【15話】ユラオドの使命
オレが魔法武器研究所の地下にある檻に入れられ、数日が過ぎていた。
ここには研究用として、たくさんの魔物が檻に入れられている部屋だった。
オレは初め、王宮近くにある裁判所に連れていかれ、裁判にかけられて処刑される予定だった。
しかし、オレがロイヤルナイツであるため上層部から待ったがかかったのだ。
「我が王が任命したロイヤルナイツから犯罪者を出す訳にはいかない。任命した王にも責任を追求される恐れがあるからだ。 よって、ラーヴワスはロイヤルナイツの任務中に死亡した事とする。 身柄については魔法武器研究所で管理せよ」
上層部から、そう指示されたズエドムはオレを魔法武器研究所へ連れて行き、魔物と一緒に檻に閉じ込めたというわけだ。
オレの横の檻にはゴブリンが2体入れられており、オレを見るたびにヒソヒソと話しをしているようだった。
オレは敢えて無視を続けていたが、ある時、ゴブリン達は意を決したように声をかけてきた。
「オマエ、森の主か?」
ゴブリンは辺りにヒトが居ないか注意しながら、小声で尋ねてきた。
「森の主?」
「ソウだ。 オデたちが住んでいた森の主。 オマエか?」
「いや、違う。 オレはラーヴワス・リナワルス。 ただの獣人だ」
「ラー… ラー…?」
「ラーヴワス。 ラーヴワス・リナワルスだ」
「ラー… オマエ、名前あるのカ! やはり森の主ダナ。 オデ、前に聞いた。 森の主、赤いサルで、名前持ってる」
ゴブリンのひとりが、もう1体のゴブリンに知識を自慢していた。
「誰が、赤いサルだ!!!」
思わず声を荒げてしまい地下室にオレの声が響き、驚いた魔物たちが一斉にオレを見ていた。
「…んん。 オレは獣人だ。サルではない。 お前の言う森の主ではない」
声のトーンを落とし、改めてゴブリンの言葉を否定する。
その時、地下室のドアが開きコツコツと誰かが歩いてくる音が部屋中に響いた。
慌ててゴブリン達は口を閉じ、檻の隅に体を寄せ合って震えていた。
オレが足音がする方を見ていると、どんどんと人影がこちらへ近づいてきていた。
「…ちっ。 オレもこれで終わりか。 くだらない人生だった」
オレの諦めの声は誰に届くわけでもなく、部屋の静寂に溶け込んで消えてしまう。
ついに人影はオレの檻の前に現れ、オレの様子を見るように眺めていた。
「ラーヴワスさま? 大丈夫ですか?」
「え?」
オレが驚いて顔を上げると、そこにいたのはユラオドだった。
「遅くなり、申し訳ありませんでした。 やっと準備が整いました」
ユラオドはそう言って微笑むと、手の中に隠していた『赤い棍』をオレに手渡してきた。
「ユラオド… お前?」
オレが赤い棍を受け取りながら未だに理解できずユラオドを見ていると、ユラオドはポケットからカギを取り出し檻の扉を開けた。
「話しは後です。 とにかくここから逃げて下さい。町の外にウマを用意しています。 そこまではワタシが案内しますので… 早く!」
ユラオドは扉から体を半分くらい入れてきて、オレの手を引っ張った。
「…ありがとう。 恩にきる」
オレが立ち上がり檻から出ると、隣にいたゴブリンが少し寂しそうにオレを見ていた。
「…ユラオド。 すまないが、ここの奴らも解放してやれないだろうか?」
短い期間だったが、同じ部屋に閉じ込められていた魔物達をオレは見捨てる事が出来なかったのだ。
「……わかりました。 ただ、カギを開けて回る時間はありません。 ラーヴワスさま、その棍でカギを破壊できますか? 扉さえ開けば、コイツらは自由になれるでしょう。 それに、研究員が来ても自由になった魔物達に対抗出来るとは思えませんし…」
ユラオドはニヤっと笑う。
「わかった」
オレは赤い棍を通常の長さに戻すと、数回まわして感触を確かめる。
(ずいぶんと久しぶりな気がする… やはり、手に持つと嬉しいものだな…)
心地よい感触を感じながら、深く、細く息を吐く。
「ラーヴワスさま、カギを破壊すれば研究員たちがやって来ます。 それに、入口はひとつしか有りません。 素早く破壊し、押し寄せる研究員を倒しながら強行突破するしかありません」
「あぁ、わかっている。 一気にやるぞ」
「あ、それと、ワタシは戦えませんので… よろしくお願いします」
苦笑いを浮かべたユラオドはソソクサとオレの背後についた。
「くく、任せておけ。 今のオレに勝てるヤツは……… いねぇ!」
オレは片っ端しから檻のカギを破壊していく。
破壊の度に破壊音が響き、明らかに研究員たちにバレている事が容易に予想できた。
「さぁ!同志たちよ! お前たちは自由だ!好きに暴れるがいい!」
オレが叫ぶと魔物たちが雄叫びをあげ応える。
「あ… ワタシは襲わないで下さいね…」
ユラオドの弱々しい声は魔物たちに届いたようで、自由を得た者から入口に殺到し地下室からの脱出を始めた。
部屋の外からは、異変を感じ集まった研究員や警備員などの悲鳴が聞こえてくる。
「さぁ! オレたちも行くぞ!」
オレはユラオドの前に立ち、魔物たちに続いて地下室からの脱出を図る。
「ラー… さま! オデたちも付いて行ク!」
ユラオドの更に背後から、隣の檻にいたゴブリン2体がついて来ていた。
「お前ら… ははっ 面白い! 全員オレに着いて来い!」
オレは調子に乗って魔物達を飛び越え、先頭に立つと立ち向かってくる警備員たちを薙ぎ倒して走り続けた。
「ラ! ラーヴワスさま! 行く場所知らないでしょ!?」
後ろから大声でユラオドが叫んでいた。
「とりあえず町の外だろ?」
「そ… そうですが… はぁ、はぁ、ちょ… まって…」
ユラオドはすでに体力の限界が近いようで、足元がおぼつかない。
その時、ユラオドの首元を大きな手がひょいっと持ち上げて、ユラオドを自分の肩に乗せる魔物がいた。
それは身長が3m程あるトロールだった。
「オマエ、オレタチ タスケタ。 ダカラ、オレ、オマエ タスケル」
トロールは(たぶん)いい笑顔でユラオドを見ると、ラーヴワスについて走り出した。
「お… お… おぉぉ!?」
ユラオドはよく分からない悲鳴のような声をあげながら、トロールにしがみついていた。
「オラオラオラオラぁ!!」
オレは警備員達を薙ぎ払いながら階段を駆け上がり、ついに魔法武器研究所から脱出に成功した。
その勢いのまま町へ走る。
町の人々は突然現れた魔物たちに驚き、右往左往しながら逃げ惑う。
「騎士たちが来る前に町を出ましょう!」
ユラオドが叫ぶ。
「ユラオド! オレの仲間はどこだ? 仲間達を助けなければ!」
オレたちは魔物の集団となり町を駆け抜ける。
「それは…」
ユラオドは暗い顔になり少し俯いたが、すぐに顔を上げた。
「ラーヴワスさま! 貴方は生きなければなりません! それが、みんなの願い… それが、ワタシに託された心… それが、ワタシの使命なのですから!」
ユラオドはキッとオレを睨むように見て叫ぶと、トロールに走る方向を指示した。
「っ!!」
ユラオドの言葉とその目で、オレは理解した。
(あぁ、オレはアイツらを守ってやれなかったのか…)
オレは奥歯を噛み、溢れそうになる涙を堪えユラオドが向かう方向へ走った。
オレはさっきまで耳が痛くなるくらい聞こえていた喧騒が聞こえなくなっていた。
ただ自分の心臓の音と、少しでもたくさんの酸素を取り込もうとする音だけが、オレの頭の中で鳴り響いていた。
目の前には逃げ惑うヒト…
まだ、騎士たちは現れてなかった。
オレの周りにはたくさんの魔物達が雄叫びを上げているのだろう、口を開けて威嚇するような顔で走っている。
そして、ついに町の外につながる門が見えた。
門は閉じられ、門兵たちが武器を構えてオレたちを迎え撃とうとしている。
(あぁ、ここで死んだら楽になるかもしれない… でも…)
「でも! オレは… オレは! 死ぬ訳にはいかないんだ!!」
オレは赤い棍を最大限に太くし、思い切り長く伸ばし門兵ごと門を吹き飛ばした。
「走り抜けろぉぉおおお!!」
オレの叫びに呼応するように魔物たちが叫び、次々と門を突破していく。
その時だった。
オレたちの背後から弓矢が飛んできた。
その矢は光で出来ており、1本が8本に増え魔物の背中に突き刺さっていく。
「熾天使リダ!!」
オレは振り返り、棍を構える。
「ラーヴワスさん、残念です。 貴方を殺さなければならないなんて…」
リダはふるふると頭を振り、悲しそうにオレを見ていた。
「リダ… 頼む。 見逃してくれ」
「……そうですねぇ。 そこにいるミナスリートさんを倒す事ができれば… 考えてみてもいいですよ?」
リダは手を合わせ、ニコニコしながら提案してきた。
オレの前にはいつの間にか、大剣を背負ったミナスリートが立っていた。
「ミナスリート…」
「ミス・ラーヴワス。 貴女を殺す事は大変心苦しいのですが… 王の命令ですので…」
ゆっくりと大剣を抜き構えるミナスリート。
「なぁ、ミナスリート。オレたちは仲間だったんじゃないのか? オレは何を間違ってしまったんだ? どうして… お前はオレに剣を向けているだ?」
「ミス・ラーヴワス。 貴女がヒトだったら… いや、止めましょう。 どうしようもない事ですから…」
ミナスリートは大剣を上段に構え一気に振り下ろした。
「ラーヴワスさま!!」
トロールの肩にいたユラオドが飛び出し、オレを突き飛ばしオレを巻き込んで地面に転がった。
「ぐぁ!」
ユラオドはオレの代わりに背中をバッサリと斬られ、大量の血を流していた。
「ユラオド!!」
「ラーヴワスさま、貴女は生きて下さい。 それが、ゼンさんの… 皆さんの… 願い…」
「ユラオド!!」
オレがユラオドを抱きかかえていると、魔物達が雄叫びを上げながらミナスリートに飛びかかった。
「早く! 今のうちです!」
「森の主! オデたちとニゲル! コッチだっ」
オレとユラオドは魔物たちがミナスリートに飛びかかっている隙に、ゴブリンに引っ張られてその場を逃げることに成功した。
しばらく走り大きな木の陰に身を隠すと、ユラオドは木に体を預けて荒い息をしていた。
「ユラオド… 大丈夫か?」
「ラーヴワスさま… はぁ… この木のウロの中に ウマを用意して…います。 はぁ ここからは… ウマを使って ふぅ 逃げてください」
「ユラオド! 今はしゃべるな! とにかく傷の手当てを…」
「大丈夫です。 ワタシには… もう… 不要です」
「うるさい! とにかく、手当てを!」
「はぁ… ラーヴワスさま、聞いて下さい」
「黙れ! 今はしゃべるな!」
「ふぅ… ワタシはゼンさんや… はぁ… 獣人のみなさんに… 助けて貰ってばかりでした…」
「ユラオド…」
ユラオドは寂しそうに微笑み話しをはじめた。
ユラオドは使命のために走り続けた。
そして
次回 ユラオドの遺言
ぜひ、ご覧ください。
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします