第五話 おっぱい考察
――俺はこの世界に残る。ここで生きて、やがて死ぬ。
現状ではもとの世界への帰還こそ、至難の技だ。
まずはこちらで生きる為の基盤を確保する。
最優先目標はそれだろう。それ以上先のことは考えても仕方ない。
――未練があるとしたら、おっぱい……いや、来美だよなぁ……。
実際のところ、俺は来美が気に入っていた。
ハナには「好きでもない」とか言われてしまったけど。
確かに、最初はそうだった。
来美の色香にはやられていたが、ただそれだけだった。
だけどあのポルターガイストを経て、俺は彼女がどんな娘かを知った。
翌朝に再会できていたなら、俺は来美と長い話をしたはずだ。
きっと俺達には共通項がたくさんあった。
俺達にはその先に続く未来だって、きっとあっただろう。
来美は、あの世界において俺のたった一人の理解者になりえる女性だった。
なにもかもが、落ち着いたなら。
少なくとも来美にはメッセージを送りたかった。
俺のことは心配しなくて大丈夫だと、伝えたかった。
スマホを使えるようにするには、世界の再接続が必要だ。
条件さえ整えれば、カガシに頼めるだろう。
もちろん儀式の実行は大変なことだろうが、俺自体を送り返すよりは楽なはずだ。
ただこれはあくまで副次的な目標だ。
帰らないのであれば、禁域奪還は必須ではない。
神尊達に恩を売り、来美への連絡手段を得る為に行うだけだ。
リスクに見合わないようなら、強行する意味はない。
最悪、パダニ窟からの脱出さえ果たせればいい。
どこかへ身を隠し、戦争からは距離を置くのだ。
俺達は禁域で兵士達とやり合ってしまったが、あの混乱だ。
連邦には俺達を指名手配するほどの情報はないはずだ。
あてがないのは不安だが……いや、俺は一人ではない。
ハナとアカツキ。彼女達と一緒なら、なんとかなる。
霊獄機だってあるんだし、山中に隠れ住むことは可能だ。
そしてほとぼりがさめたら、人里へ降りればいい。
――よし、そうだ。これで色々明確になったぞ。
静かに浮かび上がり、息をつぐ。
もう、迷いはない。
もちろん来美との『続き』がなくなってしまうのは、極めて残念だが……。
うむ、まじで残念だ。
実に残念すぎる。
来美のおっぱいはある意味、一つの頂点を極めている。
でかいだけじゃない。
形がほどほどに崩れていて、ものすごくエロいのだ。
ああ、まざまざと脳裏をよぎる、まさに絶妙なバランス。
シリコンでは決して真似のできない自然な美味しさ。
眺めてよし、揉んでよし、挟んでよしの至高の一品。
ナチュラル志向で意識高い系のお客様にもおすすめのオーガニックおっぱいと言えよう!
まさにレアもの。
いや、超レアだ。超々レアだ。SSRおっぱいなのだ。
むしろSSSSR位かも知れん。もう意味がわからないけど。
くっ……やはり惜しまれてならないぜ!
や、やっぱり帰ろうかなぁ?
そうだ、『続き』を済ませてから、こっちへ戻るってのはダメだろうか?
この世界で暮らすにしても、やり残しを片付けてですね――
いかん、全然迷いが断ち切れてないじゃないか。
俺はまた温泉にもぐった。
――いい加減にしろ。そんな都合のいい話があるものか!
日帰りパック旅行じゃないんだから、異世界と気楽に行き来できるわけがない。
第一やるだけやってさよならじゃ、来美に失礼すぎるだろ!!
むろん、彼女をこっちへ連れて来るなんてもっとあり得ない。
来美にはちゃんとご両親がいる。
霊感のことは知らないだろうが、友達だってたくさんいる。
あの子はきちんともとの世界に順応していた。
社会の中に居場所を持っていた。
万が一、本人が望んだとしても、俺なんかにつき合わせていいはずがない。
俺はお湯を跳ね飛ばし、勢いよく立ち上がった。
まったく、我ながらろくでもない思考に堕ちてしまったものだ。
だけどまあ、妄想位なら許して欲しいよ。
来美のおっぱいは、その位にエクセレントな逸品だったのだから。
――おや? ふむふむ。
なるほど。
よくよく眺めてみれば、リーファの魅力も来美に匹敵するな。
暗がりに映える真っ白な裸身と柔らかそうなおっぱいが――
「え……えっ?」
「――あれ?」
何故か俺の目の前には、素っ裸のリーファがいた。
いや、何故かじゃない。ここが温泉だからだ。
温泉、入る、裸ヨ、当たり前ネ!
いかん、思考回路が怪しげな片言になっている。
一方、俺のしかるべき部分は、直前の妄想によってしかるべき状態になっていた。
ぶっちゃけ――いや、やめておこう。
何事も守るべきラインがあるのだ。レーティングとか。
だがこう無遠慮に鎌首をぴくぴくさせていては、収まるものも収まらないぞ。
ああ、どうしてお前はいつだってスタンバイミーなのだ!?
うん、わかっているよ。
意味が全然違うし、今それどころじゃないってことくらいは。
早く前を隠すなり、目を逸らすなりしないと、まずいってことくらいは。
こんな風にいきなり湯から飛び出てくれば、まるきりの変態だってことくらいは。
結果、問答無用でぶん殴られてもやむなしってことくらいは。
ちゃんとわかっているのだ、俺にだって。
わかっているのだが、近寄りがたい印象だったリーファの美貌が、
歳相応にうろたえ、赤らんでいく様は――
ああ、不謹慎とでもセクハラ野郎とでも呼ぶがいい――とても可愛らしくて、目が離せない。
俺はこの時、初めて意識した。
彼女は『謎の射手』でも『母さんに似ている娘』でも『すごい巫女』でもない。
リーファは等身大の女の子なんだ、と。
で、そういう娘の前に俺は大変まずい姿をさらしているわけで。
「ご、ごっ、ごめ……おわっ!!」
「あ、わ、きゃあっ!?」
俺達は同時に飛び下がろうとし、足を取られて同時にすっ転んだ。
だばだばあんっ、と水音が重なる。
「ぶはっ!」
「う……けほっ、けほっ!」
俺は慌てて身体を起こした。
リーファはお湯が気管に入ったのか、咳き込んでいる。
「だ、大丈夫か!?」
駆け寄って背中をさすろうとしたが、相手は裸の女子だ。
無闇に触るわけにもいかない。
手をこまねいていると、リーファはこちらに顔を向け――
「――っ!!」
息を飲み、すごい勢いで目を逸らした。
見れば、俺のしかるべき部分はまだちゃっかりと天を仰いでいるではないか。
「ご、ごめんっ!」
さぶん、とお湯の中へ座りこみ、しかるべき部分の隠ぺいをはかる。
結局、俺とリーファと背中合わせに座る形となった。
なんでここにリーファがいるんだ?
いや、おかしくはないのか。
リーファはずっと寝ていたのだ。
妙な時間に目覚めてしまい、お湯につかりに来た――
たぶん、そんなとこだろう。
「……」
「……」
うーむ、まいったな。
俺史上、ここまで居たたまれない空気は初めてだぜ。
もう乾いた笑いしか出てこない感じだ。
キャー、変態っ!! 的な展開になっていないだけでも僥倖だろう。
もはや全面退却以外の選択肢は、事実上ない。
腰を上げて立ち去るべきだ、早急に。
「あの……ありがとうございました」
「――えっ?」思わず聞き返す俺。
なんで礼を言われるのだ?
いいモノ見ちゃった! とか、そういう意味だろうか。
いやいや、んなわけあるか。
「婆様……ヒャクソ様を助けて頂いて」
「ああ――いや、違うよ。あれは自分達が助かる為にしただけだ。
それに実際にヒャクソ婆を助けたのは、リーファじゃないか」
「巫女としてすべきことをしただけです。
それもあなた達の助力がなければ、到底無理でした」
確かにハナは時間を稼ぎ、アカツキは弓矢を作った。
なにもしてないのは、俺だけか。
「カガシから聞いたよ。今までも君がヒャクソ婆の穢れを祓って来たって」
「はい。それが務めですから」
アカツキの見解が正しいなら、それは己の身を削るのと同じはずだ。
「君がやらなきゃ、いけないことなのか?」
「わたしがしたいのです。
巫女としての役割もそうですが、わたしはヒャクソ様の孫子ですから」
リーファの生家、レンス家は古くからパダニ族と誼を結んでいたそうだ。
目指すは神尊と人の共存共栄――
その為には互いをよく知る必要がある。
故にレンス家は跡取りになる者を一定期間、パダニ族へ遣わす習わしがあったらしい。
「わたしは四歳から七歳まで禁域で暮らしたのです。一族の方々にはよくして頂きました」
「でも君は――連邦の代官でもあるんだろ?」
「ええ、もうすぐ解任されるようですが。
それでも、わたしは所領の民に対する責任があります」
苦い声でリーファは言った。
イルカのことを思い出しているのだろう。
「別に、君が全部抱え込む必要はないじゃないか。ご両親は――」
「父母は戦犯として投獄されているのです。レンス家の惣領はわたしですから、わたしがしないと」
おいおい、なんだそりゃ。
巫女としてヒャクソ婆の穢れを祓う。
惣領として所領の民を取りまとめる。
連邦の代官として総督とやらの命令を実行する。
その全部を一人でやっていたのか。
「さすがに無茶がすぎるよ。そんなの、無理だろ」
「わかっています。ですが――それがわたしのなすべきことなのです」
ぴんと張りつめた凛々しい声。
気高くはあるが、気負い過ぎている。
どれ一つとっても、彼女の背には大きすぎる責任だ。
俺と同世代――まだ十代半ばの子供なのだから。
おまけにそれぞれの立場が異なっている。
これではリーファは誰の為に、なにを優先して働けばいいのか、わからない。
あちこちで矛盾を抱え、神経をすり減らしてしまうはずだ。
「ああ、そっか。そういうことか……」
「なんでしょうか?」
お湯がふわりと動く。
リーファが身動ぎしたようだ。
「君はもうヒャクソ婆の孫子じゃない。だから……」
「あなたは……っ! わたしと婆様は、もう無関係だと言いたいのですかっ!!」
怒鳴りつけられ、俺は思わず振り向いてしまう。
リーファは立ち上がっており、こちらをにらみつけている。
もちろん、裸のままで。
滑らかな肌をお湯が滑り下りていく。
意外とある胸に沿って曲がり、薄いかげりから滴り落ちてーー
「あ――っ!!」
勢いをつけてリーファは再びしゃがみこんだ。
ざばぁん、と盛大な水音。
完全に固まっていた俺の顔面に、飛沫が降りかかる。
リーファは胎児のように身体を丸め、なかばお湯に沈んでいた。
耳たぶが痛々しいくらいに赤く染まっている。
俺は慌てて目を逸らした。
き、気まずい。死ぬほど気まずいぞ。
相手が来美だったら大興奮でかぶりつくし、ハナだったらからかってやるのだが――
リーファに対しては何故だか、そんな風にはなれないのだった。
ご愛読ありがとうございます!
次回更新は3/11(月)の夕方~夜頃になる予定です。
よろしくお願いいたします~。





