【12話】絶望のはじまり
初めの違和感は王国に帰還した時だった。
オレたちが王国に着くとすでに町では『戦勝』が知れ渡っており、町中の人々がオレたちを出迎えてくれた。
大門から町に入り、王宮へのメインストリートを町の人々に手を振りながら進む。
歓声をあげ羨望の眼差しでオレたちを見つめる人々だが、オレを見る時だけは目に憎悪が紛れているような気がした。
(?)
オレは気のせいか?と思いながら戦友たちと歩き続けた。
人々に手を振りながらしばらく歩く。
(あれ? アイツらは…?)
オレの大切な仲間たちの姿が見えない。
オレたちがこの町に着いた時には、すでに何人かの獣人も住んでいたが…… なぜか、その姿も見えなかった。
(鍛治職人の仕事に追われているのか? まぁ、あとで会いに行こう)
オレは仲間たちは忙しいのだろうと考え、頭の隅に追いやってしまった。
オレたちは王宮に着き、王へ戦勝の報告をするために謁見の間へ向かった。
そこにはアクロチェア王だけでなく、ガザム帝国の皇帝とアクスムーン法王国の法王もオレたちの報告を首を長くして待っていた。
王、皇帝、法王それぞれから労いの言葉があり、ザザンとの戦いの話しをする。
『ヒトのための世界を作る』
そのための一歩をやっと踏み出せたのだ。
王たちは喜色満面で喜び、明るい未来について話しが弾む。
しかし、その前にしなければならない事があった。
『戦後処理』だ。
これにはお互いの国の思惑が入り混じり、なかなか話しは進まない。
ひとりの文官が膝をつき、頭を下げて王へ具申した。
「恐れながら申し上げます。 ロイヤルナイツの者たちは戦場から帰還したばかり。 戦後処理については我ら文官が居れば十分かと愚考致します」
「おお! そうであったな。 ロイヤルナイツの面々よ大義であった。 今宵はゆっくりと体を休めるがよい」
(お前は、最高の文官だ! きっと出世するぞ!)
オレたちは文官の素晴らしい働きに感動しながら恭しく頭を下げて、王の謁見の間から退室を許された。
あの時の文官のドヤ顔は最高だった。
オレたちは謁見が終わり、各々が各々の家に帰る。
もう体はクタクタだった。
でも、心はまだまだ活力が溢れており、早く仲間たちと酒を酌み交わしたいと帰る足取りが速くなっていた。
「帰ったぞ!!」
オレの仲間たちは全員が同じ区画で、平家の家を繋いだような家… 所謂、『長屋』に住んでいた。
いつもなら各部屋から灯りが漏れ、夕飯の準備をする女達が忙しそうにしている時間だったが、どの部屋からも人の気配すらしなかった。
(まだ仕事しているのか?)
オレは仲間たちの仕事場である鍛冶屋街へ向かってみた。
しかし、どの工房も閉まっていた。
それどころか、ほとんどの工房は最近使用されたような雰囲気がなく閑散としている。
「おーい。 だれかいないか?」
声をあげてみるが、どこからも反応は無い。
(あいつら、どこに行ったんだ?)
どこに行けばいいか分からず、とりあえずウロウロと歩いてみることにした。
しばらく歩いていたが、腹が減っていた事に気がついたオレは町の酒場へ行くことにした。
酒場はいつものように賑やかだった。
オレは空いている席をみつけて座り、店員に注文をする。
若干、愛想の悪い店員が注文内容を確認して厨房へ戻っていった。
(せっかくアイツらと飲みたかったんだが… 仕方ない。仕事が忙しいのだろう…)
「お酒と本日の肉料理です。 ご注文は以上でございますか?」
愛想の悪い店員は料理と酒を運んでくると、そう言ってオレの前に並べる。
「あぁ」
オレも愛想なく答えると、店員はさっさとフロアに戻って行った。
(感じの悪い店員だな…)
せっかく気分良く帰還したというのに、今日は気分の悪い事が多い。
こんな時は、さっさと食って帰って寝よう。
肉を酒で腹に流し込むと、オレたちの家『長屋』に戻る事にした。
酒場を出て少し歩いた時、不意にオレを呼ぶ声が聞こえた。
辺りをキョロキョロと見渡すと、路地の影から人影がオレを呼び手招きしていた。
(なんだ? 怪しいヤツめ…)
今日起きた『感じの悪い事』の八つ当たりに、怪しい人影をボコボコにしてやろう…
八つ当たりされる『怪しいヤツ』は可哀想だが、これもこんな時にオレに声をかけてしまった運命だと諦めて貰う事にした。
オレは髪に刺していた赤い棍を手に取ると、纏めていた髪が解けふわっと広がった。
まだ、棍は小さくしたまま手に握り路地に身を潜めているヤツの所へ歩いて行く。
ある程度、近づくと怪しいヤツは路地の奥へ進み、影に隠れるようにオレを誘い込んでいた。
(コイツ… 何者だ?)
オレは誘われるまま路地裏へ進み、棍を握る手に力が入る。
完全に人目から外れた頃、怪しいヤツは立ち止まりオレの方を振り向いた。
そいつは灰色のローブを目深に被った、細身の男だった。
手には武器らしい物も持っておらず、少し見えるその肌は青白く、貧弱さを強調するようだった。
(魔法使いか? ならば、魔法を使われる前に殺す…)
「何者だ?」
オレの言葉に、ヤツはビクっとしながらも逃げずにオレの方を向きフードをゆっくりと外した。
外見の雰囲気通り貧弱そうな顔をした男は、少しやつれたような顔をしていたが、その目は強い意志を持った強い目をしていた。
「ラーヴワスさま、こんな場所で申し訳ありません。 ワタシは魔法研究室のユラオドと申します」
ユラオドは手を胸に当てて礼をすると、声を潜めて話しを続けた。
「ラーヴワスさま、貴女にお伝えしなければならない事があります」
「伝えなければならない事? なんだ?」
「はい。 恐れ入りますが、ワタシに付いて来て下さい」
「ここじゃダメなのか?」
「申し訳ありません。 見ていただく方が早いと思いますので…」
ユラオドは深刻な顔で頭を下げた。
「……わかった」
オレは手に持っていた棍を挿して髪を纏めてあげると、ユラオドについて行くことにした。
ユラオドは辺りに注意しながら、なるべく音を立てずに路地裏を右に左にと曲がり進む。
それはまるで尾行者を撒こうとしているようにも見えた。
しばらく路地裏を進み、辺りに人が居ない事を確認するとユラオドは壁の一部を剥がして奥に入る。
壁の向こうには小さなスペースがあり、足元の砂を払うと小さな扉が現れた。
ユラオドが静かに扉を開けると、その先には地下へ続く階段があった。
「ラーヴワスさま、暗いので足元にお気をつけ下さい」
オレがユラオドについて階段を降りると、ユラオドは扉を閉める際に小さな風魔法を唱えていた。
扉を閉めたあと、扉の外側では旋風が発生し砂を巻き上げで扉を隠す。
階段を降りるとそこにはまた扉があり、扉の隙間から灯りが漏れていた。
ユラオドが軽くノックし、ゆっくりと扉を開ける。
そこは30人くらいなら生活できそうな広めの部屋があった。
その部屋の隅には数名の獣人の女と子供が身を寄せ合って座っていた。
「お前ら!?」
その獣人たちはオレの仲間達だった。
「ラーヴワスさま? ラーヴワスさまぁぁぁぁああ!」
女と子供達は泣き叫びながらオレに駆け寄ってきた。
「ど… どうした? なんでこんな場所に?」
「うぅぅ。 わたし達は何も… 何もしてません! わたし達は、ただマジメに働いていただけなのです! 本当です! わたし達は何も知らないのです!」
獣人の女が泣きながら訴えてきた。
「落ち着け! いったい何があったんだ?」
「それについて、ワタシからご説明します…」
ユラオドが静かに、そして怒りを堪えながら声をかけてきた。
オレは仲間たちを落ち着かせると、その場に座らせた。
「ユラオド、教えてくれ。 いったい何があったんだ?」
ユラオドは自身の感情を押し殺すように、深く息を吸い細く長く吐き出してから話しを始めた。
「あれは1ヶ月くらい前の事でした…」
ユラオドの話しは、オレの理性を吹き飛ばすには十分過ぎる内容だった…
全ては最初から仕組まれた事だった。
次回 王国のウソ
ぜひご覧ください。
感想、評価、ブックマークもよろしくお願いします。