【22話】『商人』ドナールと『武将』ノブナガ
「メルギドまでの護衛じゃと?」
ノブナガはもう一度、ギルドの責任者オルセンに問いただした。
「ええ、商人からの依頼で、商品をメルギドへ運ぶのでその道中の護衛…となります」
オルセンはニコニコしながら説明すると、オルセンの背後からいつもの受付嬢がヒョコっと顔を出し補足する。
「最近、メルギドが盗賊団に襲われたのはご存知ですか? いまメルギドではその対策として、大量の建築資材や武器などを集めているみたいなのです」
「うむ。 盗賊団の話しは知っておる。 なるほど、そういう事か…」
「クエスト内容は、ここ王都アクロザホルンからメルギドへの片道の護衛。 報酬は金貨3枚で、食事や宿屋代は個人持ちとなります。 依頼主さまとうまく交渉すれば、メルギドから王都への帰路も護衛として雇って貰えるかもしれませんよ?」
受付嬢はクエスト内容が書かれた紙をペラペラとめくりながら説明する。
「ふむ。 出発はいつじゃ?」
「ええーと… 明朝ですね。 今日は顔合わせと、クエスト内容の確認となっております。 冒険者さまは今日中に準備を済ませておく必要がありますね」
「なるほど… 」
ノブナガがアネッサの方を見ると、アネッサは頷いてクエスト受注の意思を示した。
「わかった。 では、そのクエストを受けるとしよう」
「承知しました。 では、依頼主の商人さんに連絡しますので、そこのテーブルでお待ちください」
受付嬢は丁寧に礼をして、その場を離れると受付カウンターの内側に移動しクエスト受注の処理を始めた。
「では、私はこれで…」
「うむ。 オルセン殿、世話になった」
オルセンは軽く頭を下げると、その場を離れ執務室へ向かう。
「メルギドへの移動とクエストを一緒にできるとは… ワシらも運が向いてきたの」
ノブナガが機嫌良くアネッサに声をかけると、アネッサも機嫌よく「そうね」と答えていた。
しばらくギルドに並んだテーブルで待っていると、さっきの受付嬢が書類を持ってやって来た。
「アネッサさま、ノブナガさま。 手続きが終わりました。 もうすぐ依頼主の商人ドナール・ラルモンさまが来ますので、クエストの詳細についてはドナールさまにお聞きくださいね」
受付嬢はそう言ってクエストの受注書類をテーブルに置いた。
すると、すぐにギルドの入り口に冒険者とは雰囲気が違う男が現れた。
「あ、ドナールさん! こちらです!」
受付嬢は大きく手を振って男を呼んだ。
男はニコっと微笑むと、小走りでノブナガのテーブルにやってきて、ノブナガに握手を求めてきた。
ドナールの身長は180cmほどあり、冒険者ほどではないが逞しい体付きをしていた。
ノブナガとアネッサは見上げるようにドナールの顔を見ると、商人らしく爽やかな短髪に浅黒い肌で髪は青く、目も青かった。
「はじめまして。僕がドナール・ラルモンです。 今回は依頼を受けて頂きありがとうございます」
ドナールは男性としては少し高めの声で、早口で挨拶するとノブナガとアネッサの手を取りブンブンと振る。
「お… おぅ。 こちらこそ、よろしく頼む」
「では、さっそく依頼内容についてご説明しますね」
ドナールはノブナガの対面に座り、ノブナガとアネッサにも座るように薦める。
「では、ドナールさん、あとはよろしくお願いします」
「いつも、ありがとう!」
ドナールは爽やかな笑顔で受付嬢に答え、軽く手を振った。
受付嬢は笑いながら軽く会釈すると、いつもの受付カウンターへ戻り通常業務に戻った。
「それじゃ、依頼の内容から… 大筋は依頼内容に書いてあっただろうから分かってるよね?」
「うむ。 メルギドまでの護衛じゃな?」
「そう。道中は基本的に荷台とかでゆっくりしててくれていいよ。 魔物や盗賊が現れた時に、僕と商品を守ってくれたらいい。 メルギドまでの食事や宿は君たちで自由にしてくれればいいけど、肝心な時に不在だったなんて事だけは避けてね」
ドナールはニコニコしながら説明していた。
「うむ。それは任せておけ。お主と荷物はワシらが責任持って守ってやる」
ノブナガは腕を組み、フンっと鼻から息をはいた。
「ありがとう! 心強いよ!」
ドナールは大袈裟なくらい喜ぶと、改めてノブナガとアネッサの手を握りブンブンと振る。
「あ… あの… ドナールさん、ひとつお願いがあるのですが…」
アネッサは少し上目遣いでドナールを見ながら声をかけた。
「はい? なんですか?」
ドナールはアネッサを正面に見て、アネッサの言葉を待っていた。
「はい… 実は、わたしたちは手持ちのお金が少なくて、護衛について行くにしても保存食などを準備する事が難しいのです… 出来れば、報酬を先に頂く事はできませんか?」
アネッサの声はこの場にいる3人にしか聞こえないくらい小さなものだった。
ノブナガは一瞬、険しい顔をしたが、アネッサの言葉を黙って聞いていた。
「……なるほど。 報酬は僕と商品が無事にメルギドに着く事が必須条件です。 先払いして欲しいなら、貴方達は僕に信用させるだけのモノを提示して頂かないと難しいですね。 なにかそのようなモノはありますか?」
ドナールは商人としての表情に変わった。
それは、ノブナガとアネッサを見定めている顔だった。
「そうじゃな。ドナール殿のいう事も道理じゃ。 何か信用させる程のモノか…」
対してノブナガは武将の表情になり、中空を見ながら考え始める。
(この子供… なんだ? どんな生き方をすれば、こんな顔になる?)
ドナールはノブナガの表情に驚いていた。
ドナールは商人としてたくさんの人と出会い、交渉し、信用を勝ち取り商人として活躍してきたのだ。
当然、利益にならない相手は切り捨てる事もしてきた。
そんなドナールの経験の中でもノブナガはあまり出会った事がないタイプだった。
ドナールが静かにノブナガの言葉を待っていると、ノブナガはゆっくりとドナールの目を見て口を開いた。
「まずは、ワシらのチカラを知ってもらう必要があるな。 アネッサ、お主の冒険者カードをお見せしろ」
ノブナガに指示され、アネッサは慌てて自分の冒険者カードを取り出した。
「ドナール殿、ここを見てくれ。 ワシには読めんが、ここを見ればこやつの力量が分かるじゃろう?」
ノブナガはアネッサの冒険者カードの職業欄を指差した。
「はい… え? アネッサ・ルートハイム…さま? え? あのルートハイム家の方ですか?」
ドナールは目を丸くしてアネッサを見る。
「あ… はい、おそらくドナールさんが思っている『ルートハイム家』です。 わたしの親戚はとても有名みたいですね…」
アネッサは少し照れながら答える。
「まさか、こんな所でルートハイム家の方に会えるなんて… で、職業は当然プリースト… と、ネクロマンサー?? え? ネクロマンサー?」
思わず声が大きくなるドナールは、慌てて自分の口を手で抑える。
「ええ、わたしは治癒系と死霊系の魔法が使えます」
「え? いや、ネクロマンサーって、国に1人いるかどうかの… そんなお方がなぜ冒険者なんて?」
(はぁ、またか…)
ドナールの反応は当然だった。
だが、ギルドの受付嬢から始まり、何度も同じ反応を見てきたアネッサにとっては『煩わしい』ものでしかない。
しかし、ノブナガはソレを狙っていたのだ。
「見ての通り、こやつの力量はズバ抜けておる」
「なるほど… 確かにアネッサさんはスゴいですね。こんな人が護衛してくれるなんて、まるで『軍隊』にでも守られているかのようですよ」
ドナールは朗らかに笑い、アネッサの強さを認めていた。
「う… うむぅ… アネッサの強さは理解頂いたようじゃな。 で、ワシじゃが…」
そう言いながら、ノブナガは自分の冒険者カードを取り出した。
「ここを見てくれ」
ノブナガは自分の冒険者カードの職業欄を指さす。
「……? これは? 文字? ですか?」
ドナールは見たこともない『織田信長』という文字が読めず、不思議そうにノブナガを見ていた。
「うむ。 それは織田信長と書いてある」
「オダ ノブナガ… ですか…」
「うむ。 織田信長とはワシの名じゃ」
「え? ご自分の名前が職業に? どういう事ですか?」
「詳しくは分からぬ。 じゃがな、ワシはワシという人間を職業としているようなのじゃ。 しかも、お主らはその文字が読めぬであろう? ワシはこの世界で特別な存在じゃと… そのカードが申しておるのじゃ」
ノブナガは少し悪い顔でドナールを見ていた。
「特別…… ですか」
「うむ。 その特別なワシには『特別なチカラ』があるのじゃ」
ニヤリと、更に悪い顔になるノブナガ。
「特別なチカラとは?」
ドナールが声を抑えて食い入るようにノブナガを見ていると、ノブナガは「少しだけじゃぞ?」と小声で返した。
ノブナガがギルド内をキョロキョロと見渡すと、先程アネッサに絡んできた冒険者の大男が後ろ手で縛られたまま部屋の隅に座らせられていた。
「お、いたいた… ドナール殿、見ておれ」
ノブナガは嬉しそうに大男に近寄り、大男の正面に立った。
大男は縛られているとはいえ明らかに体格差がある2人を心配そうにドナールが見ていると、案の定、大男は敵意を剥き出し、今にも縄を引きちぎって襲いかかりそうな目でノブナガを睨んでいた。
「そう、睨むな」
ノブナガは、そんな大男を意に返していないようで興味もない顔で見ている。
「のう、お主。少しワシの役に立ってはくれんか?」
ノブナガの問いに、大男は更に怒り真っ赤な顔になる。
「てめぇ! さっきはたまたまオレが外したから助かっただけだろうが! 今度こそ殺してやる!」
大男はノブナガに拳をいなされた事を理解しておらず、自分が攻撃を外してしまったと勘違いしているようだった。
「はぁ… お主、先程も申したが自分と相手のチカラを見極められんようなヤツは早死にするぞ」
ノブナガはやれやれと器用に肩をすくめていた。
それを見て、更に激昂する大男は後ろ手で縛られていた縄を引きちぎり立ち上がった。
「ガキが!! ぶっ殺してやる!!」
大男が大声で叫ぶと、ギルド内にいた冒険者やギルド職員たちが大男とノブナガに注目した。
ギルドの奥からはギルド責任者のオルセンが慌てて降りてきた。
「そう喚くな」
ノブナガは静かに大男に声をかけると、ギンっ!と睨んだ。
その途端、ノブナガを中心に強烈な圧力が広がる。
大男からノブナガを救おうと駆け寄ろうとした冒険者の何人かが、その圧力に当てられ足を止めた。
大男は「ヒッ」と小さく悲鳴をあげるだけで動く事ができなくなり、膝から崩れ落ちてしまう。
膝をついた大男はそのままその大きな体を小さく丸め、必死にノブナガの意識から逃げようとしているようだった。
「わかったか? もう一度だけ教えてやろう。 お主のような者は早死にするぞ」
ノブナガは圧力を消して、優しく、諭すように大男に話しかけた。
「わ… わかった… オレが悪かった… 許してくれ」
大男は涙と鼻水を垂れ流しながら、ノブナガに許しを乞うていた。
「うむ。 分かったなら静かにそこに座ってギルドの者を待っておれ」
ノブナガに言われた大男は部屋の隅で正座し、体を小さくしながら静かにギルド職員を待つことにしたようだった。
それを見たノブナガは満足そうにドナール達の元に帰り、「どうじゃ?」と得意そうな顔になっていた。
「あ… あんた、こんな場所であんな殺気を放って… 下手したら死人が出てたわよ?」
アネッサとしては死人が出ようが興味もない事だが、ここで騒ぎを起こすとせっかく受注したクエストがキャンセルされるかもしれないとヤキモキしていたのだ。
「む。 分かっておる。だから、軽く気を当てるだけにしたであろう」
「あ… あれで『軽く』? 周りを見てみなさい。 巻き添えになったヒトが震えてるわよ」
アネッサに言われ、ノブナガがギルド内を見渡すと何人かの冒険者は真っ青な顔で力なく座り込み、カウンターの中ではギルドの受付嬢たちが気絶していた。
「……ありゃ?」
「『ありゃ?』 じゃないわ!!」
「ま… まぁ、とにかくワシの特別なチカラは見てもらえたかの?」
ノブナガは少しバツが悪そうにドナールに向くと、ドナールも青い顔になっていた。
「よ… よく分かりました… た… 頼もしい限りです…(味方なら…)」
ドナールは引き攣った顔でノブナガに愛想笑いを浮かべていた。
無事、ドナールから報酬を前借りできたノブナガたちだが、座り込んでしまった冒険者や受付嬢たちの介抱、恐怖心を魔法で取り除くなど『ノブナガの後始末』が終わったのは昼を少し過ぎた頃だった。
ドナールを護衛する目的でメルギドへ向かうノブナガ達。
屈強な体格のドナールが護衛を必要とする理由が分からなかったノブナガは、その理由に驚いていた。
次回 護衛の理由
ぜひご覧ください。
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