第一話 ××がなければお化けで作ればいいじゃない
週一更新に切り替わっての初回です。
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ハナはさらに後退しようとした。
しかしムカデは間髪入れず、凄まじい勢いで突進して来る。
――無理だ。
俺とアカツキを抱えたままでは、到底逃れられない。
それは間違えようのない、実感だった。
ムカデの顎は、もうすぐそこまで――
「ほいさっ!」
気の抜けたかけ声と浮遊感。
視界がまわる。
何故か俺達は、漆黒の岩盤を走っていた。
というか、ここは――ムカデの背中の上じゃないか!?
どうやらハナは、ぎりぎりまで相手を引きつけ、喰いつかれる瞬間にかわして背中へ飛び乗ったらしい。
揺れはするが足場は固そうで、ハナは猛烈な勢いで駆けた。
「ぐ……っ!?」
なんだ、これは?
ムカデの体表には黒々としたもやがまとわりついていた。
もやを突き抜ける度に、生命力がごりごりと削り取られてしまう。
ここにいては、まずい。
ハナもそう思ったのだろう、大きく跳躍してムカデの背から降りた。
後ろを振り返ると、ちょうどムカデが鎌首をこちらへ向けたところだった。
爛々と赤く光る目が発する、強烈な怨念。
「ギィィィィシャァァァァーーーッ!!」
身体の芯がびりびりと震えた。
総量が認識できないほどの膨大な恨みが渦巻き、山積しているのを感じる。
この怨念は一人二人を殺した程度では、到底晴れない。
数千、数万――いや、一国を滅ぼしてもまだ足りないだろう。
ムカデは何本もの霊尖角を生やしている。
つまり神尊であることは、間違いないはずだ。
しかし巨大な身体を覆う、この禍々しさはなんなのか。
「ぶち切れてますねぇ、おばーちゃん」
「――なに?」
「おばーちゃんなんですよ、あのムカデさん」
「ヒャクソ婆だって? あれが……!?」
おいおいおい、まじかよ?
だが、言われてみればどこか納得できるものがあった。
ヒャクソ婆の眉間に常に刻まれていた、深い皺。
あれは己がこうなってしまうことを、必死に押さえこんでいた代償なのかも知れない。
しかし、これは――どうすればいいんだ?
ギギギ……と、牙を軋らせ、ムカデはこちらを威嚇している。
ただ大きかっただけのヒルコとはわけが違う。
こいつは強力な顎と鉄のように頑丈な表皮を併せもっている。
間違いなく霊術も使えるだろう。
いくらなんでも正面から打倒できるとは思えない。
たとえ霊獄機に乗っていても、対抗できる気がしなかった。
俺とアカツキを地面に下ろすと、ハナはにこっと笑った。
「アカツキ、タケル様をお願いしますね」
「ば――」
開きかけたアカツキの唇を、ハナは人差し指でそっと押さえた。
「五分です。五分なら時間を稼げます。その間に逃げるんですよ、できるだけ遠く」
「無茶言うな! あんな怪物相手になにができるんだ!」
ハナはゆっくりと――悲しそう、とも思えるような静かさでかぶりを振った。
「おばーちゃんです、タケル様。あれは、あんな有様になっちゃってますけど、おばーちゃんなんですよ。あれでも」
そう言われても、にわかには実感できない。
確かにこのムカデに変化する前はヒャクソ婆だったのだろう。
だけど、今はもう違うじゃないか。
「落ち着いてゆっくり下がってください。もしかすると戦わずに済むかも知れません」
そんなはずがない。姿形の問題ではないのだ。
俺にははっきりと伝わって来ている。
溶岩のように煮えたぎり、猛烈な腐臭を放つ、誰見境のない悪意が。
だから、あの怪物はもうすぐにでも襲いかかって来るはずだ。
すぐにも。
今にも。
だけど……どうして、まだなんだ?
ゆらりゆらりと鎌首を揺らしながら、俺達を睥睨するムカデ。
俺は唐突に理解した。
そうか、これは……威嚇ではないのか。
肉食獣が獲物を捕らえる時、威嚇はしない。
彼我の力の差が歴然としている場合、そんな必要はないのだ。
ただ襲いかかり、組み伏せればいいだけだ。
生きながら魂までもが爛れ腐り落ちるような、恐ろしい痛み。
猛烈な苦痛に耐えながら、ムカデは悪意の発露――攻撃衝動を堪えているのだ。
「婆様ーっ!」
空間を切り裂くように響く、鮮烈な声。
俺達が目指していた通路の出口から走り出てきたのは、リーファだった。
「婆様、婆様っ! どうか御静まりください!」
必死の面持ちで叫びつつ、リーファはこちらへ走り寄ってくる。
ハナは舌打ちした。
「あー、もう。余計な刺激を……!」
確かにリーファの出現は微妙な均衡を崩してしまったようだ。
身動きこそ抑えているものの、ムカデの霊尖角から霊気が放出された。
霊気が形成したのは、火球だった。
直径三メートルほどもある火球は、同時に八つも出現する。
「おい、まずい――」
むんず、とハナに襟首をつかまれ、俺はいきなり投げ飛ばされた。
空中でかっと背中が熱くなり、爆発音が鼓膜を震わせる。
地面に激突する寸前、駆けこんできたアカツキが俺を受け止めてくれた。
「大丈夫、タケル!?」
「あ、ああ。ハナの奴は……?」
見れば、ハナは激しく回避機動を行っていた。
彼女を追って次々と火球が降り注ぐ。
着弾する度に、三十メートルは離れている俺達にも熱波が押し寄せて来た。
さすがのハナも反撃に転じることができないようだ。
ムカデの方も堰を切ってしまった攻撃衝動を押さえられはしないだろう。
ほどなく身に纏った怨念に身を任せ、全能力をもってハナを襲うに違いない。
「くそ、なんとか助けてやることはできないのか? 霊獄機は――」
「ダメよ、アレの下敷きになっている」
ぐるりと空洞を覆い、うねうねと伸びているムカデの胴体。
無数にある足が無人の霊獄機を踏み締めていた。
「あそこまで行けば、起動できるか?」
「……無理ね。損傷しているから、修理しないとまともに動かせない」
境界炉が動いていない以上、霊力による機体の強化も行われない。
霊獄機は完全に無防備な状態で、この巨大なムカデに踏まれたのだ。
いかに頑丈でも、壊れてしまうのは当然だった。
「カガシ達は?」
「ここからでは視認できない。たぶん、固まってとぐろの内側にいるんじゃないかしら」
――我らは常に大主様と共にある。そう、いかなる時もです。
カガシの言葉が脳裏をよぎった。
もちろん、むざむざ被害を大きくするような真似はしないだろう。
だが、ヒャクソ婆を害してまで生き延びるつもりもないはずだ。
神尊達はあてにできない。
俺自身の身体も回復していない。
霊獄機も動かない。
つまり、打つ手はもうないじゃないか。
ハナの言う通りだ。
ここに至っては、逃走だけが唯一実行可能な選択肢ではないのか。
「婆様、御一族が巻き添えになります! どうか、どうか!!」
決死の覚悟なのだろう、走って来たリーファはハナの前に出ようとした。
「ったく――邪魔ですっ!!」
リーファの肩をつかんで引き止めると、ハナはそのまま彼女を放り投げた。
着地など一切考慮していない、ぞんざいな投擲だ。
「馬鹿たぬきっ! あれじゃ、助けたことにならないわ!」
受け止めようと、アカツキが駆け出そうとする。
ところがリーファは空中で身をひねり、手足をたたんでくるりと回転。
最後は勢いあまってたたらを踏んだものの、無事に着地した。
「すごい……!」
アカツキの素直な感嘆。
もちろん、重力を無視したかのようなハナの動きには及ばない。
しかし、リーファの身体能力はまるで器械体操の選手のようだった。
思わず見とれた俺達の前をリーファは走り抜けようとする。
アカツキが慌てて引き止めた。
「ちょっと、待ちなさい! あなたが行ってもどうしようもないでしょう!」
「邪魔をしないで! 早く穢れを祓わなければ、ヒャクソ様と御一族が……っ!」
「そっちこそ、わきまえなさい! たぬきの邪魔になるって言ってるのよ!」
体格はアカツキがずっと小さいが、ベースの膂力が違う。
リーファはしがみつくアカツキを振り払えずにいた。
「いや、ちょっと待てよ。穢れを祓うだって?」
俺はもみ合う二人に割って入った。
そう言えば、ヒャクソ婆はリーファを巫女と呼んでいたな。
穢れ……あの、黒いもやのことか。
「そうです! ヒャクソ様を正気に戻すには、それしかないのです!!」
「君にはそれができる?」
「できます! ――弓と矢があれば、ですが……」
悔しげに唇を噛むリーファ。
彼女の弓矢は捕らえられた時に神尊達に取り上げられている。
たぶん、建物と一緒に燃えてしまっただろう。
呆れたようにアカツキがたしなめる。
「なら、今はできないじゃない! まったく、無謀はやめて欲しいわね!」
「あれば、できるんだな?」
俺が問い直すと、リーファはうなずいた。
「ちょっとタケル。なにを――」
「アカツキ、霊体で弓矢は作れるか? 霊獄機は動かせないけど……」
戸惑ったようにアカツキは応じる。
「それは……作るだけならたぶん。けど、材料がないわ。私達に協力的で、霊塊の結合も緩んでいる霊じゃないと組み替えはできない!」
それだけ聞けば充分だ。
俺は強く念じながら叫んだ。
「ハナ、来いーっ!!」
章題が全然思いつかなくてかなり苦し紛れですw
執筆の進み具合にもよりますが、次回更新は2/11(月)の夕方~夜頃となる見込みです。
また来週も読んで頂ければうれしいです!





