【19話】熾天使
ノブナガは金貨1枚を大切そうに持っていた。
(ワシは金の重みを知らなかったのかもしれん… 幼い頃から金に苦労した事はないし、そういえば自ら働いて金を稼いだのも初めてかもしれんな…)
ノブナガは織田家の嫡男として生まれ、自由奔放に生きてきた。
元服してからは武将として活躍し、周りにはたくさんの仲間がいた。
確かに、命を狙われることは度々あったが…
それでも、織田信長として生きる事は楽しかった。
そんなノブナガは商人たちが活発に商いをし、農民たちは畑仕事で汗を流し、サムライは日々、技を磨く。
そんな民達が輝いて見えており、それを見るために自分と仲間たちが戦う事を誇りに思っていた。
その民達は金を稼ぐ為に必死で働き、苦労している事は『知識』として知っていた。だが、こんなにも苦労していたのだと、ノブナガは初めて『実感』したのだった。
「どうしたの?」
金貨1枚を大切そうに持ち、なにやら考え込んでいるノブナガを見てアネッサか声をかけた。
「うむ。 ワシは金の大切さを改めて感じておるところじゃ」
ノブナガは金貨を愛でるように見ながら答えていた。
「そうね。 お金を稼ぐって本当に大変…」
アネッサもしみじみと金貨を見ている。
「そうじゃな。 この金貨1枚を稼ぐだけで、こんにも苦労するとは… ワシにとってこの金貨は、特別な金貨に感じるぞ」
「うん… でも、それギルドからのご祝儀だからね? 私たちはクエスト失敗で、本来なら収入はゼロだからね?」
アネッサが身も蓋もない事を言い出した。
「そ… それを言うなぁ!! そもそも、お主が金をスられるからこうなったのじゃろう!」
「ええ!? あんたがゴブリンと会話するって言い出すからこうなったんじゃない! あのままゴブリン殺してたら、クエストは成功したのよ?」
「やかましい! ワシは撫で切りする必要はないと思ったんじゃ!」
アネッサとノブナガが道の真ん中で口喧嘩を始めていると、
「ノブナガ殿? アネッサ殿? どうしたのてすか?」
そこには少し驚いたような顔をしたヤールガが立っていた。
「ヤールガ殿!?」
「何やら聞き覚えのある声が聞こえてきましたので… なにか、問題でも?」
ヤールガはノブナガとアネッサを交互に見て、心配そうにしていた。
「む… いや、なんでもない」
ノブナガは金貨をポケットに突っ込むと、何事もなかったかのような顔でヤールガに微笑みかける。
「はい。なんでもありませんわ。 ちょっとノブナガと話していただけですから…」
アネッサも、ふふふと笑いながら答える。
「そうですか」
(ちょっと話して… って感じじゃなかったけど…)
ヤールガはそう思いながらも、深く聞くことは避けた。
「うむ。 ところでヤールガ殿は、どうしてここに?」
「はい、今日は非番なのです。 たまの休みですので町を散歩していたところなのですよ」
ヤールガはニコニコしながら、いつも腰に携えている騎士剣が無いことを腰を叩いてアピールしていた。
「おお、それでそんな軽装なんじゃな」
「はい」
普段、重装備をしているヤールガだが、今日は白いシャツに紺色のパンツという格好だったのだ。
「その姿もお似合いですね」
アネッサが珍しくお世辞を言うと、ノブナガが驚いた顔でアネッサを凝視していた。
「……なによ?」
「いや、別に…」
また微妙な空気感になりそうになっていると、ヤールガが口を開いた。
「ノブナガ殿、アネッサ殿。 ここではなんですので、近くの店でお茶でもいかがですか? わたしのお気に入りの店があるのです」
ヤールガは空気が読める男だった。
「あ… う…うん…」
アネッサの歯切れの悪い返答にヤールガが不思議そうな表情を浮かべていると、ノブナガは少しだけため息を吐いて口を開いた。
「ヤールガ殿、ご一緒しよう」
ノブナガがいつものように答えるのを見て、アネッサは機嫌が悪くなる。
「ちょっと、ノブナガ! 今のわたしたちにそんな余裕は…」
「お主は黙ってついてこい」
ノブナガはピシャリとアネッサの言葉を遮ると、ヤールガの背中を押して店に行くように歩きだした。
「ちょ…」
アネッサも慌てて、ノブナガの背中を追いかけ歩き出した。
「…ノブナガ殿? よかったのですか?」
ヤールガがアネッサをチラチラと見ながら、声を潜めて話しかけると、ノブナガはいつもと変わらず「構わぬ」とだけ答えていた。
しばらく歩くとレンガで出来た、少し古い倉庫のような店が見えてきた。
「ノブナガ殿、あそこです。 あの店は元々はある商人の倉庫だったそうですが、今はお茶を専門に扱う店になっているのです。 わたしはあの店のお茶が好きでして、非番の日は大体あの店に行くのです」
ヤールガは楽しそうに笑いながら、店の紹介をしていた。
「ほほぉ。 ワシも茶が好きでな…」
ノブナガも楽しそうにヤールガと話していた。
「アネッサ殿は、お茶をお飲みになるのですか?」
ヤールガは振り返り、少し後ろを歩くアネッサに話しを振る。
「ええ、まぁ。 わたしもお茶は大好きです。特に紅茶が好きですね」
「おお、それはよかった。 この店にはとても美味しい紅茶があるのです!」
「そうなんでね。 楽しみです」
アネッサはにこやかに応え、何かを考え始めていた。
「さぁ、話しはお茶を飲みながら…」
ヤールガを先頭にノブナガたちは店に入る。
店の中はいくつかのテーブルとゆっくり寛げそうな大きめのイスが並んでおり、テーブルとの間隔は広めにとってあるので隣を気にせず寛げそうな店だった。
窓から入る光は柔らかく店内を照らし、店の奥では女性がピアノを演奏しており、その演奏は会話を邪魔する事なく緩やかな時間を演出している。
「ほほぉ、これは素晴らしい。 いつまでもここに居たくなるような店じゃな」
ノブナガは店に入った瞬間に、この店がお気に入りとなってしまった。
「この店はいいわねぇ」
少し不機嫌そうだったアネッサも、店が気に入ったようで穏やかな表情になる。
「気に入ってもらったようでよかったです」
ヤールガは2人から良い感触を得て、ホッとすると店の奥にある席に2人を案内してイスに座った。
全員がイスに座り落ち着いた頃を見計らうように、若い女性が静かにやってきた。
「いらっしゃませ。こちらがメニューとなっています。 ご注文が決まる頃にお伺いしますね」
女性は静かにメニューをテーブルに置くと、人数分の水を置いて店の奥に戻っていった。
ノブナガたちはヤールガお勧めの紅茶を飲みながら近況の報告や他愛のない話しをしていた。
また、ノブナガはイメージする『茶』とは違っていたが、新しい物好きのノブナガは紅茶を『新しい茶』として楽しんでいた。
そんな時間をしばらく楽しんだ後、ノブナガがヤールガに尋ねた。
「ヤールガ殿、アクロチェア王国の騎士団について、もう少し教えて欲しいのじゃが…」
「王国騎士団… ですか?」
「うむ。 前に騎士団にはロイヤルナイツが5人いると聞いたが、そやつらについてもう少し詳しくお聞きしたい」
ノブナガの急な真面目な話しに、ヤールガも背筋を伸ばす。
「はい。 どのような事でしょうか?」
「まず、ロイヤルナイツはどうやって選ばれるのじゃ?」
「はい、前にも言ったかもしれませんが、ロイヤルナイツの方々は王家に近い貴族の方々で、アクロチェア王国が建国された時から王に仕える由緒正しい方々しかなれません」
「ふむ。なるほど。 では、そやつらが使う武器は分かるか?」
「武器… ですか。 ロイヤルナイツの方が使う武器は神から与えられたモノだと言われており、ロイヤルナイツの方にしか使えないそうです。 それはとても美しく、強力な武器だと聞いたことがありますが… わたしは見た事がありませんね…」
「そうか。では、どのような武器かは知っておるか?」
「ええ。 やはり1番有名なのは『熾天使』さまがお使いになる弓でしょうか。 とても美しく正に神の使いがお使いになる弓だそうで、放たれたその矢は何本にも増え敵を蹂躙するそうです」
ヤールガは少し興奮するように、身振り手振りも大きくなりながら説明していた。
「熾天使さま?」
「あ、すいません。 ロイヤルナイツの方々はみなさん二つ名をお持ちなのです。 弓矢を武器として使うリダ・ニイキルさまは『熾天使』と呼ばれており、とても美しい方だとお聞きしています」
「『リダ・ニイキル』じゃと!?」
ノブナガは突然、立ち上がって叫んだ。
静かな店内にノブナガの声が響き、ピアノの演奏が止まり、周りの歓談の声も一瞬で途絶えてしまった。
「あ、いや… すまん」
ノブナガは周りに頭を下げると、すごすごとイスに座り直す。
周りの人々はしばらくノブナガを見ていたが、ピアノの演奏が再開するとまた歓談をはじめた。
「どうかなさいましたか?」
ヤールガが目を丸くしてノブナガを見ていると、
「いや… ちょっと知り合いの名に似ていてな…」
(まさか……… な)
ノブナガはアゴを摩りながら言葉を濁していた。
ヤールガから有り得ない名前を聞いたノブナガは、更に有り得ない事を聞く事になる。
次回 勝てば官軍
ぜひご覧ください。
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