第二十四話 パワー、それは力
――暗い。
さっきまでは苔や鉱脈のわずかな光があったのに、真っ暗になっている。
おまけにせまい。
身体中が圧迫されていて、ほとんど身動きが取れない。
自由になるのは、首から上だけ。
だが、視界はゼロ、音もしないのでは意味をなさなかった。
もしかして、俺は死んだのだろうか?
いや、違うよな。
空洞が崩れて生き埋めになった?
でも、土の中って感じじゃない。
狭苦しくはあるが、後頭部や背中には柔らかいものがあてがわれている。
間違っても石や土じゃないぞ、これ。
つまり、ここは――
『――? ――、――、――。』
闇の中から、あの子の声が聞こえた。
「ああ、気がついたよ。ここは……君の器? 霊獄機だって?」
どうやら俺は埋もれていたあの鎧――霊獄機の中にいるらしい。
しかし、彼女はどこから話しているのか?
どう考えたって、この中にそんな隙間があるとは思えない。
なのに、あの子の息遣いを感じる。
俺のすぐ傍にいるのだ。
そう、膝の上に乗っていると言ってもいい位に。
やはりこの子は普通ではない。
それは直接触れた上での確信だった。
怪物とこの子はきっと根源が同じだ。
霊獄機のことをこの子は器と呼んでいた。
つまり器を得たことで、彼女はしっかりした形と人格を持てた――怪物との違いはそれだけなんじゃないだろうか。
普通に考えれば、逃げの一手だ。
怪物達から逃げたように、この子からも逃げるべきなのだろう。
だけど、彼女はずっと待っていたのだ。
長い長い時間、深く暗い闇の底で。
誰かがくるのを、ただひたすらに待ち続けていた。
契約したことで、俺は明確に理解していた。
やはり、それはとても長い――途方もなく長い時間だったのだと。
俺はここへ誘いこまれたのだろうか?
たぶん、そうだ。
もしかして、最初から怪物共とグルなのか?
奴らはハナを、この子は俺を手に入れる――そんなたくらみだろうか。
その可能性もある。充分、ある。
「――だから、なんだって言うんだ」
こんな場所で、孤独だけを握り締めていた小さな手。
出会ってしまった以上、振り払うことなんかできない。
俺にはわかってしまったのだ。
これは世界のどこからも拒絶された、救いがたいほど孤立した魂だと。
俺自身、誰かの手をずっと求めていた。
誰かが俺の前に現われてくれることを、渇望していた。
だから、どんな形であれこの子がつながりを求めてくるなら、拒否しない。
どうせやろうとしたって、できないのだ。
色々不安はあるが、この際腹をくくるしかなかった。
それに彼女は俺の出した条件を飲んだ。きっと俺達を助けてくれるはずだ。
『――、――。――』
「古代の遺物……オーガスレイブはこれを真似たニセモノ? そうなのか」
霊獄機は極めて高度な技術で組み上げられた、一種の術具なんだそうだ。
戦争の際、罪人や奴隷を洗脳して霊獄機に放り込む。
あとは敵陣に突撃させて、燃料が尽きるか、撃破されるまで暴れさせる。
その力は凄まじく、搭乗者によっては一軍を蹴散らすことさえ可能だったらしい。
「でも、古代の遺物って割には綺麗だったけど……」
『――、――。――、――』
「君が? 自分で磨いてた? 狭いながらも楽しい我が家? な、なるほど」
家というにはあまりに手狭だが、本人が納得してたんだから、いいか。
『――、――。――。――、――』
「ただ、乗ったが最後、生命力を吸われ、最後は魂を喰われて……搭乗者は使い捨て!? おいおい、マジか!!」
つまり、霊獄機に搭乗すれば、待っているのは確実な死。
早い話が特攻兵器じゃないか。
「それじゃ全然助かってないだろ! ――え? 俺は大丈夫なの?」
『――、――。――、――、――、――。――、――』
彼女の話では、あらゆる生物は自然環境に循環する霊気をわずかながら吸収し、生命力に変換することができるそうだ。
つまり美しい自然の中で癒されたと思うのは、若干ではあるが、実際に生命力が増えているからなのだ。
生まれつき、俺はその能力が極めて高いらしい。神尊に近いほどに。
ただ、ハナ達に取り憑かれているせいで、生命力の消費も激しい。
燃費が悪いわけだ。
そしてもとの世界は、霊気自体が希薄だった。
だから霊気を吸収して生命力に変換することがほとんどできず、せっかくの能力も宝の持ち腐れ。
結果、俺は慢性疲労に陥っていた。
一方、この異世界はそこら中に霊気が満ちている。
生命力を消費しても補充が容易なので、元気一杯に過ごせている……
ということらしい。
思い返せば、召喚される少し前から俺の調子は妙によかった。
詳しいことはカガシに聞くべきだろうが、一連の出来事は召喚に先立ってふたつの世界がつながりを持ち、異世界から霊気が流入していたことが原因かも知れない。
それにしても、この女の子は本人以上に俺のことを深く理解しているようだ。
契約のおかげなんだろうが、個人情報保護とか――まあ、言うだけ無駄だよな。
それともものすごい細かい字でどこかに書いてあったのだろうか。
『――、――、――。――、――!』
「最初からこの世界に生まれていたら、俺はすごい術士になっていた? 術の根本になる霊気を周りからいくらでも集められるから……そ、そうか」
過去が変わるわけではないのだが、ちょっと気分のいい話だ。
もとの世界では、俺はなにをやってもすぐに疲れ、長続きしなかった。
他人から向けられるのは、精々あわれみの視線だけだったのだから。
「つまり、霊獄機に生命力を吸われても、霊気でどんどん補充できるから、魂を喰われはしないってことだな!」
『――、――?』
「おいおい、『まあ、たぶん』じゃ困るよ。って、おわっ!?」
急に身体が大きく揺さぶられた。
誰から外から叩いているのか、がんごんと打撃音が響く。
やかましくて仕方がない。
「くそ、あの怪物どもだな」
『――。――、――』
「そっか、あいつらは『ヒルコ』って言うのか」
『――?』
「ああ、頼むよ。やってくれ」
俺は霊獄機を始動するように頼んだ。
まだ不安はあるが、やってみないことには状況を打開できない。
機体の動かし方は――もう知っている。
意識が途切れている間に、例によって知識が叩き込まれたようだ。
うーん……これえらく便利だけど、大丈夫なのかな。
使いすぎて、脳細胞破壊銃的な効果が発揮されたりはしないですよね?
と、目前に淡く輝く術紋が現れた。
術紋は次々書き変わり、形状を確かめる暇もない。
だが、俺はその全てを把握していた。
軽い振動が起こり、俺から吸い上げられた生命力が機体の神経網へ浸透していく。
同時に、急激に肉体が拡張されたかのような感触が起きる。
俺の肌はざらざらした装甲になった。
胸から下は冷たく固い土くれに埋まっている――それはリアルな皮膚感覚だった。
なるほど。
もともと自分の力だから、機体と搭乗者の感覚を接続して、己と一体化しているかのようなフィードバックを得られるわけか。
霊獄機の背部に収められた境界炉の補機類が目覚めた。
炉心に詠唱ブロックが投入される。
刻まれた術紋が活性化し、自動詠唱を開始する。
第一節、詠唱開始……完了。
第二節、詠唱開始……完了。
最終節、詠唱開始……進行中……完了。
術式展開、問題なし。
穿孔術式、実行。
境界炉の中心に、極小の次元孔が形成された。
次元孔は世界の外へ開く扉だ。
そこからまったく異質のなにか――世界と世界の狭間に渦巻く根源霊素が流入した。
始動。
ごおん、と音がして炉が稼動した。
閉鎖弁が開き、なだれ込んだ根源霊素は触媒に触れて霊力に変換された。
発生した莫大な霊力が、機体のすみずみまで流し込まれていく。
構成部材の組成変化が進行。
装甲強度が跳ね上がる反面、質量はみるみる減少した。
実のところ、搭乗者の生命力は機体との接続のほか、次元穴を維持する施術の為だけに消費されている。霊獄機自体を駆動するのは、根源霊素から変換された霊力なのだ。
まあ、俺もさっき得たばかりの知識なので、知ったかもいいところなのだが。
視界が明滅し、俺は目をしばたいた。
瞼を開くと、目前にヒルコ達の青白い肉塊があった。
霊獄機の外部視覚に接続されたのだ。
手先を軽く動かす。
複雑な関節と装甲に覆われたごつい指は、自分の身体のように反応した。
力だ。
空恐ろしいほどの膨大なパワーが四肢に満ちて、弾けそうになっているのを感じた。
――よし、いける!!
俺は霊獄機を立ち上がらせた。
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そして――予告ッ!!
次回『くりくり ぽけら もっふもふ』 もっふもっふにしてやんよ~♪
明日、1/19の更新予定でございます。
お楽しみに!!





