第十六話 普通が一番
リーファが軍曹の前に立ちはだかった。
舌打ちして、軍曹は銃を下げた。
「なんですかね、代官殿?」
「止めてください、この人はまだなにも知らないっ!! 殺す意味なんてないでしょう!?」
「ありますとも。命令が下った以上、そいつの始末はもう任務なんですよ。軍人は任務を果たす。つまり、これは自分の仕事でしてね」
「抗議します! わたしは代官として――」
ため息をつくと、軍曹はいきなり平手打ちをした。
叩かれた勢いで身体が半回転し、リーファは尻もちをつく。
「調子に乗るな、クソ女。お前が命令できるのは、小鬼共だけだ。黙って見てろ」
軍曹は再び俺に向けて銃口を据えた。
「く――っ!!」
リーファは飛び起きると、俺に覆い被さってきた。
俺の頭を守るようにかき抱き、ぎゅっと身体を押しつけてくる。
「ごめんなさい……わたしには止められない。ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
もう、それしか言えないのか、リーファは何度も同じ謝罪を口にし続けた。
泣いているのだろう、水滴がぽたぽた落ちてくる。
このまま殺されるのか、俺?
母さんそっくりなこの娘と一緒に。
わけもわからず、異世界で。
まるで悪い冗談だ。
いや、冗談じゃない。
まったく、こんなのは冗談にもならない。
「軍曹、あの。どうしますか、これ」
「頭を使え、ナット坊や。順番にやればいいだけだ。まず女、次に男。簡単じゃないか」
「いや――待て、待てっ!! まだリーファ・レンスは代官、連邦の総督に任命された現地代官なんだぞ! ヴェイロン卿も彼女の始末までは命じていないはずだっ!」
リーファの身体で視界が覆われている俺には声しか聞こえないが、イルカが抗議しているらしい。
軍曹はせせら笑いを返した。
「命令したって誰も聞かない。あんたがさっき、自分でそう言ったんじゃないか」
「しかし、これは――」
「いいかね? この女は警告を無視し、連邦軍の任務を妨害している。現地代官が、己の立場もわきまえずにな。故に自分の権限で処分する。どうだ、明確だろ?」
「だ、だが……いや、待ってくれ! 彼女は」
「黙れ、小鬼めっ!!」
にぶい音とうめき声。
どうやら、イルカも殴り倒されてしまったようだ。
「よーし、ナット、やれ。一応、女の脇でも突いてみろ。それなら、しがみつけなくなるはずだ」
「はい、軍曹。ですが、腕や脇のあたりって太い血管がありますよ。結局、死んじまうんじゃ……」
「それならそれでいいさ。待てよ、誰か賭けるか? ナットが一撃で女を仕留めるか、もつか」
わっ、と周囲の兵士達が盛り上がった。
サプライズプレゼントをもらった子供達のように。
「タバコだ! 俺は半日分の配給を、もつ方に賭けるぜ!」
「じゃあ、俺は一撃にニ日分だ!」
おおっ、と笑い混じりのどよめきが起こる。
「やれるだろ、ナット! ぶっ刺して、ひねれば楽勝だって」
「いや、待ってください。もつってどの程度ですか、軍曹?」
「一分だな。一分で死ねば、一撃。それ以上ならもった、ってことにしよう」
「よっしゃ、自分が測ります。俺の懐中時計はいい品ですからね」
「おい、ホルテン。イカサマはするなよ? ちゃんと測るんだぞ」
「女の下で震えている腰抜けの方はどうする? 普通に殺るのか?」
「なに言ってやがる。もっと遊べるだろ」
兵士達は和気あいあいと話に花を咲かせている。
俺は強烈なショックを受けた。
なんだ、これは。
本気なのか、こいつら。
どうしてこんなことで楽しそうにできるんだ。
それこそ、こんなことをする理由はないはずだ。
俺を殺すのが任務なら、ただそうすればいいだけじゃないか。
楽しむ必要がどこにある? どうして楽しめるんだ?
退屈な日常のちょっとした気晴らし。
俺とリーファの命を、そんな風にもてあそぶなんて。
こいつらは人間じゃないのか。こいつらは――バケモノなのか?
――ちがいますよ。なに言ってんですか、もー。
どういうことだ?
――人間だからですよ。人間だからこうなんです。
だって、こんなのは普通じゃない。
こんなの、許されるはずがないだろう。
人間じゃなくて、バケモノじゃなきゃ――
――戦だからですよ。戦だと、人間は普通、こうします。
嘘だろ?
戦争だから、これでいい?
これが普通なのか?
――人間で、戦争で、彼らが勝った。だから、こうなる。それだけですよ。
俺はゆっくり身体を起こした。
リーファは引き止めようとしたが、俺は立ち上がった。
倒れているイルカが見える。
気絶しているらしく、ぴくりとも動かない。
卑劣な奴だが、あいつなりにリーファを案じたのだろう。
利益のために裏切りはしても、殺されるのは見すごせなかったのだ。
ずらりと居並ぶ兵士達。
俺は一人一人の顔を順番に見ていった。
伝わってくるのは、驚き、苛立ち、おびえ、興味、興奮、怒り。
なるほど、普通だ。
いまだに遠くから散発的な発砲音と獣じみた悲鳴が聞こえていた。
薄暗く煙った戦場で、兵士達は勝ち戦に酔いしれている。
ただ、それだけだった。
本当にそれだけなのだ。それだけで、人間はこうなるのだった。
「ナット。どうやらこの小僧は優先乗車券をお持ちらしい。順番を変えてやれ」
油断なく俺に銃を向けたまま、軍曹が言った。
「はい、軍曹」
まわりの兵士達は呪縛から解かれたようにはやし立てはじめた。
「ナット、まずはそいつで練習しろ!」
「喉を掻き切れ!」
「いや、心臓を突いてやれ!」
「腹をかっさばけ!」
「ナット、ナット、ナット!」
「おーい、しっかりしろ。顔がこわばってるぞ、ナット坊や!」
「まだ新兵だからな。よし、俺が手伝ってやるよ」
「なんだよ、じゃあ俺も。グリス、お前も一緒にやれよ」
「仕方ねぇな。まあ、いいや」
三人は着剣し、ナットと並ぶ。
彼らはお互いに仲間同士の微笑みを交わしあっていた。
ようみんな、調子はどうだ? 問題ない?
じゃあ、ちょっと楽しもうぜ――そう、まさにそんなノリだ。
俺を中心にして、兵士達は気楽な表情で半円状に整列した。
溶岩のように煮えたぎり、猛烈な腐臭を放つ、誰見境のない悪意が伝わってきた。
俺はそいつが放つ死の実感にがっちりと捕まれていた。
恐ろしい。やはり、死とは恐ろしく、おぞましく、無残なものだ。
恐怖で全身が硬直し、俺はもう指一本動かせない。
逃げ場はないのだ。最初から、どこにも。
ぞくぞくっと凍えるような悪寒が走り、鳥肌が立ってしまう。
「おい、こいつ青ざめて震えているぜ。やっぱり腰抜けだ!」
今笑ったのはホルテン君かな。
ナットと違ってお前は本当の兵士。修羅場をくぐった経験があるわけだ。
お前達は一人前の男だ。腰抜けじゃないさ、もちろんだ。
ああ、でもこっちのことは心配するなよ。俺も大丈夫だぜ。
確かに怖いが、こういうのには慣れているから。
「こいつは小鬼と一緒なんでしょう。俺達みたいな男じゃないんですよ」
「言うじゃないか、ナット。なら、ちゃんとやってみせろ。きっちりな」
「大丈夫です、軍曹!」
おや? ナット、お前も緊張がほぐれたみたいだな。
よかったな、つき合いのいい仲間が沢山いて。
おまけに面倒見のいい上司もいる。
アットホームでフレンドリーな職場ってわけだ。実に素敵だね。
すっかりリラックスした調子でホルテン君が軍曹をうながす。
「んじゃ、号令をお願いできますか、軍曹」
「わかった、わかった」
だけどさ、ナット。
殺される方は、それじゃたまらないんだよ。
そんなんじゃ、お前ら。
「――剣、構え!!」
逆にぶち殺されても、文句は言えないぜ。
ご愛読ありがとうございました!
よろしければ、ブクマ、評価など、ぜひぜひお願い致します~。
そして――予告ッ!!
次回『現金払いでお願いします』 回転すし屋で稀によくあり、時にびびる。
明日、1/11の更新予定でございます。
お楽しみに!!





