【25話】城主とサムライ
更新遅れました…
「うむ… これはまさに安土城じゃ…」
「ありがたきお言葉でごさいます」
ノブナガの言葉に、ミツヒデは恭しく頭を下げていた。
ソレメルに案内されて安土城へやってきたノブナガ達は、目の前に聳え立つ安土城に感嘆の声を漏らしていた。
安土城はノブナガが拘りにこだわり抜いて築城した城で、特徴はなんと言っても八角堂とその上にある金の望楼だろう。
当時の日の本でも見た事がない素晴らしい城で、後世では『天守』を『天主』と呼ぶのは安土城だけなのだ。
そんな安土城が、ミツヒデによってこの異世界に再現されていた。
王国には王族だけが住む事を許される『王宮』と呼ばれる豪華絢爛な建物はあるが、その目的は主に『王族が生活する場所』と、『政治を行う場所』であった。
一方、ミツヒデが再現した安土城は『軍事機能』を有した砦の役割りもあり、また、有事の際にはメルギドに住む住人達の避難場所になるのだ。
安土城はハーゼ村(村と言っても、今ではメルギドと同等かそれ以上の立派な町となっているのだが)と付近の建物を取り込むように造られており、ハーゼ村は安土城の『城下町』となっていた。また、城の背面には川が流れおり、安土城を囲むように作られた城壁をさらに囲むように堀が作られ、川の水が引き込まれている。
堀に架けられた橋を渡り、正面にある大手門を潜ると立派な石垣の上に安土城が聳え立っていた。
大手門からいくつか曲がり、石垣を登っていくと安土城の正面に着いた。
城の入り口には狐獣人のキシュリが優雅なドレスを身に纏い、物静かにノブナガ達の到着を待っていた。
「おかえりなさいませ、父さま」
キシュリは少し微笑んでから、ゆっくりと頭を下げる。
「うむ、今帰った」
ノブナガが答えると、キシュリは頭を上げニコリと笑ってノブナガの帰りを喜んでいた。
「キシュリ、よい着物を着ておるな。よく似合っておるぞ」
ノブナガがさりげなく褒めると、キシュリはまるで少女のようにはにかみを浮かべ目を伏せていた。
「ありがとうございます。 うちはこの城に住む姫の設定なので、それらしい格好をしていなければならないと、イルージュさまに頂いたのです」
「設定??」
ノブナガが不思議そうにイルージュを見るとイルージュに変わり、ミツヒデがノブナガの前で膝を着き頭を下げて答えた。
「はっ。 この安土城は表向きにはメルギドの新名所として建てられておりますゆえ。 あくまでも観光地としておく必要があったのです。 些細については、安土城の中でご説明させて頂きたく存じます」
「…うむ」
ノブナガは短く答えると、腕を組み安土城を見上げていた。
「ところでノブナガさま。 ひとつお聞きしても?」
ソレメルが真剣な顔で尋ねてきた。
「なんじゃ?」
「先日、魔物共がこの町に向かっていると情報があり、ホニード団長たち自警団とミツヒデ殿に調査と討伐に向かってもらいました。 そこで、ラーヴワスという赤ザルの女を捕らえたのです。 その赤ザルの女が『ノブナガさまに言われて来た』と言っておるのですが… ご存知でしょうか?」
ソレメルはノブナガの表情から、何か情報を得ようとするかのようにノブナガを見ながら尋ねてきた。
「…あやつ、捕らえられておるのか」
ノブナガは小さくため息を吐いていた。
「ご存知で?」
「ああ、ラーヴワスは猿の幻獣人で、元アクロチェア王国騎士団のロイヤルナイツの1人じゃ。 訳あって王国を追われゴブリンと洞窟に住んでいたが、この度、ワシの戦友となったのじゃ」
「と… 戦友!?」
ノブナガの『戦友』という言葉に、ソレメルだけてなくホニードや、イルージュ、ティアたちも驚きを隠せないでいた。
「さすが、ノブナガさま。 魔物すら従えるとは… このミツヒデ、敬服つかまつりました」
そんな中、ミツヒデだけは『ノブナガなら当然である』と言わんばかりの表情を浮かべ、誇らしげにしていた。
「で、ラーヴワスはどこにおるのじゃ? あと、ゴブリン共は?」
ノブナガの問いにソレメルが我にかえり
「はい、ホニード団長たちと対峙した際、ラーヴワス………殿は無抵抗でした。また、ゴブリンたちもラーヴワスに倣い戦う意思がなかったので、ラーヴワス殿は安土城の中で捕らえています。ゴブリンたちは、さすがに町に入れる訳にはいかないので、近くの森の中にいます」
「そうか、ならばまずはラーヴワスの元に案内せい」
「承知しました」
ソレメルに付いて安土城に入っていくと、そこは広い通路を挟んで20人くらいが生活できそうな部屋がいくつか並んでいた。
「ここ安土城は万が一の場合に備えて、メルギドやハーゼ村の住人達が避難できるように作られています。 一階と二階は避難用の部屋、三階は有事の際に役員達が集まる部屋や役員用の個室が用意されており、四階で政治など実務を行えるようにしています。 そして、五階に設置した八角堂は城主てあるノブナガさまへの謁見の間。そして、その上の望楼にノブナガさまの部屋を用意しております。 あと、地下は食料や武器などを保管する倉庫となっております」
ソレメルはざっくりと安土城の内部の説明をしながら、地下へノブナガを案内していた。
地下に降りると、そこは薄暗く少し肌寒いくらいの部屋だった。
周りの壁沿いに無数の武器が並んでおり、その間を歩いて進むと食料が備蓄されていた。
備蓄された食料の奥に簡易の牢屋が作られており、その中でラーヴワスはふて寝するように寝転んでいた。
「ラー」
ノブナガが声を掛けると、ラーヴワスはピクッと反応してこちらを向く。
「ノブナガか! おい!あいつらに言ってくれよ! オレはお前の戦友だってさ!」
ラーヴワスは勢いよく起き上がると、牢屋の鉄格子を掴んでガタガタと揺すりながら叫んだ。
「ソレメル殿、ラーヴワスを出してやってくれ」
ノブナガがそこまで言うと、ラーヴワスが叫んだ。
「聞いたか!? だから言っているだろう! オレはノブナガの戦友なんだって! 早く出せ! このやろう!!」
「ヤールガ団長、あの女を出してやってくれ」
ラーヴワスの口の悪さに少し呆れた顔になりながらも、ソレメルはヤールガに牢屋のカギを開けるように指示した。
「わかった」
ヤールガは壁際に掛けていた牢屋をカギを持ってきて、牢屋の入口近くで腰をかがめ、しばらくすると薄暗い倉庫内に『ガチャリ』とカギが開く音が響いた。
「出ろ」
ヤールガはそう言って牢屋の扉を開けた。
「はぁ、やっとか… ノブナガ、ちゃんと連絡入れとけよ。 酒も飲めねえし、薄暗いし… 最悪だったんだぞ」
ラーヴワスは悪態を吐きながら、縮こまった身体を伸ばしていた。
「ラーよ。 お主が目立ち過ぎなんじゃ。 王都の商人達もお主らがメルギドに向かっておると警戒しておったぞ」
「えー? なんでバレてるんだ? 夜しか移動しないようにしてたのに…」
「お主、どこを歩いて移動していたのじゃ?」
「どこをって… そりゃ、街道だよ。 町に行くんだ。街道を歩くだろ?」
ラーヴワスは不思議そうにノブナガを見ていると
「はぁ… もうよい…」
ラーヴワスはノブナガに『メルギドの近くの森で待っていろ。町長とはワシが話しをする』と言われていた事をすっかり忘れているようだった。ノブナガは軽くため息を吐いて、頭を抱えていた。
「…ん?」
ラーヴワスはまだ不思議そうにノブナガを見ているのだった。
「ところでラーよ。 お主ならそれくらいの牢屋、軽く破壊できたじゃろう?」
牢屋は急拵えしたようで、簡易な物だった。
ラーヴワスなら牢屋を破壊して、牢屋から出る事は容易だっただろう。
だが、ラーヴワスはソレをしなかったのだ。
「逃げるならそうしたさ。 でも、オレ達はここに住むんだ。 牢屋を破壊するなんて乱暴な事は出来ないだろ?」
意外にもラーヴワスは冷静で、キチンと考える事ができていた事にノブナガは内心喜んでいた。
「なるほどの。 まあ、よい。 ミツヒデ! 先程の話しの続きをしようではないか」
ノブナガはくるりと回り、ラーヴワスに背を向けるとミツヒデに安土城の説明の続きを促す。
「ははぁ!」
ミツヒデは膝をついて頭を下げ了承の意を表していると、ラーヴワスは「まあ、よい… って!」とノブナガの背後で騒いでいた。
だが、誰も相手にせずミツヒデの案内でノブナガ達は八角堂へ向かうことになり、ブツブツ言いながらラーヴワスもノブナガの後に付いて来ていた。
安土城の中を何度も曲がり階段を上がる。まるで、迷路のような作りとなっている安土城の中を、迷う事なくミツヒデは八角堂へ向かっていった。
「ノブナガさま、ここが八角堂でございます」
八角堂の中央の奥には一段高くなったタタミ2畳ほどのステージがあり、ステージを囲むように8本の赤い柱が立っていた。
ステージの横には望楼へ上がるための赤い階段がある。
床は赤で統一され天井と壁は黄金色に輝き、壁には極楽浄土の絵が描かれ、天井には2体の天女が描かれていた。
黄金色の壁は赤い床に映り込み、まるで八角堂の中は極楽浄土のようだった。
「おお… 良い出来じゃ!」
ノブナガもこの美しい八角堂に目を奪われ、感嘆の声をあげていた。
「ありがたき幸せでございます」
ミツヒデはいつものように膝をつき頭を下げているが、その顔はとても嬉しそうにしていた。
「な… なんだここは…?」
ラーヴワスはあまりの美しさに言葉を失い、アネッサはポケーっと部屋の中を見ているだけだった。
「では、ノブナガさま。 こちらにお座りください」
ミツヒデに勧められ、ノブナガは八角堂の奥にあるステージに上がりドカっと胡座をかく。
それを確認するとステージを囲むようにミツヒデ、ソレメル町長、ホニード、イルージュとティアが一段下の赤い床に座る。
キシュリは静かにステージに上がると、ノブナガの少し背後に進みふわりと座った。
ラーヴワスとアネッサは、とりあえずその場に座り様子を見る事にしていた。
ミツヒデはノブナガを正面に見ると胡座で座り、両手の握り拳を床について頭を下げる。
「さて、ノブナガさま。 これより此度の策についてご説明させて頂きます」
「うむ。 話してみよ」
そこには安土城の城主と、城主に仕えるサムライの姿があった。