表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明伝承記 ~豊葦原中国物語~  作者: 泰 智雅
第一章
4/4

第三話

 ミコトの誕生から瞬く間に時が過ぎ二週間がたった頃、村は明日から始まる収穫祭の準備に追われていた。


 この村の収穫祭は作物の無事の収穫を祝うため行われる村の行事としての役割とは別に、お社にて巫女による祈祷が行われる。そこで女神よりうけた神託を元に一族の上層部での会合が行われる為、この時期、中つ国中から各々の村の長達が献上品と共にやってくるので毎年対応に追われるのである。


 そしてこの日、ある人物がイザナ達の元へやって来た。

 その人物は見上げるほどの大男で、着物の上からでもわかる筋骨隆々の逞しい体に山の獣の皮で作った衣を纏い、肩には大きな角を持つ立派な男鹿を担いで一人山道を村へ向かって登って来ていたのを村の入り口で知らせを聞いたカムイ達家族が総出で出迎え、その姿を見つけるやいなや手を振りながらずんずんと目の前まで近寄ってきて言った。


「おお、ヒナタ、カムイ。息災であったか。イザナも元気そうだな。これは土産だ。来る途中見つけてな、狩ってきた。きっと女神の思し召しだろうから皆で食べてくれ。」


 そう言って肩に担いでいた荷をおろすとその大男はニカっと豪快に笑った。


「ありがとうございます。岩戸の大王も御健勝そうで何よりです。」

「叔父上御一人ですか……?他の方達はどちらに?」

「む、まだ来ておらぬのか。いやなに、出掛けに少々ごたついて仕事が片付かんでな、他の者達は先に行かせたのだ。皆大分早く出たと思うたが、他の村の(じじい)共もおるし何処かで休んでおるのやも知れんな。ワシはこの通り途中から猟に行って道から外れてしもうたからな、今何処におるのかまでは知らぬ。客人も置いてきたが、まぁ、倅もおるし問題なかろうよ。ガハハハハハ!!」

「あらまあ……。」

「本当に相変わらずですね。彼も災難だなあ…。」


 と、岩戸の大王から話を聞いたカムイ達は、面倒事を押し付けられた彼の息子に同情した。

 この岩戸の大王と呼ばれた大男は、イザナ達が住む橘山の麓の一帯に広がる広大な平野を納める一族の長で、実質現在の黄泉の一族を統べる人物でもある。黄泉の一族は女神を祀る一族の為巫女を頂点に女性の力が強い一族ではあるが、大王は巫女と同程度の権威を持つ。神事を司る巫女と一族の実質的な統治を行う大王の二人、その二人を各村の長達が補佐しあうというのが黄泉の一族の統治であった。

 カムイは村で大王と呼ばれてはいるが、実質的な権限は岩戸の大王が持つため、一族の決定権を彼は持たない。

 そもそも、この村は表向きヒナタと巫女を護るため作られたとされているが、実質はカムイの為に作られた村である。

 十年前、巫女と岩戸の大王は最初、大王の名と権限をカムイに譲ろうとしたのだが、カムイが「私は大王にはならないし、なってはいけない。」とこれを固辞した。しかし、彼の持つ力や知識は黄泉の一族にあっても大変貴重で得難いものでもあったため、岩戸の大王が相談役として自身を助けて欲しいと願い、その為の地位として自身と同じ大王の地位を与え、山の中腹に村を作り今に至るのである。


「岩戸の大王様!この男鹿どうやって仕留められたのですか!?」


 と、それまで静かだったイザナが目ををきらきらさせながら岩戸の大王に声をかけた。

 イザナにとって岩戸の大王は弓の師匠で、まだイザナが儀式を受けてすぐの頃、防人の訓練が巧くいかず弓の扱いにもまだ不馴れで能力も巧く使えなかった時に世話になった過去がある。

 肉体的にも優れ、武人としての才も一流である大王が、身体も小さく力も弱いイザナの、その余りの落ち込み様を見て可哀想に思い弓を教えたところ、真綿が水を吸うようにイザナは弓が上達し、その成長を目の当たりにした大王も次第に稽古に熱が入っていった。そして短期間ではあったがそのお陰で今では村で弓の名手とまで言われるようになったのである。

 今では力も大分使えるようになったが、それでも大王には届かない。いつかは追い付きたい。その思いで日々努力を続けてきたイザナだが、大王が狩ってきた男鹿に見とれ、その身体に刻まれた矢傷を見た瞬間、その腕の凄さに感動したまらず声をかけてしまったのである。


「こら、イザナ!」

「ああ、構わん構わん。おおイザナ。お主、また少し見ぬ間に大きくなったな。どうだ、あれから弓の稽古は欠かさず続けておるか。」

「はい。大王様に教えてもらってから、凄く頑張って練習しました。剣や槍は全然だけど、でも弓ではもう他の子に負けません。毎日獲物も取れるようになったし、今回のお祭りの料理には僕が取った(しし)の肉も出るんです。大王様も召し上がってくださいね。あと、もっと猟のお話も聞きたいし、それと、」

「ははは、まぁまてまて。時間はまだ沢山ある。この後皆が揃うまでちとお主の父と大事な話もある。その後なら、少しだが久方ぶりに弓の稽古もつけてやろう。」

「本当ですか!!やった!!絶対ですよ!!じゃあ僕アカネさんにこの男鹿を捌いて貰うようにお願いしてきますね。」


 と、彼にしては珍しくはしゃいだ声を上げ、嬉しそうに笑うと手を振って別れを告げ屋敷の方へ駆けていった。その様子を大人達は微笑ましげに見つめていたが、岩戸の大王が周りに聞こえないようにカムイ達に告げた言葉に二人は顔を引き締め頷いた。


「例の件、何処から漏れたか調べがついた。どうも儂の所にねずみが潜り込んでいたようでな。そちらは出掛けに片は付けてきたが、結局客人の事は食い止められなんだ。お主達に要らぬ迷惑をかけることになってしまった。本当に申し訳ない。」

「……いえ、いつかは来るだろうと思っておりましたので。早晩嗅ぎ付けられるだろうとは…。大王や御館様には私達やこの村の事でいつも本当に心を割いて頂いて感謝しております。ただ、娘も生まれて間もないですし、イザナの能力の事もある。用心を重ねるに越したことはないかと。」

「お婆様にも私達からすでに話はしております。大丈夫です。叔父上やお婆様も居てくださいますから心強いですわ。きっと何とかなります。」


 カムイ達の言葉を聞き「そうか」とだけ告げ、表情を先程までの明るいものへと戻すとわざと周りに聞こえるようにカムイ達へ向け告げた。


「そういえば、聞いたぞカムイ。お主またやらかしたそうではないか。」

「えぇっ、今その話蒸し返します!?」


 まさかの話の振りに、思わず素で返してしまうカムイ。


「なにを言うか。儂の影が話を持ってきた時は思わず大笑いしたぞ。お主も相変わらずのようだな。」

「それを貴方が仰るんですか。貴方こそまた息子に面倒事押し付けて…。一体何やってるんです。」

「いや、だってなぁ…。あいつ、段々妻に似てきて事ある事に小言を言うようになってな…。武術の面でまだまだ未熟な処はあるが、頭も儂と違って随分出来が良いからな。儂もそろそろ体力の衰えも感じることが増えたし、隠居を考えて倅には儂の仕事を仕込んでおるところなのだ。」

「ご冗談でしょう。体力お化けの貴方が衰えただなんて。まだ三十路を幾らか過ぎたくらいの癖に何を仰ってるんです。ただ単に苦手な仕事を放り出して昔の様に鍛練したいだけでしょうに…。」

「おま、言うに事欠いて何て事を。儂がこの十年、どれだけ苦労したと思っておる!?もっと儂を労る心はないのか、この腹黒天然男は!!」

「十三かそこらの自分の子供に面倒事押し付けて自分は猟に行っちゃう様な人はもっと苦労すれば良いんですよ。昔、『筋肉は裏切らん!!』とか言っていきなり正確無比な弓を避ける練習だとかで矢をいかけられたり、岩をくくりつけた木刀で滝を切る練習だとか言って延々と素振りさせられたり、武器の無い状態でも戦う為の訓練とか言って熊と素手て取っ組み合いさせられたり…。他にも色々正気を疑う訓練を有無を言わさずさせられたこと、忘れていませんからね!?」

「なにを言うか!!あれは貴様が余りにも能力に依存しておおよそ人とは呼べぬ言動を繰り返していたからであろうが!!山で果物一つ採るにしても鎌鼬をおこしてそこら一体をハゲ坊主にしたり、大雨で道が進めないからと天候を操って雲を散らしたり、橋が落ちたからと谷の底を隆起させて道を作ったのはどこのどいつだ!!お陰でいく先々で正体がばれそうになってヒナタと一緒に誤魔化すのにどれだけ苦労したか、儂とて忘れてはおらぬぞ!?」


 ぎゃあぎゃあと、良い年した大人がまるで子供のように言い合いを始め、周りにいた村の者達は呆れたようにその様子を見ていた。

 普段自分の立場を考え、出来る限り周りへの気遣いや言葉遣いに気を遣うカムイだが、岩戸の大王に対しては態度が砕け本来の彼が出てきてしまう。それはその昔、カムイがまだ天孫の一族であった頃ヒナタと共に若かりし頃の大王と旅をした時の名残であり、大王本来の裏表の無い性格から二人にとって頼れる兄貴分だったため、未だその時の癖で本来の彼らしさが垣間見えるのだった。

 こうなると、最終的に二人の取っ組み合いが始まってしまう事を旅の仲間の最後の一人、ヒナタは重々承知しているので、


「カムイ、叔父上、とりあえずお話はまた後程に致しましょう。アカネに食事を用意させておりますので、まずは屋敷にておくつろぎください。湯の準備も出来ておりますよ。」


 と、言って止めに入った。

 これが三人にとってのいつもの通り。十年前から続く付き合いの中で変わることの無いやりとりであり旅の間の日常だった。


「そうですね。折角アカネが準備してくれてるんですから、急ぎましょう。」

「それはありがたい。うちの屋敷から休まず来たからな、実は腹が減っておったのだ。湯の世話までとは至れり尽くせりだ。……祭の間、他の者も合わせて世話になる。」


 ふざけていた表情を引き締め、そう大王はその場にいた村のみんなに告げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ