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魔法が解ける瞬間。

作者: Morperapple46

 地下アイドルの桃華は、プロデューサーからある日こう宣告された。

「次のライブでお客さんを100人集められなかったら、グループ解散だから。」

 その時、桃華の頭の中は真っ白になった。

 確かに、最近同じようなアイドルが増えてきて、集客に苦労しているところはあった。桃華の所属しているグループも、特別かわいい子がいるわけでも、特別歌のうまい子がいるわけでもない、どこにでもあるような地下アイドルだった。でも小さい頃からあこがれていたアイドルになれた充実感が、彼女たちを突き動かしていた。

 そして、運命のライブの日。

 ライブ自体は盛り上がったが、彼女たちは残酷な現実を目の当たりにする。

 観客87人…それが彼女たちに用意された答えだった。

 以前から予告されていた通り、桃華のいたグループは解散することになった。

 今後について、桃華は1週間悩み続けた。でもこれから一人で芸能人をやっていく気力も自信もなかった。

「田舎に帰ろう…」

 それが桃華の出した答えだった。

 そうと決まると、桃華は自分の部屋の掃除を始めた。部屋の中には、売れ残ったグッズや自主制作のCD、数少ないながらもらったファンレターや、ファンやメンバーと撮った写真などがたくさん出てきた。それを見ては思い出にふけりながら、鍵のついた箱にしまっていった。

 休憩中にスマホを見ていたら、あるニュースが表示された。

 それは一時代を築いた力士が引退し、断髪式をするというものであった。

「これだ!」

 そして彼女は友人の恵梨香に連絡を取った。

「うちらのグループが解散することになった。」

「うそー!桃華とかすごい頑張ってたのに。なんで?」

「ライブにお客さんを呼ぶことができなくて、プロデューサーに解散っていわれた。」

「お疲れさま。それでこれからどうするの?」

「田舎に帰ろうと思っている。それで部屋の掃除をしていたら、うちのグループのグッズとか、みんなと撮った写真とかが出てきて、懐かしかったなぁ・・・。それで、恵梨香にお願いがあるんだけど。」

「何?」

「髪を切って…」

 恵梨香は美容師だった。桃華はアイドル時代、腰まであるロングヘアのツインテールがトレードマークだった。それは桃華が恵梨香と一緒に作り上げたものだった。だからそれが終わる時も、恵梨香に切ってもらおうと思っていた。

「じゃぁ今度店に来る?」

「悪いんだけど、店にはいきたくない。私がアイドルでなくなる瞬間を、もしファンの人に見られたら嫌だから。うちに来て。」

「なるほど。でも、店にあるはさみとかは、店の外に持ち出せないけど、それでもいい?」

「うん。はさみならうちにもあるし。」

 恵梨香の仕事が休みの日に、彼女は適当な仕事道具を持って、桃華の家に行った。桃華は引っ越しの作業中のためジャージ姿で、髪は一つにまとめていた。

「どれぐらい切るの?」

「ショートにして。耳を出す勢いの。」

「思い切ったね。またなんで?」

「中途半端にツインテールのできる髪型にすると、なんかアイドルを引きずっているようで嫌だから。この際バッサリと。」

「じゃぁ最後のツインテールをやろうか。」

 といって、恵梨香は桃華の最後のツインテールを作り始めた。髪を結び終わって、自撮りで写真を撮った。すっぴんだし、もうきらびやかな衣装は着ていないけど、髪型だけはアイドル時代のままだった。

 撮影が終わると、恵梨香はツインテールを結んだゴムを外そうとした。

「ちょっと待って!」

「どうしたの?やっぱり切りたくなくなった?」

「そうじゃなくて、ツインテールを根元から切って、この袋に入れてほしいの。思い出の箱に入れるから。」

「でもここから切ると、上の方がすごく短くなってしまうから、ゴムを襟足のところまで下ろすね。」

そういって、恵梨香はゴムを襟足のところまで下ろし、少し根元から離した。

「じゃあ切るよ。」

 そう言って、恵梨香はそのゴムの上から、桃華の長い髪を切り落した。

 片方が終わると、次は反対側。太い束だったので時間はかかったが、丁寧に切り落とした。

「もうこれでツインテールはできないね。」

 切った髪はチャック付きのビニール袋に入れられ、思い出の箱の中に大切にしまわれた。

 ざんばらになった髪を整えると、桃華は襟足ぎりぎりのショートボブになっていた。

 髪を切り終わると、桃華は最後にカバンからあるものを取り出した。

 それは、アイドル時代、人前では外したことのなかったカラコンだった。もともと視力が悪く、本当はメガネが必要だったが、今までそれをコンタクトでごまかしていた。しかしアイドル引退を機に、カラコンを外し、メガネ姿になった。

 ちなみに「桃華」というのも芸名で、本名は「芳子」という。

 ショートカットにメガネ。すっぴんにジャージ。いくら売れなかったとはいえ、ちょっと前までこんな彼女がアイドルだったとはとても思えない、地味な印象の女性になっていた。でも芳子はどことなく清々しい気持ちになって、愛する故郷に帰っていった。


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