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黎明伝承記 ~豊葦原中国物語~  作者: 泰 智雅
第一章
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第一話

 




  子らよ 皆 (すべから)()く生きよ





          父神 阿波岐原(あわぎのはら)御祓(みそぎ)の後にて










 その日、イザナは朝からご機嫌だった。

 山からの帰り道、先日やっと田畑の収穫が終わり今年は天気も良かった為豊作だと大人達が喜んでいたので、きっと今度行われる今年の収穫祭は盛大になるだろうとわくわくしていたのだ。


 ここは光と空を司る父神の住む神々の国"高天原(たかまがはら)"と、闇と大地を司る女神の住む死者の国"黄泉(よみ)"との間にある、天孫(てんそん)の一族と黄泉の一族が治める"豊葦原(とよあしはら)中国(のなかつくに)"と呼ばれる場所。そこに住む人々は短く"中つ国"と呼び、天孫は父神を、黄泉は女神を各々(おのおの)信仰しており、一族の上はお互い仲が悪く小さな小競り合いはありつつも普通に暮らす人々にとってどちらの恩恵も有り難く、天の光と大地の恵みに感謝して(おおむ)ね穏やかに暮らしている。


 イザナのいる村は"橘山(たちばなやま)"と呼ばれる山の中腹にある村で、黄泉の一族の一つである。規模はそんなに大きくはないが、村の周りを物見櫓(ものみやぐら)と木の塀で囲うようなそこそこ立派な村で、山の山頂付近にはお社があり、一族の女性の中から"巫女"を輩出しお社の奥にて女神に祈りを捧げ、その御言宣(みことのり)を他の一族に伝える役目を担う"託宣(たくせん)"の一族であった。


 その一族の中にあって今年数えて十歳を迎えるイザナは、先日誕生日の日にお社に上がり、巫女様から"(いわい)祝詞(のりと)"を(たまわ)ってやっと猟に行けるようになったばかりの男の子である。


 一族では子供は小さい間は"神の子"とされ、親となる夫婦に女神が大切な自身の子である子供を預けられ、その者達の善悪を見るとされていた。子を蔑ろにしたりきちんと育てられなかった場合、女神は子を憐れんで黄泉の国に連れ帰ると謂われ、子を守れなかった親達は悪とみなされて、死後、黄泉の国にて二度と安息を得られないとされている。その為ある程度育つまでは村から出さず、数えて十歳になった誕生日に巫女の元へ両親と共に行き、親は女神から赦しを貰い、子は"(いわい)祝詞(のりと)"と呼ばれる女神からの祝福を賜って晴れて一人前とみなされるようになるのだ。


 特にイザナは一族を纏める長の家の嫡子であったため、村の他の子供達なら多少はお目こぼしされても叱られて許されることでも許してもらえず、本当にお社に行く以外は一切村から出してもらえなかった。


 村で一番年下だったイザナは、皆が猟に行くときはいつも独りぼっちで寂しい思いをしていたが、晴れて仲間入りした後は祝詞で授かった能力(ちから)もあってメキメキと頭角を表し、今では仲間内で一番の腕前であった。十歳を過ぎ一人前と認められると村の女子(めのこ)は巫女のところで修行し、男子(おのこ)は男衆と共に防人(さきもり)としての剣と槍の稽古や山での猟を学ぶようになるが、歳の割りに身体が小さく、腕力もそれなりだったイザナは剣や槍の稽古よりも、弓を好み手先の器用さを巧く使って罠を仕掛け、短剣や小太刀等も駆使し野鳥の他に鹿や猪など大人顔負けの大物を仕留める狩人として日々を過ごしていた。


 この日もとある理由で朝から山に入り、まだ日も高いうちから野鳥と野兎を仕留め、どう料理しようかと意気揚々と村に帰ってきた所、冒頭の様な話を耳にしてこれからの予定と合わせて尚のこと浮き足だったのである。


「あれ。若様、今日は何時にも増して早いお帰りですね。まあ、またそんなに獲物をこしらえて。本当に若様は腕がよろしいこと。」

「本当だねぇ。若様は一度として猟を失敗されたところを見たことがない。まだお若いのに、大したものですよぅ。大王(おおきみ)様や姫様もさぞや鼻が高いでしょうねぇ。」


 村を囲む塀の内側を流れる小川の側を歩いていると、洗濯をしていた村の女性達が、イザナを見つけて声をかけてきた。

 先程、村の門を通る時も防人の男衆から


「若様がいると肉や毛皮に困らなくて良いやな。」

「剣や槍はからっきしだが、それだけ弓が使えりゃあいっぱしの武士(もののふ)よ!」

「こんなにちっせぇのにウチの馬鹿倅よりもしっかりしていなさるし、大王様も安心しなさるだろうよ。この村も将来安泰だなぁ。ガハハハハ!!」


 等と散々構い倒され、嬉しいやら恥ずかしいやら「ありがとうございます」だの、「頑張ります」だの、しどろもどろになりながら何とか切り抜けてきた矢先だったので、また繰り返すのかと内心身構えた時


「若様。」


 と、背後から掛けられた静かな女性の声を聞き、思わず安堵の息を吐いてしまった。


「アカネさん。どうしたの?」

「若様。何度も申しておりますが私は姫様の従者。言い換えれば、若様の従者でもあります。仕える者に敬称は必要ありません。どうぞ、アカネ、とお呼び捨てください。」

「でも、お母さんが目上の人には敬意を持つものだって仰っていたよ。アカネさんは僕より年上だし、お父さんも頼りにしてるっていつも仰っているから。僕もアカネさんは従者じゃなくて、家族っていうか、その、お姉ちゃん……みたいに思ってるし。だから、やっぱりアカネさんは、アカネさんだよ。」

「若様……。……いえ、しかしですね……」


 アカネと呼ばれた女性は、年は十七、十八歳程の、村の女性達と比べるとやや背の高い月光のような白く輝く髪をうなじで纏め、瞳の色は森を想わせる深緑色で、其処に深い知性と静かだが暖かい優しさが垣間見える美しい女性だった。元々彼女はこの一族の者ではなく、彼女がまだ小さい頃にイザナの両親が怪我をして死にかけていた彼女を助け、それ以来恩を感じて両親に仕えているという。イザナからしてみれば生まれたときから側にいて、ずっと一緒にいるアカネは家族同然であり、彼女が呼び方を気にするので仕方なくさん付けで譲歩しているが、本当なら「お姉ちゃん」と呼びたいくらいなのである。


 イザナの言葉に(ほだ)されそうになりながらも、従者として接しようとするアカネと自信満々に良い笑顔で自分の考えに納得しているイザナ。

 村でいつも繰り返される会話。その"いつも"の光景に女性達も「またか」と笑いながら優しく見守っていた。


「っと、いけない。若様。今日が何の日かお忘れですか?私が御館様に御報告に上がっている間に、まさか姫様の側から居なくなられるとは思いませんでしたよ。しかも大王まで。全く、二人揃って何をなさっているんですか…。」

「ううん、ちゃんと覚えてるよ。だから、今日の猟りは早めに切り上げてきたんだ。本当は今日一日、御屋敷に居なきゃいけないはずだったけどあんまりにも僕とお父さんが落ち着かないから、お母さんに『五月蝿い、邪魔!!』って、お部屋を追い出されちゃったんだよね…。だからせめて、精のつくものでも食べさせられないかなって思って、猟りに行ったんだけど……。」

「姫様……」

「あ、因みにお父さんは薬草を摘みに裏の畑に行ってたから、薬室に居るんじゃないかな。僕が出てくる時、お母さんが『痛いーーー‼』って叫んでたから、顔を真っ青にして痛みを和らげるお薬作るって言ってたし。今頃、屋敷の奥でアワアワしながらお母さんに飲ませてるかも。おかあさん、お薬嫌いだからお父さんの作った物じゃないと飲んでくれないんだよね…。」

「大王……」


 イザナから事のあらましを聞き、アカネは深い、それはもう深いため息をついた。流石にイザナもあの状態の両親を思い出し、「あはは……」と渇いた笑いをこぼしてしまう。母は自由奔放を地でいくような人だからまだしも、普段冷静で物静かな父までもあの慌てふためきようだったのだから、今日これからあるだろう出来事は本当に大変な事なんだなと改めて思った。


「あのぅ、アカネ様」


 と、そこに近くでイザナ達のやり取りを見ていた女性達が、おずおずと声をかけてきた。不穏な会話を聞きつけ御屋敷で何かあったのだろうかと心配になったからだ。


「何でしょう。」

「その、姫様に何かあったのですか?痛いとか、お薬とか聞こえてしまったもので…。」

「ああ、心配入りません。それはですね……」


 女性達を安心させようとアカネが説明しようとした時、突然一陣の風が吹き、どこからともなく声が響いた。


 "イザナ、アカネ!早く戻ってきてください!!私だけじゃもう限界です!!う、うう、ううう……!!"


 それは普段であれば男性にしては少し高めの、しかし何処か人を落ち着かせるような優しい声なのだが、その人は余程切羽詰まったのか、泣き声のような慌てふためいた声音で叫んだのだった。


 "産まれちゃいますーー‼"


 それを最後に、風が吹き抜けると声は聞こえなくなった。が、その場で声を聞いたイザナやアカネ、女性達は皆、唖然としてお互いの顔を見つめ合い、


「「今のって……。」」

「大王……。」

「お父さん……。」


 と、声の主であるこの村を治める長、イザナの父でもある大王を思い浮かべた。


「と、兎に角。貴方達も理由はわかりましたね。昨日の晩から姫様の陣痛が始まって、もうすぐ産まれる予定なのです。本来ならまだ後数日先のはずでしたが、予定が早まりまして…。私も少し落ち着いた頃合いを見計らって先程まで各所に連絡をしに奔走していたのですが、大王のあのご様子だと急がなければなりません。すみませんが貴女方は、村の皆さんに事の説明をお願いします。」

「わ、分かりました。」

「あ、でもそんなに急だったなら女手は足りていらっしゃいますか?」

「それは大丈夫です。御館様にお願いして明け方にお社の方より応援に来ていただいておりますので。それよりも、先程の大王の声は能力(ちから)を使っていらっしゃいましたから村中に響いてしまいました。混乱を避けるためにも、一刻も早く説明をお願いします。若様、参りますよ。」

「わかった。皆さん御迷惑をおかけします。」


 ペコリと頭を下げ、イザナとアカネは飛ぶように走っていき、その後ろ姿を眺めながら女性達もこうしちゃいられないと各々途中だった洗濯物を慌ただしく桶に入れ、急ぎ村に駆けていった。



 その後、この村に新しく小さな命が産まれ、村中の者がその誕生を喜んだ。


 それは秋も深まり冬を目前にした小春日よりの事だった。

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