!」
かはははとセミコフは自分の膝を叩いて笑っていた。
「セミコフ殿、ノブナガさまは『元気にしていたか?』と言っているのですよ」
セミコフに突き飛ばされたミツヒデは、苦笑いを浮かべながら説明する。
「おお、そういう意味か! ノブナガのアニキ!オレはいつも元気だ! それもこれもアニキのおかげだ! 俺たち獣人はアニキのおかげでこの町で楽しく生きていける! 感謝しても仕切れないくらいだぜ!」
セミコフの声はもともと大きいのだが、上機嫌となりさらに大声になっていた。
あまりの大声にソレメルは眉を顰めるほどだった。
「ところで、カーテよ。お主はそこで何をしておるのじゃ?」
ノブナガは入口付近で固まったままのカーテを不思議そうに見ながら声をかけた。
「え… あ… いや… ノブナガ殿、ご無沙汰しております」
セミコフと対照的にカーテは小さな声で答えると、一点から目を離さずに体を小さくしながら八角堂に入ってきた。
「カーテ… よく、わたしの前に顔を出せたわね」
その声の主は、カーテが目を離せずにいたアネッサだった。
カーテはアネッサの声にビクッと反応し、ますます体を小さくしてなるべくアネッサから離れた場所に座った。
「…は? 無視?」
アネッサから冷気が漂いだす。
「あ! いや! そんなつもりは!」
慌てたカーテは大きめの声で返事をし、両手を振りながらアネッサを怒らせないように必死に振る舞っていた。
「カーテ、わたしは貴方に感謝しているのよ? 黒大蜘蛛の巣にかかったうちのバカを助けてくれた事にはね」
アネッサがチラッとノブナガを見ると、ノブナガは「ははは」と誤魔化すように笑っていた。
ティアとミツヒデ以外のソレメル達は知らない事であるため、黙ってアネッサの言葉を聞き流していた。
「でもね? もう少しでわたしの娘が死ぬところだったの。 ギリギリで助かったからよかったものの… もしもの事があれば… わたしは…」
アネッサは詰まらせた言葉の代わりに、冷気を更に溢れ出させていた。
八角堂内の気温が下がり、ソレメルたちは自分の腕をさすり、吐息が白くなっていた。
「み… 巫女さま!」
ティアは立ち上がりアネッサの下に行くと、アネッサの手を握りしめてアネッサと目を合わせる。
「ティアさん…」
「巫女さま。 確かにあたしは危険な目にあったと思う。 正直、記憶が曖昧な部分があるから分からない事もあるけど…」
ティアは少しだけ微笑みながら話しを続けた。
「巫女さま、あたしはこの旅について行くと決まった時に死ぬかもしれないと覚悟していたわ。 これから危ない目にも何度もあうと思う。 もし、それであたしが死んだとしても、それはあたしの力不足が原因だと思うの。 だから、巫女さま。 今回の事の原因はカーテじゃなくて、あたしの油断や力不足が原因なの。 だから… 巫女さま、カーテを責めないであげて下さい」
ティアはアネッサの手をギュッと握り締め、真剣な目で懇願していた。
「ティアさん… 貴女って人は… 」
アネッサからの冷気は収まり、少し寂しそうなアネッサの目から涙が流れていた。
「巫女さま…?」
「ティアさん。 わたしは貴女を死なせない。 出来れば危険な目にも遭わせたくない… だけど… それでも、限界がある。 ティアさん、お願いだから危ないと思ったらすぐに逃げると約束して」
今度はアネッサがティアの手を握り、真剣な目で懇願していた。
「巫女さま… うん。あたし、約束するわ。 大丈夫!あたしは月女族よ。 誰もあたしの速さについて来れないんだから!」
ティアが笑いながら答えていると
「そうじゃな。 ティアの逃げ足はまさに『脱兎の如く』じゃった」
ノブナガは初めて会った頃の、ヒトを見るともの凄い速さで逃げるティアを思い出しクククと笑いを堪えていた。
「左様ですな。 あの頃のティア殿を追いかけるのは至難の業でした」
ミツヒデも笑いを堪えてながら、ノブナガの言葉を肯定する。
「ちょ! ちょっと!ノブナガもミツヒデも、そんなに笑わないでよ」
ティアは少し膨れて文句を言うと、ぷーっと吹き出して笑った。
その笑い声は明るく、八角堂の中を暖かく包み込むような優しい笑い声だった。
それにつられるように、ソレメルやイルージュ、ホニード達にも笑顔が溢れていた。
「そうね、わたしの娘たちの逃げ足の速さはスゴいもんね。 カーテ、ティアさんに感謝しなさい。 今回だけは許してあげる」
アネッサにも笑顔が戻り、穏やかな雰囲気が八角堂を満たしていた。
カーテはホッと胸を撫で下ろし、やっと顔から緊張の色が消えていた。
「では、改めましてノブナガさま。 ノブナガさまの疑問とはなんでしょうか?」
ミツヒデは座り直し、頭を下げながら話を戻す。
「うむ。 ワシが王都に行っていた短い時間で、この安土城をどうやって築城したのじゃ? ワシが日の本で長秀に命じた時は3年もの月日を要したのじゃが…」
今回、ミツヒデは2ヶ月程度で安土城を築城していたのだ。あまりにも早過ぎる築城をノブナガは疑問に感じていた。
「なるほど… ノブナガさま、この世界は誠に驚かされる事ばかりですな。 ノブナガさまもご覧になられたように、この世界には魔法というものあります」
「ああ、先日の戦で初めて見た時は興奮したものじゃ」
ノブナガはチトナプで見た、獣人と騎士団の戦いを思い出していた。
「わたしも魔法を使った戦には驚きました。 ですが、もっと前にもわたしたちは魔法を見ていたのです」
ミツヒデがティアをチラっと見ると、ノブナガはポンっと手を叩いて思い出した。
「おお! そうじゃった! ワシが初めて見た魔法はティアと魚を食ったあの焚き火の時じゃ!」
ノブナガの話にティアも忘れていたのか「え?」と目を見開きながら驚いていた。
「はい、わたしはあの戦で見た魔法の印象が強すぎて、魔法とは戦で使うものと思い込んでおりました。 しかし、ティア殿は焚き火に火をつける為に魔法を使っていたのです。 つまり、この世界での魔法とは生活の一部であると考え直したのです」
「なるほど、それと此度の築城とどう関係あるのじゃ?」
「はい。 この安土城を築城するにあたりメルギドの大工職人のほか、獣人の魔法使い達を参加させました」
「魔法使い!?」
ノブナガの印象では魔法使いとは魔法を使わなければ、ただの力を持たない『ひ弱な者』だった。
そんなひ弱な者たちが大工仕事、まして築城に役立てるとは思いもしなかったのだ。
それはソレメルやホニードなど、この世界の住人達も同じだったようだったようで、ソレメルは感心したようにミツヒデの言葉を補う。
「わたしもこの様な力仕事に魔法使いが役立つなどと、考えた事もありませんでした。 魔法使いが建築現場で役立つと言えば、せいぜい職人たちの食事の準備などで火を使うか… あとは、水を出すなど生活の補助くらいでしたから」
ソレメルの言葉にホニードも頷き
「そうだな。 やはり魔法使いはオレたち戦士と同じで、戦場でないと役に立たない… と、オレも思っていた」
ホニードの言葉通り、この世界では魔法使いは戦況を左右するほどの強力な『コマ』としての認識が主流だった。
一部の魔力が弱いものや、水の生成など生活魔法を使えるものが生活の為に魔法を使うくらいだったのだ。
「先日の戦の時、魔法使い達は大きな岩を出現させたり、突然、土の壁を出したり… 火球以外にも多岐にわたる魔法を使っていたのです。 わたしはその魔法を使えば城の礎ともなる石垣など、容易に作れるのではないか?と考えたのです。 それで、やってみた結果がこの安土城なのです」
石垣を作るとなると岩を切り出し、運び、組み立てる。石垣の内側は山を利用するか、そうでなければ土を埋めて城の基礎を作らなけばならない。
だが、魔法使いなら何もない場所から岩を取り出し、山がない場所に山を作り、巨大なゴーレムを使えばまるで積み木を組むように石垣を組み立てられる。
通常、かなりの時間をかけて作る石垣が、あっという間に出来上がってしまったのだ。
もともとこの世界で石垣を組む事が無かった事もあり、誰も魔法使いが建築現場で活躍するなど考えもしなかったのだろう。
その後、大工と協力し、ゴーレムを利用した力仕事や岩や大木などの資材調達を魔法使いが担う事で、とんでもないスピードで安土城が完成したのだった。
「それに、この素晴らしい内装ですが…」
ミツヒデはさらに言葉を続けた。
「実は、最近メルギドに移住してきたドワーフという亜人達の仕事なのです」
「ドワーフじゃと?」
「はい、彼らは見た目通り頑固な職人で、一切の妥協も許さずこの内装を仕上げております。 どうやら、ドワーフとはこの世界では有名な技工職人だそうで、さまざまな装飾品や武器、防具などの製作に長けておるそうです」
「なるほどのぉ… ん? 武器じゃと?」
ノブナガは武器という言葉に閃きを覚えた。
「左様でございます。 ノブナガさまもお気付きになられたようですね。 このミツヒデ、ドワーフに鉄砲の作製を指示しております」
ニヤリとミツヒデが笑う。
「天晴れじゃ!」
ノブナガが満面の笑みでミツヒデを褒めると、ミツヒデは深く頭を下げていた。
その時のミツヒデの誇らしげな表情は、誰にも見られる事はなかった。
なにが何やら分からないソレメルやホニード、イルージュ、ティア達は、ただその光景を見ているだけだった。
「では、改めましてノブナガさま。 此度の策についてご説明させて頂きます」
ミツヒデが顔を上げると、不敵な笑みを浮かべていた。