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親愛なる貴方様へ。

作者: 高戸優

 これもきっと何かのきっかけだと思うので、記すことをお許しください。


 名前さえうまく覚えていない貴方様へ。今を生きる私より。






 貴方が生きていたのは私が幼かった時でした。幾つかと問われれば、覚えていないと答えましょう。とにかく幼い時でした、ぬいぐるみを抱いていた時でした。


 貴方の顔は覚えていません。貴方が親族において何処に位置するかも正直わかっていません。周囲に聞けと怒らないでください。貴方はご存知かもしれませんが、私の親族の経歴は何故かとても重いので聞くのがとても恐ろしいのです。


 でも、その中でも大きかった手はぼんやりと覚えています。頭を撫でてくれたことも、なんとなくですが覚えています。とても温かかった、心地が良いものでした。


 ふと思い出したように親族から出る話を聞けば、相当愛してくれたよう。聞く度に何故か泣きそうになって、顔を覚えていないのが申し訳なくなるのですから、きっと何処かでその愛を覚えているのでしょう。


 何故覚えていないのかは問わないでください、私にも理由はわかりません。何らかの理由で幼少期を切り捨ててしまったのでしょうか。


 ぼんやりと覚えているのは、頭を撫でてくれた手と、口に出し慣れた綽名。


 そして、貴方がいなくなった時。


 貴方に関する最後の記憶は、電話で誰かが貴方の死を告げられた時でした。


 その時私は、祖母の家でひとり遊びをしていたような気がします。


 目の前が真っ暗になったことは覚えています。でも、葬式に出たかは覚えていません。


 子どもに葬式は見せるなという家系ですから、参列していないのかもしれません。


 幼い私はちゃんとさよならを言えたのでしょうか。それとも、「死」というものを理解していなかったのでしょうか。


 何処か遠い国に行っただけ、何処かで会えると。そう思ってさよならを言っていないのでしょうか。


 でしたら今、さよならを改めて言いたいですが、今までのことを思い出すとまだここら辺にいそうな気がするので言わないでおくことにします。


 そう思ってしまうきっかけに至るまでの話に、ちょっとだけお付き合いください。





 貴方と同じ時間を生きていた私はもう十二支を一周し、四年後に出番を控えてしまうそんな歳になりました。背も手も足も図体も、必要以上に大きくなりました。頭は成長しているようで、していません。


 最後の学校に通わせて頂き、三年目を過ごしています。流れと言ったら怒られてしまいそうですが、なんだかいろんなことを任されて目を回すそんな日々です。そうそう。ちょっとあるものの治療中なのですが、幼い時にも一度経験したことなんですよ。その時貴方はいましたっけ、それさえ覚えていないのが本当に申し訳ないです。


 それでね、その学校に入学する前に起きた不思議な話。





 記憶力の悪さがここでも発揮されまして、その日の天気は覚えていません。当時家から一番近かった電気屋にて、入学祝いを探していた時の話です。


 その日探していた品は腕時計でした。ショーケースに入れられた品々は女性ものから男もの、アナログ盤からデジタル盤まで幅広く揃えられており、ここから連れ出す主を待ち望んでいるように見えました。


 元々女性らしいものが苦手な私が最初に向かったのは男性寄りのデザイン。どう見ても年頃の女の子が身に付けていそうなものではありません。年頃の娘なのにと呟かれてもやめなかった経緯から、私の苦手度を察してください。


 そんな中、ざっと見ていた時計の中でひとつだけやけに目を惹くものがありました。青くて数字がない文字盤に開いた規則的な隙間がささやかな星空のようで、だのに大きくて重い見た目からはスーツを着た男性が似合いそうな雰囲気を放っていました。文字盤をくりぬいた中には小さな文字盤が三つあり、時を示す針は計六本。この年端の娘が選ぶにはおかしなデザイン。


 それでも、私の目には何故かそれがやけに光って見えて、惹かれて仕方がなかったのです。


 母に言えば、あまりにも厳つすぎると苦言を零されました。父に言えば、自分の時計のデザインと似ている、女子が持つものじゃないと斬られました。そういうものが良ければこっちの方がいいんじゃない、と幾つも提案を受けました。


 何時もなら買ってくださる方の意向に沿うべしと勧められたものを選ぶ私ですが、珍しくそれでもこれがいいんだと年甲斐なく駄々を捏ねた結果、両親が折れてくれた安堵感は今でも覚えています。それほどに、この時計に惚れて惹かれていました。


 店員さんを呼びその時計を指した時、試着のために伸ばされた腕が父でなく私であったことに驚いていた気がします。ベルトと手首の大きすぎる隙間を見た店員さんの男性ものですから、という説明を受けている母はですよねと笑っていました。


 そんな空気感の中で得ていたのは妙な満足感。それは、願い通りの時計を得られたからだと思っていました。もしかしたら、それが正しいのかもしれませんが、次の言葉を得た私にはどうしても違う理由があったように思えて仕方がないのです。


 文字盤に記されたメーカー名を見た母の言葉。その会社は貴方が勤めていて大好きだった場所だという情報。時計なんて滅多に作っていない会社という話。


 何かが、合致したような気がしました。


 同時に、何かがこみ上げてきました。


 最高のお守りに出会えた、貴方との繋がりができた、そんなような気がしました。


 前述した様に、私は貴方をさして覚えていません。愛してくれて大切にしてくれていたのに、覚えていない薄情な人間です。ですから、貴方に見つけてもらえる、巡り合わせてもらえるような資格のない人間と思っておりました。


 だからでしょう。本当に、本当に嬉しいことだったんです。


 貴方が私を見つけてくれた。門出を祝う品、時を刻む品に現れてくれた。それがどうでもいい偶然であったとしても、貴方の意思が働いていたと信じ込んでしまいたいくらい。




 以来、私はこれ以外の腕時計を持っていません。これで充分と思っています。


 友人らに厳ついと言われても変えません。大切な道標と思っていますから。


 これ以上のものはないと、思っています。


 そんな、薄情な人間からの我儘を聞いてください。


 これからも、私の時を一番近くで刻んでください。





 ……なんてことを、随分と長々と書いてしまいました。此処で終わらせるのもひとつの手ですが、もう少し雑談を。


 一秒、一分、一時間、と刻んでいき人は一日を終えていきます。その刻みは人を成長させると同時に死に近づかせるものであり、生きている私はその刻みに乗っています。


 生きている者を進ませ、死した者へ近づかせる。この世にある何よりも、生に直結した存在であると思っています。


 なので、そのような存在に貴方が関わってくれたのが嬉しいのです。


 こう書くと死に急いでる感じがありますが、安心してください。生き辛い世の中とは思いますが、まだ生きる理由があるので死に急ぐつもりはありません。もう少し頑張りたいと思います。凡人は掻き消される世界でも、なんとか足掻いて生きた痕跡を残したいなと思っています。


 それらを成功させた上で寿命を全うし、そちらへ行きたいと思っています。


 なので、それまでお付き合いください。時間を無駄にしないよう、見張ってください。


 貴方を少しでも思い出して、向こうで見つけられるようにしますから。


 その時は、しっかりと対面していいですか。胸を張って会えるよう生き抜きますから、真正面に立ってもいいですか。


 その前にもし転生するならば、転生後の貴方とすれ違うことを願ってもいいですか。


 我儘でごめんなさい。薄情な癖に願ってしまいごめんなさい。


 ですが、この願いを手折る気は一生起きないと思うので、かつて可愛かった子の我儘と受容してくれたらと思います。


 それでは、今度こそ綴り終える準備を始めましょう。


 最後に記しておきたいことです。


 今日、きっかけがあるわけではなかったのに、やけに貴方を思い出していました。理由もわからず泣きそうになっていました。


 隠し通し我慢していた中で聞いた母と祖母の会話によると、今日は貴方の誕生日だそうですね。


 奇跡的な偶然でしょうか、何らかの力が働いたのでしょうか。


 後者であってほしいと、願っています。近くにいてくれていると、錯覚したいです。


 さて、こんな我儘な私から、名前さえうまく覚えていない貴方様へ。


 例え偶然であったとしても、また私と縁を持ってくださりありがとうございました。


 そして何回目かはわかりませんが、お誕生日おめでとうございます。


 今何処にいるかわかりませんが、そこで貴方なりに楽しく過ごすことが出来ますように。


 では、また明日。右手首でお会いしましょう。


馬鹿らしい偶然を無理やりつなげてしまっているとしても、嬉しいことってあるんです。

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