【11話】成すべき事
これからイセカイで生きていくにしても、この国や町の情報を得るにしても、まずはこのイセカイの民を知る必要がある…
ノブナガもミツヒデもそう考えていた。
そして、初めてのイセカイの民との接触がティアでありハーゼ村の民たちなのだ。
「ミツヒデ、村人たちに魚を」
ノブナガがミツヒデに命じると、ミツヒデは一歩前に出て、
「ハーゼ村のみなさん、わたしはミツヒデと申します。本日は魚をお持ち致しました。どうぞお納めください」
ミツヒデは持ってきた魚を包んでいた草を広げて、村人たちの前に並べた。
そのとたん、村人たちはザワザワし始めていた。
イルージュが村人たちの前に出ると、正座し深く頭を下げた。
「ノブナガさま、ミツヒデさま。お心遣いありがとうございます。 しかしながら、わたし達獣人は『ヒト様』が食べるモノを食べる事が禁じられております」
イルージュはそう言うと、申し訳なさそうにミツヒデとノブナガの顔を見た。
「あ… あたし! 本当は獣人が魚を食べちゃダメだって知ってる。 でも、どうしてもお腹が空いて… ガマンできなくて… ノブナガたちと、メルギドの町でこの魚を食べたの。 魚がこんなにも美味しいモノだって初めて知った。 だから、みんなにもこの魚を食べさせてあげたい… って、思った。 そしたら、ノブナガとミツヒデがこうして持って来てくれたの…」
ティアは少し俯いて、服の裾をキュッと握りながら村人たちに説明していた。
ノブナガはティアの肩に手を置き、
「イルージュ、この魚はワシとミツヒデが食べる為に獲った魚じゃ。 そして、メルギドの町でティアが売っていた薪と交換した魚なのじゃ。 つまり、この魚は『ヒト様が食べる魚』ではなく、『ノブナガが食べる魚』で、今は『ティアの魚』じゃ。 だから、お主らが言う『ヒト様の魚』ではない。 安心して食べるじゃ」
ノブナガは屁理屈ともとれる事を、堂々と言い放ち、
「それにじゃ、ここには『ヒト様』はおらんじゃろ?」
と、イタズラっぽく笑っていた。
しばらくポカンとしていたイルージュだが、くくくっと肩を震わせて笑い
「本当にノブナガさまは『変わったヒト様』ですね」
「イルージュよ、ワシは『ヒト様』ではない。『ノブナガ』じゃ!」
ノブナガはそう言うと、わははははと豪快に笑った。
「そうでした、あなたは『ノブナガ』さまでした」
イルージュも笑い、それを見ていた村人たちも笑い出していた。
「さぁ!ミツヒデ! 焼き魚の支度じゃ!」
「はっ!」
ミツヒデはさっそく魚を焼いて食べるように、串になる棒を集め準備を始める。
「ティア! 薪じゃ!それと焚き火の準備じゃ!」
「任せて!」
ティアは村の中に走って行くと、薪を背中いっぱいに背負って帰ってきた。
薪を横に置くと細めの薪を数本取り出し、腰の短刀で器用にフェザースティックを作り小さく纏める。
右手の人差し指の先に火魔法で炎を灯すと、左手に持った1本のフェザースティックに火を付け、小さく纏めたフェザースティックの下にソッと入れる。
小さな炎はあっという間に広がり、そこに薪をくべて焚き火を作り上げた。
「ミツヒデ、準備できたよ」
ティアが声をかけると
「こちらも準備終わりました。 さぁ、魚を焼いていきましょう」
ミツヒデが手際良く魚を焼いていくと、ティアが焼けた魚を村人たちに手渡していった。
村人たちは手渡された焼き魚を、恐る恐る口に運ぶ…
「おいしい!!!」
村人たちは大喜びで焼き魚を食べ、中には涙を流す者までいた。
「ノブナガさま、ミツヒデさま。 こんなにも美味しい物を食べたのは初めてです。 子供たちにも食べさせてあげられた事を感謝します」
イルージュは涙を浮かべて、ノブナガの手を握っていた。
「うむ。イルージュよ。これは全てティアが望んだ事じゃ。 ワシらはその手伝いをしただけ。礼はティアにしてやってくれ」
ノブナガはニコっと笑い、イルージュの肩をポンポンと叩いていた。
「ありがとうございます。 ところでノブナガさま。何かティアとゆっくり話をする為に来たとおっしゃってましたが…」
「おお! そうじゃ!ワシらはこの国や町の事を知らんのじゃ。 それをティアに教えてもらう為にきたのじゃ」
「この国や町…? まぁ、それでしたらウチでお話しして下さい。 もうすぐ日も暮れますので、今日はウチでお泊りになって、お話しは明日ゆっくりとしてください」
「おお!それはかたじけない。 遠慮なくそうさせてもらおう」
ノブナガたちは、村の奥にあるイルージュの家に向かった。途中見かける村人の家はみな小さく、雨漏りがしそうな家ばかりだった。
しばらく歩くとイルージュの家に着いた。それは村人たちの家より少しだけ大きいが、他の村人の家と同じように雨漏りがしそうなボロボロの家だった。
「さぁ、どうぞ」
イルージュに付いて家に入ると、中は一部屋しかなく床などもなく地面の上にムシロが置いてあるだけだった。
部屋の中央に焚き火が出来るように石が丸く並べてあり、部屋の奥に薪が積まれていた。
「な… なんとも…」
ノブナガとミツヒデが言葉に詰まっていると
「何もないでしょ?」
ふふふと、ティアは苦笑いを浮かべながら焚き火を作り、ムシロを焚き火の近くに敷いた。
「ノブナガさま、ミツヒデさま。 こんな所で申し訳ありませんが、夜露くらいは凌げます。わたしとティアは他の空いている家に行きますので、なにも遠慮なさらずお使いください」
イルージュはニコッと笑い、頭を下げるとティアと出ていった。
「ミツヒデ… ここの者たちはこんなにも虐げられているのか…」
ノブナガは悲痛な面持ちでつぶやいた。
「そのようですな… 昼間のメルギドとは雲泥の差でございます」
「ワシはメルギドの町に着き民を見た時、イセカイもそんなに悪い所ではないな… と、思った。しかし、それは一部の『ヒト』だけのようじゃ。 ティアやイルージュ、この村を見るとそれは間違いじゃとわかった…」
「確かに、日の本でも同じ様な事はあるでしょう。 しかし、獣人というだけでこのような仕打ちを受ける事は… わたしには理解できません。いや、理解したくもありません」
「うむ。その通りじゃ。 ワシは民が喜ぶ姿が好きじゃ。 ワシはこの村の者たちを、なんとかしてやりたい…」
「ノブナガさま。それがノブナガさまの『成すべき事』やもしれませんな…」
「うむ… そうかもしれんの…」
ノブナガは焚き火の火を、じっと見つめていた。