第二十六話 自分、ワルなので
口ぶりからしてハナは相当に自信があるらしい。
こと戦いに関しては、彼女の判断に間違いはないだろう。
俺はふと気になり、女の子に呼びかけた。
「君は大丈夫か? 俺達はヒルコとやり合うつもりだけど、君とヒルコは――もとは同じものなんだろう?」
『――。――、――』
大丈夫。私は私、か。
言われてみれば、確かに今さらだな。
この子を信頼しなければ、霊獄機を動かすことさえできないのだ。
まずは刀を抜いてみよう――と思った時には、もう刃は鞘走っていた。
思考と操作が直結しているかのようだ。
虚空にうっすらと軌跡が見える。
どう振ればよいのかを、ハナが教えてくれているらしい。
俺はただ軌跡を刃で確実になぞればよかった。
一呼吸する前に四度の斬撃。
刀はずっしりと重いのに、まるで羽のように軽く動かせる。
霊獄機を包んでいたヒルコ達は魂消るような絶叫を上げた。
びりびりと機体までもが振動する。
脳髄をかき回されるような苦痛と恐怖がわき起こる。
俺は歯を食いしばって耐えた。
「――っ!? こりゃ、ハナの咆哮みたいだぞ……!」
似たもの扱いが不服だったのか、ハナは口を尖らせた。
『失礼な、わたくしの声はもっとキュートなのです! まあ、狂うんですけどね』
どっちにせよ、はた迷惑な技であることには変わりない。
叫んだあと、墨を混ぜたように体色が濁り、ヒルコはどろどろと腐り落ちてしまった。
ヒルコの中からようやく解放され、俺はほっとした。
『大丈夫ですか、タケル様?』
「ああ、あの声はちょっとしんどかったけどな」
体感的にハナの咆哮よりも、ヒルコの絶叫の方がきつかった。
霊獄機の中にいるのに、相当なダメージを被ったのだ。
もし直に聞いたら、耐性があってもやばいかも知れないな。
つーか、あんな強烈な断末魔は、霊獄機ごしでもできるだけ聞きたくない。
俺はにじりよるヒルコ共を牽制しつつ、逃走経路を探った。
霊獄機さえあれば、でかいだけの連中に遅れをとるとは思えない。
しかし、無理に殲滅するよりもここは逃げるべきだろう。
『――、――。――!』
「小型タイプの群れ? そんなもの、どこに……って、うおおおおっ⁉︎」
いつの間に押し寄せていたのか。
洞窟の天井や壁は、小型ヒルコの群れでびっしりと埋め尽くされていた。
『こいつらの気配だったんですね、近づいてきていたの』
「もっと早く言ってくれよ……やばいだろ、これ」
思わず声をひそめてしまう。
下手に刺激して一斉に飛び掛ってこられたら、避けようがない。
霊獄機をゆっくり後退させる。
小型ヒルコもぞろぞろとついてくる。
『む、ハナはちゃんと様子がおかしいって言いましたよ? あの子が脱線させるから、余計な時間がかかったのです』
小型ヒルコ達はおおむね、蜘蛛と蟷螂を混ぜ合わせたようなフォルムだった。
両手は鎌でなく、槍のように長く伸びており、先端が鋭く尖っていた。
さらに体表は固そうな甲皮に覆われている。
なによりも、これまでのヒルコとは速さが段違いだ。
滑らかな動きでするすると走り、どこにでもつかまることができるようだ。
おまけに小型と言ってもそれは今まで見ていたヒルコとの比較であって、サイズ的には霊獄機と同等。いかにも手ごわそうな連中だった。
そうこうしている間に、霊獄機は広い空洞に出てしまった。
『タケル様、ここは不利ですよ。相手は四方八方から襲ってこれちゃいます』
ハナの言う通りなのだが、考えをまとめる猶予はなかった。
頃合よしとみたか、小型ヒルコ達が戦端を切ったのだ。
素早く駆け寄り、槍状の腕を突き出してくる。
基本的に単調な攻撃でさばきやすいのだが、なにしろ相手が多い。
俺はひたすら回避に専念した。
スポーツチャンバラをかじった程度の俺に、迎撃なんてとても無理だ。
「ぐっ……! くそっ、このぉっ‼︎」
急激な加減速に目がくらむ。
俺は舌打ちし、毒づいて己を鼓舞した。
たった今まで霊獄機がいた場所にいくつもの穂先が突き刺さる。
アレをまともに喰らい続けてはダメだ。それは疑う余地のない、直感だった。
「か、数が多すぎるぞ、これ! ヒキョーじゃねぇか!」
『なに言ってるんですか。タケル様なんて、最初から最強アイテムの『ハナのつるぎ』を装備してるんですよ。チートですよ、チート。BANされちゃいますよ』
小型ヒルコに霊獄機は完全に包囲されてしまった。
遠い間合いにいた一体が大きなモーションで槍を突きだすと、数メートルも腕が伸びた。
胸部をかすめた穂先が装甲をこすり、青白い火花が上がった。
「あぶねぇ、伸びやがったぞ!」
『ほほう。槍にしてはちょっと短いと思ったんですが、工夫してますねぇ、それなりに』
必死に操縦する俺とは対照的に、ハナはどこか楽しそうだった。
「感心している、場合かっ!」
『落ち着いてください、タケル様。大丈夫です、ハナがお手伝いしますから』
軽やかな含み笑いが耳朶を打つ。
ふわりと背後から抱き締められるような感触がした。
――そうか。俺は一人ではないのだ。
ハナはすぐ傍に寄り添っている。
俺達はなかば重なってしまうほど、ぴったりとくっついているのだ。
『じゃあ、タケル様。征きましょうか!』
ハナの指示は明快だった。
『攻撃、開始っ!』
円を描くように大きく刀を振ると、包囲に一瞬の隙ができた。
機を逃さず、俺は霊獄機を群れのど真ん中に向けて突進させた。
回避行動から一転しての積極攻勢だ。
『相手が多い時は絶対に受けに回っちゃ、ダメです。こっちからがんがん攻めましょう!』
突然の切替にヒルコ達は対応できていない。
俺はハナが示す軌跡に沿って、可能な限りの速さで刀を振った。
ヒルコ達は紙のように切り裂かれ、黒い腐汁と化していく。
サイズ的な問題なのか、最初に倒したヒルコと違って絶叫の影響は霊獄機の内側にはほぼ届かなかった。
『敵の身体に隠れ、盾として活用してください。はい、そっち。今度はこっちです』
ハナは俺の身体を軽く押し、誘導してくれた。
俺は相手の知覚外へ機体をもぐり込ませ、敵と敵の間に割り込み、適宜刀を振って片付ける。
『とにかく、動いて動いて! 片時も止まらず、どんどん場所を変えてください』
絶対に不可能な指示は飛んでこない。
代わりに、俺に達成できる本当にぎりぎりの速さと正確さが要求されていた。
霊力による自重軽減をしているとは言っても、霊獄機は大きく重い。
しかし指示に従って機動させると、機体は滑るようにステップを踏み、舞うように刃を振えるのだ。
それは、搭乗者に高い負荷がかかり続けると言うことでもある。
うめき声をもらしながら、俺は必死に操縦を続けた。
『休んじゃダメですよ、タケル様。永遠にお休みすることになりますよー』
ハナの過去は知らない。
だが、彼女に膨大な戦闘経験があるのは間違いなかった。
疲労の蓄積と比例して、俺は次第にハナの心に同調していった。
口頭の指示がなくても彼女の身体の動きが示すわずかな示唆で、次にすべき行動がわかるようになってきた。
一方のヒルコ達は、反射的な機動と攻撃を繰り返すばかり。
あれでは数の有利を生かせない。恐らく、統率者がいないのだ。
奴らは互いに激突し、闇雲な攻撃による同士討ちまで発生しているようだ。
それは霊獄機の縦横無尽な機動によるところが大きい。
地を駆け、壁を走り、天井を蹴って霊獄機はヒルコ達を翻弄し続けている。
おまけにすでに通り過ぎた場所や、そもそも通っていない辺りでも衝突が起きている。どうやら混乱と興奮が高まりすぎて、ヒルコ達は敵味方の認識すら怪しくなっているらしい。
『うふふふっ、イイ感じに煮詰まってきましたねーっ♪』
「楽し、そう、だな……お前っ」
めっちゃ、ハイになってらっしゃる。
こっちはもう、息も絶え絶えになってきているのに。
『そりゃあ、もう! 無様に自滅する連中を眺めるのって、すごい喜びを感じますぅ!! だって、あいつらの有様を見て下さいよ、タケル様。あははは、かっこ悪ぅーいっ!』
俺の方には笑う余裕などない。
霊獄機に吸われる生命力よりも先に、単純な体力と指示に従う集中力が尽きようとしているのだ。
『ああ、ここで声を使えたら面白くなるのに、残念ですねぇ……』
ハナの口調はしんみりとしており、後悔をにじませていた。
そうか……お前、本当に好きなんだな、敵を狂わせて同士討ちさせるの。
もしかして、禁域で無理をしたのはそのせいもあるのか。
「心根が、真っ黒なんだな、お前……」
『いやー、悪霊なのもので。えへへへへ』
せめてそこは否定しろよ。
まあ、いっそ清々しいほどの開き直りっぷりではある。
「でも、ヒ、ヒルコに、ハナの咆哮は……効かないだろっ、たぶん!」
『んー、ですね。あれは人間向けなので。しょーがないですねぇ』
やれやれと首を振るハナ。
ちょっとした違和感が頭をかすめたが、たまった疲労と緊張の底へ沈んでしまった。
『さてタケル様はもういっぱいいっぱいのようですね。そろそろお暇しましょうか』
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そして――予告ッ!!
次回『ATK全振り』 真のアタッカーにDEFはいらぬ!
明日、1/21の更新予定でございます。
お楽しみに!!





