第七話 どうしましょうか?
翌日、皆はヒャクソ婆の居室に集合した。
もっとも俺は明け方頃に寝入ってしまった。
ハナも負けじと爆睡しており、俺達は危うく遅刻しそうになった。
リーファとアカツキは起きていたのだが、話しこんでいて、俺達を起こすのを忘れていたようだ。
一方、カガシはぬかりなく洞窟の各所に見張りを配していた。
彼らからの報告によれば、連邦の斥候がうろついているらしい。
遁甲術で姿を消しても実際に消滅するわけではないから、移動の痕跡は残る。
鋭敏な感覚を持つ神尊がよく調べれば、発見は可能だった。
幸い、大部隊が集結している気配はないようだ。
避難所までの通路はひどく狭い箇所があり、拡張工事でもしない限りオーガスレイブは通れないだろう。
また、さらにカガシは連邦の遁行術の解析を終えていた。
解析結果をもとに術の働きを阻害する霊術符を作り、避難所の近辺に張ったそうだ。
実に働き者である。ブラック企業とかで重宝されてしまうタイプだな。
まあ、お陰で知らないうちに目の前まで迫られてしまう心配はなくなった。
普通に考えて、連邦も混乱の収拾に追われているはずだ。
すぐに攻撃されることはなさそうだが、時間の余裕はない。
籠城している間にもヒャクソ婆は穢れに蝕まれてしまうのだから。
俺達は急ぎ今後の方針を定める必要があった。
□
部屋にはピリピリした空気が満ちていた。
パダニ族の参加者はヒャクソ婆とカガシ。
ヒャクソ婆はやはりベッドにいたが、肩掛けを羽織り、きちんと正座をしている。
部屋の扉は開け放たれており、他の神尊達も通路に詰めかけている。
俺、ハナ、アカツキはベッドと向かい合う位置で椅子に座っていた。
アカツキはなにやら手に小さな包みを持っている。
リーファだけ、少し離れた場所に席を置いていた。
「――何故、お前がここにいるんだね? リーファ・レンス」
じろりとヒャクソ婆がリーファをめねつけた。
若干やつれた表情をしていることもあり、えらく威圧感があった。
「申し上げるべきことがあるからです。ヒャクソ様はもちろん、御一族の皆様に」
リーファは落ち着いており、態度からも張りつめたような硬さは失せている。
俺にはどうしてこうなったのか、さっぱりわからなかった。
不審に思ったのか、ハナがひそひそと話しかけて来た。
「タケル様? なんか、アレ、どうしたんです? 昨日までと全然違いません?」
「……さあね」
「あの人、タケルと話したって言ってたけど。夜遅く、温泉で」
アカツキがぽそりとつぶやいた。
ハナとは対照的にかアカツキはリーファと馬が合うようだ。
せっかく知り合ったのだから、みんな仲良く出来るといいのだが。
などと思っていたら、がつっと二の腕を掴まれた。
「いてててっ! おい、ハナ!! 痛いってば!!」
言ってもハナは腕を掴んだままだ。
悪鬼のごとき形相になっており、まじで怖い。
「どぉいうことですか、タケル様ぁ?」
「だ、だから確かに一緒に入ったけど、話は出てからで……」
「なるほど、なるほど。――エッチなことしたんですね?」
してない。断じてしてない。
エロいものは見たけど、エッチなことはしてないぞ。
「落ち着け、ハナ! お前が思っているようなことは何も――」
「わ、わたくしには想像もつかないようなプレイをっ!?」
いや、なんでそうなるんだよ。
ショックを受けたのか、幸いにもハナの手は緩んでくれた。
危なかった。まじで折れるかと思ったぞ。
まったく、バカと怪力の組合せは最悪だな。
「タケル? 本題に入りたいのですが……」
「あ、ああ。悪い、カガシ」
やんわりと口を挟んで来たカガシに、俺は慌てて頭を下げた。
ハナの疑いはなおも晴れないようだが、構ってはいられない。
これから決めることが俺達の生き死にを決するのだ。
ふざけ半分でのぞんでいいことではなかった。
「リーファ。ヒャクソ様の穢れを祓ってくれたことには感謝します」
カガシは淡々とした調子で礼を述べた。
落ち着いてはいるが、硬い調子だ。
「だが、我々とレンス家はもう無関係のはず。これ以上、ここに置く訳にはいきません。
君は退去してください、今すぐに」
はっきりした拒絶。
しかし、リーファはひるまなかった。
「ありがとうございます、カガシ様。わたしの為を思ってのお言葉なのでしょう。
ですが、聞けません」
柔らかく微笑みつつも、リーファはきっぱりと意思を示した。
業を煮やしたのか、ヒャクソ婆が口を開く。
「お前が決めることではないぞ、リーファ! パダニ窟は我らが神領。
何人であってもわっしの許しなくして――」
「では、連邦は? 連邦の兵士達には許しを出したのでしょうか、ヒャクソ様?」
どよっ、と空気が揺れた。
周囲の神尊達はみな息を飲んでいる。
リーファがヒャクソ婆に真っ向から言い返すのは初めてなのだろう。
いや、リーファに限らないか。
族長の意に従わない者など、パダニ族にはいないのだ。
「……随分な言い草だね。我らの苦境、知らぬお前ではなかろうに」
「ご無礼は承知の上。わたしはどうしても協力したいのです。パダニ族がこの苦境を脱する為に」
リーファの発言はまるで人間より神尊を優先するかのようだった。
カガシも驚いたらしい。
「そんなことをすれば、君の処罰だけでは収まりません。
投獄されている父君や母君はもちろん、領民にも累が及びかねません」
「覚悟の上です」
「バカな! 連邦から見れば反乱行為ですよ!」
「もちろん、なるべく表立たないようにはするつもりです。
真っ向から勝負を挑むには、あまりに準備不足ですから」
「いけません、発覚しない保証はない!!」
カガシの見解は正しいだろう。
一人でこっそりやれることには限界がある。
多くを巻き込まば、秘密はいずれバレる。
リーファが有効な助力をしようとすればするほど、気づかれる可能性は跳ね上がるのだ。
「助けたいという君の気持ちはありがたい。
ですが、我々にも誇りがある。
長く縁を結んだ一族を窮地に追いやるような真似はできません」
恐らくそれはヒャクソ婆の本音でもあったろう。
契約を切った理由は、レンス家をパダニ族の巻き添えにしない為なのだ。
「一時の感情に流されてはいけない。君は人間で、神尊ではないのです。
君は君の属する人々――レンス家の安堵を最優先に考えるべきです」
カガシの考えは俺と同じだった。
しかし教え諭すような言葉にも、リーファは動じなかった。
「違います、カガシ様。
レンス家、ひいてはヤマタイの民すべての為に、わたしはパダニ族に協力するのです」
「どういう意味だね、それは?」
むっつりと黙り込んでいたヒャクソ婆が口を開く。
怒気をはらむ厳しい視線を受けてなお、リーファは揺るがない。
「ヒャクソ様。わたし達はみな、まんまと連邦の思惑に乗せられていたのです」
言葉を切るとすっと立ち、周囲を見渡す。
皆の注目がリーファに集まった。
「まもなくレンス家は現地代官を罷免され、エクセイ家にとって代わられます」
「それがどうしたね。連邦にあてがわれた役を惜しいとでも?」
「エクセイ家は一地方領主でしかなく、皇統十二家の末裔とは言え、傍系に過ぎません。いきなり現地代官になっても、ヤマタイをまとめ上げることは難しい。明らかに力不足なのです。結果、反発や混乱を招き、ヤマタイは割れるでしょう」
いならぶ神尊達の表情はだから? とでも言いたげだ。
人間同士のいさかいなど、完全に彼らの意識の外なのだろう。
「エクセイ家はもともと神尊との関わりが薄い。
恐らく、連邦に命じられるまでもなく、自らパダニ族をはじめ神尊諸族とのつながりを断つでしょう。
――すると、どうなりますか?」
言葉を切って、リーファはもう一度、周囲を見渡した。
彼女はパダニ族全員に呼びかけようとしているのだ。
「ヤマタイの人と人、人と神尊がばらばらになる……?」
カガシのつぶやき。
得たりとばかりにリーファはうなずいた。
「そうです、カガシ様。
わたし達の力を削ぐ為に、連邦は分断政策を仕掛けているのです。
これに乗ってはいけません!」
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次回更新は3/25(月)の夜になる見込みです。(毎度そうですが)
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