ショートショート004 計画主義者
一人の男がいた。
男は計画主義者だった。すべての物事は、完璧な計画を立てたうえで実行していた。計画書を作成し、検討し、悪い点は改め、といったことを繰り返し、納得のいく計画書を仕上げるのだ。
また、当然のことながら、男は実行主義者でもあった。そうでなければ、計画書の意味がない。
仕事は万事が順調だった。遅刻や欠勤をしたことも一度もなかった。それもそのはず、男は毎日のスケジュールも完璧に計画し、自分の行動を管理していた。計画書通りに行動するくせが身についていたから、何時に起き、何時に食べ、何時に用を足し、何時に家を出る、といったことを計画さえしておけば、遅刻などありえなかった。体調管理も万全なので、風邪ひとつひくこともなかった。
男の仕事ぶりに信頼を置いた上司は、男に様々な企画を任せたが、細かい情報を入手し、それをもとに完璧な計画書を作ったので、そのすべてが成功していた。
もちろん結婚もした。自分自身を客観的に分析し、問題なく結婚生活を送れるであろう相手を見きわめ、相手の理解も得ることができた。子供ももうけた。それらはすべて、計画通りのことだった。
男は、実績が会社に認められ、異例のスピードで出世していった。
しかし、どんな役職に就いても、男の仕事ぶりは変わらなかった。作成した計画書にもとづいて部下を指示し、利益を生み出し、会社に貢献した。
もちろんトラブルが起きることもあったが、そこは長年の計画経験から、すぐに頭の中に計画の構図が浮かび、それを実行した。入念な検討をする時間がないこともあったが、間違いはほとんどなく、あっても非常に小さな、簡単にカバーできる程度のミスで済んだ。
やがて男は、普通ならもう定年退職という年齢になった。
会社は男に「残ってほしい」と懇願した。これだけの実績を持つ人材に去られるのは、あまりに惜しかったからだ。
また、男も辞めたくはなかった。すでにのんびりとした老後を送ることができるだけの財産はあったが、退職すると、計画を立てて実行する機会が減ってしまう。それよりは、今の仕事を続け、計画を立て続けることのほうが、男にとってよっぽど魅力的だった。
しかし、やはり年をとると、体も弱ってくる。しだいに病気がちになり、ついに入院することになった。
いま死なれては困ると、会社も男の治療を精一杯サポートした。しかし、男は衰弱する一方だった。いわゆる、老衰というやつだ。こればかりはどうしようもなかった。
会社はあきらめ、病院もさじを投げた。
そしてついに……。
徐々に薄れていく意識の中で、男は考えていた。
「ああ、なんということだ。私としたことが、一生で最大の不覚。もう、私の考えている計画書は物置四つ分はあるというのに、すべて実行できなかった。計画を実行することは当然のことだと思い込んでいた。まさか、実行のための時間が足りなくなるとは……」
息を引き取る寸前、男は小さくつぶやいた。
「私は、なんと計画性のない男だ」