【10話】ハーゼ村
「あたしが住んでいる村はハーぜ村で、この川を下った所にあります」
ティアはそう言いながら、川沿いを歩いていた。
「ティアの村はハーぜ村というのか。 何人くらい住んでるのじゃ?」
「20人くらいです。昔はたくさん居たそうですが…」
ノブナガはミツヒデが抱えている魚を見ると
「そうか、魚はなんとか足りそうじゃな」
と、うんうんと頷く。
「左様でございますね」
ミツヒデも、ザッと魚の数を数えていた。
しばらく歩いていると、
「ノブナガ、ミツヒデ。 ハーゼ村に着きました」
ティアが指差す方を見ると、小さな集落があった。
小さな畑と、雨漏りがしそうな小屋がいくつかあり、数人の村人が畑仕事をしている。
ティアが村に入るとあちこちから村人が出てきた。村人の頭にはウサギ耳がついており、金髪で赤い目をしていた。そして、大人から子供まで全員が『女』だった。
「ティア姉さまぁ! おかえりなさーい」
ウサギ耳の子供が3人走ってきて、ティアに抱きつく。
「チカム、ヒカム、キカム! ただいまっ!」
ティアも3人を抱きしめて、頬ずりしていると
「ティアさま、おかえりなさいませ」
畑仕事をしている、中年の女(もちろんウサギ耳)が声をかけてきた。
「もう! キーノおばさん!『さま』はやめてって言ってるでしょ?」
ティアはキーノおばさんにそう言うと、恥ずかしそうに笑っていた。
「お主、そんな顔をして笑うんじゃな」
ノブナガはニコニコしながら、ティアと村人達を見ていた。
「あれ?ティアさま。 お客さんですか?」
キーノがノブナガ達に気がつき声をかけると、ノブナガは一歩前に出て
「ワシはノブナガ。 こっちはミツヒデじゃ。よろしく頼む!」
と、村人たちを見回して声をかけた。
その時、
「ヒ… ヒト様!!!」
キーノが叫ぶと、ティアに抱きついていた3人の子供は、ガタガタと震えながら正座をして額を地面に擦り付け、両手でウサギ耳を隠そうとしていた。
キーノは手に持っていた手拭いを頭に被せ、その場で子供と同じ様に額を地面に擦り付ける。
村の奥から現れた村人たちも同じだった。布を持っていれば慌ててウサギ耳を隠し、持っていない者は必死に両手で隠す。
あっという間に、ノブナガの前で村人達がガタガタと震えながら土下座をしていた。
「………」
ノブナガは呆気に取られ、固まっていた。
その時、風向きが変わりノブナガ達が風下になった。
その瞬間、村人たちは慌てて立ち上がり、風下に移動してまた土下座をする。
「やはりこうなりましたな…」
ミツヒデはため息をつきながら、ノブナガの横に立った。
しばらくすると村の奥から中年の女が、息を切らしながら走ってきた。
中年の女は布を頭に被っており、村人たちの先頭に来ると、他の村人同様に土下座し額を地面に擦りつけていた。
「ヒト様、わたくしはこの村の長、イルージュ・ウル・ステラリアでこざいます。 今月の税は先日お届けしましたが、何か不具合が有りましたでしょうか?」
イルージュは頭を下げたまま、ノブナガの言葉を待っていた。
「イルージュ殿、まずは頭を上げて下さい。 わたし達は貴方達に危害を加えるような事はしません。 わたし達はこの村のティア殿とメルギドの町で出会い、ゆっくりとお話をさせて欲しくてやってきたのです。 どうか、頭をお上げください」
ミツヒデは、優しい声でイルージュに話しかけた。
「ティア…?」
イルージュはそっと目線を上げると、ノブナガの横にティアが立っているのを見つけた。
「ティアが、何かしでかしましたか!? も!! 申し訳ありません!! ティアはわたしの娘なのです! ご迷惑をおかけし申し訳ありません!」
イルージュは慌ててティアを自分の隣に引っ張り、無理矢理頭を下げさせ、2人で額を地面に擦り付けていた。
「イ… イルージュ殿!!! 違う!ティア殿は我らと友になったのです!」
ミツヒデが慌てて説明するが
「も… 申し訳ありません!! どうか!どうか命だけは!! 命だけはお助けください!」
イルージュは泣きながら命乞いを始めた。
「だから、危害は加えぬと…」
ミツヒデが声をかけるが
「お願いします! せめてこの子の命だけは!!」
イルージュは大声で叫ぶように命乞いをしていた。
「はぁ。 この親にしてこの子あり… か」
ノブナガはため息をつくと、イルージュのそばに歩み寄る。
イルージュはガタガタと震え、今にも逃げ出しそうになるのを必死で堪えていた。
ノブナガはイルージュの肩をポンっと叩き、
「とりあえず立て。 そして、ワシを見よ」
ビクッとしたイルージュが、恐る恐る立ち上がり、そーっとノブナガの顔を見ると
「ワシはティアの友じゃ。 お主は友の母親、そして村の者たちはワシの友の友じゃ。 なれば、ワシにとってお主らはワシの友と同じじゃ。 ワシらはお主らに危害は加えん。その辺の『ヒト様』と一緒にするでない。ワシは『ノブナガ』じゃ!」
ノブナガはニコっと笑うと、イルージュの額に着いた土を優しく払い、頭の布を取って抱きしめた。
「……ノブナガ…さま…」
イルージュは安心したのか、ノブナガの胸に顔を埋め声を殺して泣いていた。
「お主たち親子は、本当によく似ておるな…」
ノブナガは笑いながら、イルージュの頭を撫でていた。
その後、ティアの説明によりノブナガとミツヒデは『ヒト様』とは違い、ティアを友と呼んでくれる『変なヒト』だと村人達は理解するようになった。
とは言ってもまだ半信半疑であり、どこか警戒しているのではあるが…