第十話 なるほど、わからん
「タ、タケル様! 言い方、言い方ぁっ!」
ハナは俺とヒャクソ婆を交互に見やり、うろたえてしまっている。
俺が神尊を化け物呼ばわりしたから、ヒャクソ婆の怒りを買うのではと案じているのだろう。
だが当のヒャクソ婆はすっと目を細め、にやりと笑った。
くそ、見抜かれてやがる。
「呼び方は好きにするといい。異国人は我らを悪魔と呼ぶくらいだからね」
カガシも落ち着いて説明をつけくわえた。
「我々神尊はみな、ごく当たり前の生物から成ったのです。長い歳月を経た生命が霊的な進化を遂げて、次の段階へ進んだ状態と考えてください」
「まあ、神尊だけではないよ。この土地には数多の魔人、魔獣達がおる。それらはみな、わっしの同胞。同じパダニの眷属なんだよ」
「同胞? でも、全然違う種族みたいに聞こえますけど……」
俺が聞き返すと、ヒャクソ婆は面白そうに笑った。
「カガシが申したではないか。神尊とは特定の種を指す言葉ではないのさ」
「神尊はもちろん、神尊に至らぬ者もヒャクソ様が神領に迎え入れた者は、すべからく我らの同胞。パダニ族の一員なのです。人間も同じ国に住まう者は、人種が違っても同胞とするでしょう。それと同じですよ」
血族ではなく、国か。
なるほど、そう考えれば納得するな。
カガシの説明によると、動植物などの生き物から個別に成るのが神尊。
魔人、魔獣などは進化の過程で、種として霊力を高めていったもの。
精霊はまた別で、自然現象から生じた存在とのことだった。
うーむ、話だけだと実感はわかないが……。
要はフィクションの世界にしかいないような連中が、ごろごろしているってことだよな。
「ちなみに私は蛇――クロセカガシという蛇が百五十年ほど生きて、神尊に成った者です」
蛇か。確かにカガシの思慮深い雰囲気には合っている。
どうもこいつに口を挟まれると、こっちまでクールダウンしてしまう。
言葉の端々に誠実さを感じてしまい、むげにしにくいのだ。
教師とか参謀向きなんだろうな。
「つまりさ、今の人っぽい姿は仮で、本当の姿は蛇ってことか?」
「いいえ、どちらも私ですよ。無闇に本性をあらわにしないだけです。それは品がなく、時と場合によっては無礼にさえなる。ただ、どうやっても生来の資質は外見に出てしまうのですが」
石柱のところで見た連中から、バラバラの印象を受けた理由がわかった気がする。彼らも神尊であり、もとの種族の特徴が外見に現れていたのだろう。
「もしかして、パダニ族には人間もいるとか?」
言ったとたん、微妙な空気になってしまう。
うわ、地雷を踏んじまったか?
「いえ……人間は人間だけの国を作りますから。この地域は大小様々な島で構成されていますが、三百年ほど前からヤマタイという国が統一政権を立てています。
人間からしてみれば、彼らの国の中に我ら神尊の禁域が点在している、という認識でしょうね」
とりなすようにカガシが言う。
やっぱり、ちょっと取り扱い注意系の話だったようだ。
とりあえず、話題を変えておこう。
「ちなみに俺の世界では長く使われた道具には、魂が宿るって話があるけど……」
「面白い考え方ですね。ただ、こちらでは作られた道具が成ったという事例は聞きませんが」
うーむ、それはないのか。
まあ、ツクモ神とかも迷信の類だからな。
俺は矛先をヒャクソ婆に戻した。
「で、色々な神尊がいるけど、基本的に人間より頑丈で様々な能力を持っていると」
「そうさね。長く生きていればね、色々覚えるものだよ」
「そんなあなた方が、なんの用があって俺なんかを呼びつけたんです? 俺はただの学生――半人前の若造ですよ」
満足そうにヒャクソ婆は首肯した。
はいはい、説明の手間が省けてよかったですね。
簡単に相手の思惑に乗せられたくはないが、ここは連中の世界なのだ。
無闇にあらがっても、得るところは少ないだろう。
「助けて欲しいのさ、我らをね」ヒャクソ婆に続けてカガシも、
「我々はまさに存亡の危機にあるのです。君の力をぜひ貸して欲しいのですよ」
だよなぁ。
じゃなければ、こんな大仰な真似はしないだろう。
「ええと、世界を救うって奴ですか?」
「カカカカ! まさかのぅ。救うのは我が同胞だけで充分」とヒャクソ婆。
「なんで俺?」
カガシは軽く首を横に振った。
「いえ、こちらが選んだのではありません。君が我々の呼びかけに答えたのですよ」
「おいおい、そんな覚えはないぞ?」
「ああ――答えた、というよりは反応した、でしょうか。召喚に君の魂が呼応したのです。これは意識的な選択によるものではありません。君は」カガシは言葉を切り、
「どこかに行きたかったのではありませんか? それも切実に」
確かに俺は……もとの世界に居場所がなかった。
もっと俺がなじめる場所はどこかにないものかと、探し続けていた。
――だから、召喚された?
本当かも知れないけど、気に入らないなぁ。
なんだかそれじゃ、俺のせいみたいじゃないか。
「他の条件としては、多少は霊的な資質が必要になります。そうでなければ召喚の呼びかけ自体に気づけないですから」
「じゃあ、誰が来るのか、そっちでも全然わからなかったってことかよ」
「ありていに言えばそうですね」
なんだそりゃ、ひでぇガチャだな。
搾取系のスマホゲームでも、もうちょっとは親切だぞ。
「実際のところ、誰でもよいのです。神尊でなく、人間の協力者であれば誰でも」
出たカードがノーマルでもレアで構わないのかよ。
なんかそれって、レベルアップの餌に消費される雑魚カードの運命って気がする。
俺の気分はますます悪くなった。
「なら、ヤマタイだっけ? この国の人達に頼めばいいじゃないか」
「それは難しいでしょう。戦争がおき、ヤマタイは敗れてこの地はド・ディオン連邦に占領されています。
そして我々は、占領軍である連邦と敵対している。神尊の存在自体が、彼らの宗教観とそぐわないのです」
おいおい、占領軍だって?
そんな歴史の一ページ的な話をされても、場違い感が強まるばかりだ。
正直、これ以上巻きこまれたくないな……。
だが現状ではわけがわからないし、帰る手立てもまるでない。
とにかく情報が必要だ。
「現在、連邦はこの禁域があるパダニ窟を封印しています。封印は神尊の体内にある物質に強く反応する為、我々は外へ出ることができません。ですが、人間であれば問題なく出入りできます」
俺が聞く体勢になったのを察知したのか、カガシは詳しい説明をはじめた。
「君にはこの封印を解くための作業を手伝って欲しいのです。手立てはこうです。まず我々しか知らない抜け道から洞窟を出て、封印を通り抜けます」
言われて、ぽんと頭に抜け道からその先へ至る経路が浮かぶ。
まるでど忘れしていたことを思い出したかのようだ。
「連邦の歩哨を避けつつ、山を下り、ハドドの街へ入ります。北外れの崖へいくと、駐屯している航空艦群へ補給物資を送る桟橋があるはずです」
航空艦?
疑問がわくと同時に、俺はその姿を思い出した。
ううっ、やっぱ気持ち悪いぞ、これ。
巨大な、空に浮く鉄の船……それはまあ、言葉のイメージそのまんまだが。
大砲らしきものは一切ない代わりに、甲板の上に妙な構造物が林立している。
これは――この世界に来た時に見た石柱群に似ている気がするぞ。
「君に知ってもらったのは目標となる詠唱艦です。数百人の術士の霊力を艦上の物理法陣で増幅させ、人間の域をはるかに越えた強力な術を発動できるのです。
艦名はエクセター。連邦はこの艦から広域術を行使し、周辺の龍脈に打ち込んだ導術杭を経由して、パダニ窟全体を閉塞しているのです」
はあ、そうですか……としか言いようがない。
世界を救うほどではないにせよ、すげぇ大がかりな話じゃないの、これ?
「君にやって欲しいことは、詠唱艦エクセターへの補給物資の中に、これを紛れ込ませることです。すぐに使用されることのない、備蓄資材であれば一番いいでしょう」
カガシは真紅の玉を俺に手渡した。
サイズはゴルフボールくらいだろうか。
光を透過し、表面は綺麗に磨かれている。
よく見ると毛のように細かい紋様がびっしりと刻まれていた。
ふと嫌な予感がして、カガシを問いただす。
「まさかこれ、爆弾じゃないだろうな?」
「違いますよ、ご心配なく。我々はそうしたものは使いませんし、エクセターは巨艦です。人が運べるサイズの爆弾などでは小揺るぎもしない」
まあ、そりゃそうか。
よかった、文字通りの特攻野郎にされるかと思ったぜ。
「この紅玉はさきほど話した神尊の体内物質――霊核石を加工した術具です。今は休眠状態なので、紅玉を持っていても封印は反応しません」
いつの間にか、俺は授業よりも真面目にカガシの説明に耳をかたむけていた。
話の内容もあるが、つい聞き入ってしまういい声なのだ。
「紅玉は私と深いつながりがあり、依り代として機能します。無事艦内に持ち込まれたら、私は紅玉に意識を依り憑かせ、エクセターが展開している封印の術式を内側から解析します」
いくぶん、口調に熱がこもってきた。
無表情に見えて、カガシも封印に閉じ込められた状況に辟易しているのだろう。
「術式が解析できれば、パダニ窟の封印を解除できる。我々はこの牢獄から脱出できるのです!!」
「ほほう、なるほどね」
「わかってもらえましたか、タケル!」
「いや――さっぱり、わからん」
カガシは困惑したようだ。
「説明が足りませんでしたか? ド・ディオン連邦については――」
「いや、あんた達から見て悪い奴らなんだろ? それはそれでいいよ。別に俺には関係ないからさ。それはそれとして、だな」
ヒャクソ婆を見ながら、俺は断言した。
「話はわかったけど、全部あんた達の事情じゃないか。俺が手助けする理由がわからない、つーか、ないだろ。さっさと元の世界に帰してくれ」
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まだ話が途中だし……とか、まったく気にしなくて大丈夫デスヨ!
そして――予告ッ!!
次回『ハニトラを踏んで行こうぜ男道』 ハニートラップ! 変わるわよ?(人生が)
明日、1/5 21~22時頃の更新予定でございます。
お楽しみに!!





