【24話】メルギドの新名所
「あの丘を越えるとメルギドです」
ドナールはホッとした表情でノブナガに声をかけた。
「そうか。 結局、魔物は何も出なかったのぉ」
「そうですね。 結果的に魔物は出ませんでしたが、無事メルギドに着くのが目的ですので…」
ドナールはそう答えているが、頭の中では荷台に積んでいる商品でどれだけ儲けてやろうかとワクワクしているのがバレバレな顔をしていた。
「そうじゃな。 ワシらも無事メルギドに着けて嬉しく思うぞ」
ノブナガもドナールの楽しそうな表情につられて、自然と笑みが浮かんでいた。
そのまま荷馬車は丘を上ると、そこからメルギドの町が一望できる場所に着いた。
「な… なんだアレは? ここは… メルギド…で、合ってるよな?」
ドナールたち商人4人は目の前に広がる光景に、空いた口が閉まらなくなっていた。
「ええ?」
驚く商人達の声に反応してアネッサも荷台から降りてくると、言葉を失っていた。
そこから見えるメルギドの町は立派な城壁に囲われており、その城壁はティア達のハーゼ村をも取り込んでいた。
さらに、ハーゼ村の北側には一際目を引く六階建ての巨大な建物が建っていた。
その建物は堅牢な石垣の上に聳え立ち、一階と二階は黒い外壁で、三階と四階は白い外壁、五階は八角堂となっており、白い外壁を赤で縁取るように装飾が施してあった。その八角堂の上にある望楼は金で出来ているかのような豪華絢爛な『天主』が建っていたのだ。
「な! アレは… 安土城!?」
安土城はノブナガが拘りにこだわり抜いて築城させた城だった。だが、築城して数年しか住む事が出来ず、ノブナガにとっては名残惜しい城だったのだ。
「ノブナガ? あの建物知ってるの?」
「うむ。 アレは安土城。ワシが築城させた城じゃ」
アネッサの問いにノブナガは、まだ自分の目が信じられない様子で答えていた。
「ノブナガが? え?」
「じゃが、それは昔の話。 この世界に来て安土城を知る者など… ミツヒデが? いや、しかしあまりにも築城が速すぎる…」
通常、城を築城するのに半年くらいかかる。しかし、安土城は3年の月日を費やして築城した『こだわりの城』だったのだ。
ノブナガがメルギドを離れて、まだ2ヶ月も経っていないにも関わらず、目の前には安土城が聳えているのだ。
いっそ、ロア・マナフが日の本から安土城を持ってきたと言ってくれた方が納得がいく。
(ロアよ、アレはお主の仕業か?)
ノブナガは刀の柄の先にいる鳥『マナ』に声を出さずに尋ねた。
(あの大きな建物の事かな? 残念だけど、ボクは知らないよ?)
(そうか… だとすると、ミツヒデしか… じゃが、こんな短期間で可能なのか?)
ノブナガがブツブツと呟きながら考えていた。
「とにかく行ってみましょう」
「そうじゃな」
アネッサの一言でノブナガも我に返り、とりあえずメルギドに向かう事にした。
丘を下り、ノブナガ達はメルギドを囲む城壁の前に来ていた。
城壁には街道部分に城門が作られており、門は開放されているが門番のように複数の男たちが武器を装備して立っていた。
そんな中、ひとりだけ頭にうさぎ耳がついている女がいた。
うさぎ耳の女は黒いアンダーにビキニタイプの革鎧と、フード付きのケープを羽織っていた。
女は常に耳をピクピクさせ、辺りの音を拾って警戒しているようだった。
ノブナガ達が城門に近づくと、うさぎ耳の女が嬉しそうに叫んだ。
「ノブナガさまーーー! 巫女さまーー!!」
「パル!」
ノブナガに呼ばれ、更にテンションが上がるパルは両手を振りながら駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ!」
パルが満面の笑みでノブナガ達を出迎えていると、アネッサがパルに駆け寄り抱きしめていた。
「あぁ、パルちゃん。 可愛いわたしの娘」
「み… 巫女さま、苦しいですよ」
「あ、ごめんなさい。 つい、嬉しくて…」
アネッサは慌ててパルを解放すると、ニコニコしながらパルの顔を両手で撫で回し始めた。
そんな様子に呆気に取られていたドナールは、我に返りノブナガに声をかけた。
「あの、ノブナガさん? この方達は…?」
「ああ、こやつはパル。 月女族の娘じゃ。そして、そこに立っている男達は… 」
ノブナガが男達を見ると、男達はピンと背筋を伸ばして整列していた。
「…誰じゃ?」
「ええ!? ノブナガさま! チトナプで一緒にフルークを倒した仲間じゃねーっすか!」
男達はそう言いながらある者は頭に付いている小さなツノを見せたり、ある者は袖を捲り虎柄の太い腕を見せたりしていた。
「…おお! お主らはあの時の半獣人たちか!」
彼らはザスサールに操られ、獣人解放軍と辺境防衛騎士団との戦いを引き起こした半獣人たちだった。
最後はフルークとなったザスサール討伐のため、ノブナガや獣人、騎士団と共に戦ったのだが…
ノブナガも、兵のひとりひとりの顔までは覚えていなかったのだ。
「はい! 今はメルギドの自警団として働いています!」
「うむ。お主ら、元気そうでなによりじゃ」
「あ… ありがとうございます!!」
半獣人の男達は、ノブナガの言葉に背筋を伸ばし敬礼で答えていた。
その顔はとても清々しく、いい笑顔だった。
ノブナガも満足そうに男達を見て、頷いていた。
「えー…っと」
ドナールが困ったように佇んでいると、ノブナガがそれに気が付いた。
「おお、すまんすまん。ここメルギドはワシが住んでいた町じゃ。 こやつらは… まぁ、ワシの馴染みじゃ」
ノブナガがいい笑顔でそう説明すると
「え? ノブナガさんって、メルギド出身だったのですか?」
「ん? 出身…ではないが。まぁ、そんな感じじゃ」
「え? じゃぁ、アネッサさんも?」
ドナールはアネッサの方を振り向くと、アネッサはまだパルの顔をむにゅむにゅと撫でていた。
「え? わたし? んー、まぁ、そんな感じ?」
「そ… そんな感じ… ですか…」
「そんな事より、ドナール殿。 早く町へ行こうではないか」
「そ… そうですね」
「あ、それじゃパルが町まで案内するよ!」
パルはそう叫ぶが、「あ! でも…」と呟き俯いてしまった。
「パルさま、ここはお任せ下さい。 何かあれば大声で叫びますので」
頭に小さなツノがある半獣人の男がニコニコしながらパルに声をかけると、パルはパァっと笑顔になった。
「ありがとっ! さぁ!ノブナガさま、行きましょう!」
パルは満面の笑みで男に礼を言うと、ノブナガ達を案内するように街道を歩き出した。
パルが背中を向けた時、半獣人の男は真っ赤な顔になりパルの背中を見送っていたのだが、それに気がついたのは半獣人の仲間達だけだった。
パルの案内でノブナガ達はメルギドの町へ向かう。
城壁や安土城が出来て驚いていたが、それ以外は以前のメルギドのままだった。
城壁からしばらく街道を進むと、見慣れたメルギドの町があり街道沿いには旅の人々の疲れを癒す宿屋や料理屋などが軒を並べている。
「ノブナガさま、巫女さま、驚いたでしょ? ミツヒデさまが帰ってきてからメルギドは一気に変わりましたから…」
パルはクスクス笑いながら話していた。
「うむ、驚いたぞ。これらはミツヒデの仕業か?」
「そうだよ。 ミツヒデさまは帰ってきたかと思ったらソレメル町長と話しをして、『野盗団等から町を守る為に』町を囲むように壁を作り始めたの。 あと、アレ見た? あの大きな建物! アレもミツヒデさまが『メルギドに新しい名所を作って、町を更に発展させる』って建てたんだよ! あんな建物、初めて見たよ!」
パルは興奮気味で話していた。
「そうか、ミツヒデが… アレは安土城じゃ。 よい城じゃろう?」
ノブナガは小さな子供に話しかけるように、優しくパルと話していた。
「安土城… っていうの? スゴいよね!すごくキレイで、ずっと見ていたい城だね!」
パルは子供のようにはしゃいでいた。
「そうじゃろう、そうじゃろう」
ノブナガは可愛い孫をみているお爺ちゃんのようだった。
側から見ればパルは大人、ノブナガは子供なのでおかしな光景なのだが、ドナール達、商人にはツッコむ事が出来ずに、ただ、だまって見ているだけだった。
「ノブナガ、あんたホント年齢不詳よね…」
そんな中、アネッサだけは違っていたのだが、安土城を褒められてご機嫌なノブナガは笑ってアネッサの言葉を聞き流していた。
そうこう言いながら町の中を進むと、ノブナガとイルージュの銅像がある中央の広場に到着した。
そこにはソレメル町長と秘書達、自警団団長のホニード、そしてミツヒデとイルージュ、ティアをはじめ月女族たちが集まっていた。
「ノブナガさま、おかえりなさいませ」
ソレメルが代表して挨拶をすると、周りの者達は静かに頭を下げた。
ソレメルは『ノブナガ殿』から『ノブナガさま』と敬称が変化していたが、ノブナガはそれに気が付いていなかった。
「ソレメル町長、わざわざ出迎えてくれるとは。 かたじけない」
ノブナガは頭を軽く下げて挨拶をする。
「いえいえ。我が町の英雄が帰ってきたのですから、当然の事ですよ。 それにしても、さすがノブナガさま。 遠く離れた場所にいてもメルギドの状況をご存知のようで… まさか、商人達を連れて帰ってくるとは!」
「ん? う… うむ、お主が多方から武器や資材を集めておるのは聞いておった。 こやつらもお主に商売を持ち掛けたくてここまできたのじゃ。 話しを聞いてやってくれるか?」
ノブナガは一瞬、言葉に詰まったが、なんとか誤魔化してドナール達をソレメルに紹介していた。
「ええ、ええ、もちろんですとも! ヘルトエ、商人さん達をご案内しなさい。 さぁ、ノブナガさま。ここではなんですので、メルギドの新しい名所『安土城』へ参りましょう。 そこで、今後についてご相談させてくだい」
「うむ」
ソレメルは第一秘書のヘルトエに商人との交渉を任せると、ノブナガとミツヒデ、イルージュ、ホニードを連れて安土城へ向かうのだった。