歯みがき
私の友人の話です。
朝目覚めるとひどい気分だった。頭が重く吐き気がする。ゆっくりと体を起こし周囲を見ると、そこはよく見慣れた自分の部屋だった。
壁に二つ並べている本棚は好きな時代小説が乱雑に並べられている。最近の作家のものから司馬遼太郎、歴史IFや幼いころに買ってもらった真田十勇士のジュニア小説まで、時代小説であれば片っ端から読んでしまう歴史マニアだ。
一方で壁に貼ってあるのはアイドルの水着ポスターだった。それ以外にあるものといったら小さな衣装ケースぐらいで、これが男子大学生の部屋だと言われたら、教科書どころか筆記具すらなくてどうやって勉強しているのかと問い詰めたくなるだろう。
それにしてもどうして自分の部屋で寝ていたのだろう。昨夜は確か遅くまで友人の部屋で飲んでいて、そのまま泊めてもらったはずだ。夜はすでにコートがなければ耐えられないような季節だというのに、記憶のないうちに歩いて帰ってきたのだろうか。
なにか手掛かりがないかとスマホを見るが、なにもメッセージは残っていない。寝ぼけまなこのまま記憶を辿るがなにも思い出せない。
ひとまず二日酔いの不快さをなんとかしようと洗面所へ向かった。12月に冷水で顔を洗えるほどの気合はない。蛇口を温水の方に回し水を出した。蛇口から出るのが湯になるまでには少し時間がかかる。
それまでの間に歯も磨いてしまおうと歯ブラシを手に取り、三色ストライプの歯磨き粉を先に乗せた。そしてそれを口に含み、鏡に映しだされた自身の顔を見た瞬間思わず体が硬直し、一気に目が覚めた。手遅れにならずに助かったと安堵しながら咥えたものをゆっくり口から引き出す。
私は手に持っている髭剃りをじっと凝視した。蛇口からは湯が流れ始めている。
ちなみに友人は手遅れになりました。痛そうでした。