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4話「攻城戦」


アダムベルトは、必死に森の中を走っていた。のどはからからで、走る速度ももはや歩きよりも遅い状態であったが、それでも足を止めようとはしない。


「み、見えた……!」


 森の出口から、南砦が姿を表す。少し古いが石造りの頑丈な建物だ。ただ、設備が古いのでそこは兵士たちから不満が出ているが、今の彼には待ちわびた光景だ。

 森を抜けてから100メートルほどは平地だ。近づいた敵を見張り役が見つけやすいように木は全て抜いてある。そのため、見張りの兵士はいち早く彼を見つけることができた。


「何者だ! 止まれ!」

「あ、アダムベルトです! ギルベルト様とともに夕刻に出陣したアダムベルトです!」


 渇いた喉で大声を張り上げる。喉の奥がちりちりと痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。一刻も早く伝えなければならないことがある。


「アダムベルト……? ギルベルト様はどうした!?」

「反逆者に討たれた! 一刻を争うんだ、早くあけてくれ!」


 アダムベルトは焦りをにじませた声で叫ぶ。

 彼の目の前にあるのは、鋼鉄製の扉だ。全長、20メートルはあろうかという巨大な扉は鉄の加工に秀でているドワーフたちに作り出された特別な扉だ。大砲の直撃を受けても破壊されない。この扉がある限り、どんな反逆が起きても大丈夫だといわれている。


「ギルベルト様が討たれただと!?」


 見張りの兵士たちに動揺が走る。それほどまでに彼の言葉は衝撃的だった。


「も、門を開けろ! 一大事だ! 門に巻き込まれるなよ!」


 見張りの兵士の叫びにあわせて、鋼鉄の扉がゆっくりと動き出す。頑丈な鋼鉄製であるが歯車を使う機械によって20人がかりでようやく開くことができる。それでも、5分以上もかかるのが欠点といえば欠点だ。


「アダムベルト、いったいなにがあったのだ!」

「兵士長!」


 扉が開くのをやきもきしながら待っていた彼の前に最初に現れたのは、彼の直属の上司だ。アダムベルトら一般の兵士が着ている鎧よりも上等なものを着込んでいる。


「なにがあったのだ、ギルベルト様になにがあったのだ!」


 彼の上司も動揺を隠せないのか、自然と声が大きくなっている。アダムベルトは息を切らせながらも口を開く。


「それが……」


 だが、彼の言葉は耳元で響いたヒュンという小さな風切り音と、くぐもった声で遮られる。彼の目に飛び込んできたのは、兵士長の左目に深々と突き刺さった矢とそれを押さえる両手からこぼれる多量の鮮血。


「え、な、なにが……?」


 崩れ落ちていく兵士長を、アダムベルトは呆然と見つめることしかできなかった。だが、彼の混乱を後目に状況はさらに進んでいく。


 森から、一つの影が飛び出した。白馬にまたがる黄金の鎧とクジャクの羽を冠にした大男……呂布だ。手には斧と槍をミックスさせた独特の武器、”戟”を持ち、ただまっすぐに駆けてくる。


「て、敵兵!? いかん、門を閉めろ!」

「駄目です! 門の下に兵士長が!」


 見張りの兵士からの位置では門の真下は見えない。故に、倒れた兵士長の具合がわかるはずもなく、閉めるべきかどうかの判断が付かない。


 その一瞬が命取りになる。


 訓練された馬は200メートルを12秒ほどで走るという。森から砦の扉までは約100メートル。単純な計算で6秒もあればたどり着いてしまう。


(良き馬だ)


 呂布は心の中で満足そうにつぶやく。ギルベルトが使っていたものをそのまま使っただけだが、予想以上に力強く、そしてしなやかな走りをする。かつての愛馬ほどではないが、それでも高水準の名馬だ。


「行くぞ……我らの、この世界での初陣だ……!」


 押さえきれない高ぶりを滲ませた言葉に、白馬はいななきを持って答える。


「しゅ、守備兵! 門を封鎖しろ、敵兵を城内に入れるな!」


 もっとも早く冷静になった指揮官からの、ワンテンポ遅れての指示、だがそれでも訓練された兵士たちは素早く反応する。体を隠せるほどの大きい盾を持った兵士たちが横一列に並び、入り口を封鎖する。だが、呂布はスピードを落とさない、まるで体当たりをするかのようにスピードを増している。それを迎え討つように槍を構える守備兵たち。


「無駄だ」


 指揮官は呂布の姿を嘲笑する。どれほど馬が早かろうとも、守備兵は装備込みで100キロを超える。体当たりすればぶつかった兵士はただでは済まないだろうが、それは相手側も一緒だ。これで確実に止められる。

 考え方は間違ってはいない。装備を固めた兵士はまさに鉄の塊だ、正面からぶつかればただでは済まない。


 だが、そんなことは”呂布もわかっている”。


 スピードを緩めない呂布はトップスピードで守備兵に突撃する。兵士たちは襲い来るであろう衝撃に身を強ばらせる。決して逃げないようにまっすぐに白馬を睨みつける。


 それに対して、呂布がとった行動はあまりにも単純で、合理的だった。


 短いかけ声と足での指示に白馬は答える。トップスピードを維持したままその場で跳躍する。翼でも生えて飛翔するかのような鮮やかな跳びに、守備兵たちは思わず見とれる。芸術的とも呼べる曲線を描き、呂布は守備兵を飛び越えた。


「な、馬鹿なこ―――」


 指揮官の言葉は最後まで言えなかった。目の前に着地した呂布の戟が一瞬で切り伏せた。突然のことで周りが反応できない中、呂布は戟を振るい、血を落とすと、高らかに名乗る。


「我が名は呂布。我が武、恐れぬのならばかかってこい」


 静かに、それでも叩きつけられるような威圧間が放たれる。ただ一人の男に、その場にいた全員がもうすでに圧倒されていた。



(今のところは、予想通りだな)


 呂布が守備兵を難なく飛び越えたのを、信長は遠くから確認する。今のところ、全ては彼の予想通りに進んでいる。


 少人数で東砦を攻略するに当たって、最大の難関ははやり巨大な鋼鉄の扉だ。これを閉められてしまってはいくら彼らが強くても手も足も出ない。アダムベルトから砦の情報を聞いたときに、最初にどうするか悩んだところだ。

 閉められないためにどうするか、それで彼がねらったのが”彼らに開けさせる”という手段であった。アダムベルトを解放して逃がしたのも全てそのためである。

 もちろん、彼らが扉を開けずに梯子を使う可能性もあったが、それは限りなく低いと考えていた。彼らが真っ正面から反抗されることを考えていないこと、それは先ほどのギルベルトらの反応を見てわかる。支配することに慣れすぎていて、反抗されるなどつゆにも思わないのだ。ギルベルトがたった6人だけで村に着たことか等もそれがわかる。

 だからこそ、彼らは不用心に扉を開けると考えていた。だが、それでも確信はなく、綱渡りもいいところな作戦である。


「ましてや、残りは呂布とモードレッドによる力押しだからな」


 自嘲気味に笑う。本当の信長ならばもっとうまくやるのだろうが、偽物の自分にはこの程度が限界だ。


「だが、天は俺に味方した。なら、後はやるだけだ」


 自分自身を鼓舞するようにつぶやくと、先ほどの兵士たちから奪った兜をかぶる。身につけている鎧も合わさって、ただの一般兵にしか見えない。


「後は頼んだぞ、タケル」

「ああ、任せてくれよ」


 後ろで弓を構えているタケルに声をかける。タケル自信も少し緊張しているのか、声質が少し堅い。無理もない話だ。彼にとってこれは初陣だ。それは、信長にも当てはまることだが。


「死ぬなよ、オダ」

「……当たり前だ、俺を誰だと思っている」


 震えそうになる声を、強がりで隠す。今の彼は織田信長、無様な姿を見せるわけには行かない。


(必ず、成功させてみせる……!)


 固い決意とともに。



 場所は戻り、南砦。そこはもう、怒号渦巻く戦場であった。中心にいるのは、呂布である。


「相手は単騎だ、囲め! 囲め!」


 兵士たちは津波のように激しく呂布の元へと殺到する。一対多数、圧倒的に兵士たちのほうが有利なはずである。だが、


「覇ぁあああああああああっ!」


 戟が一振りされるだけで、数人の首が飛ぶ。呂布の武に答えるように白馬も駆け、跳び、そしてまた駆ける。その姿はまるで呂布の足でありまさに人馬一体。自らに襲いかかる兵士が波だとすれば、呂布はまさに波すらも吹き飛ばす台風そのものであった。


「ち、近づけない……!」


 防御を厚くした守備兵たちは近づくことすらできなかった。動きの鈍い彼らでは、もう彼にさわることすらもできないだろう。


「呂布のやつ、張り切ってるなぁ」


 唐突に聞こえた声に、思わず振り返る。そこには赤毛の青年―――モードレッドが立っている。


「き、貴様行つ野間に……! 見張りはなにをしていた!」

「とうの前に死んでるよ、そいつら」


 守備兵の顔色が変わる。それを、楽しそうにモードレッドは見つめている。


「こっちには弓の名手がいてな、なかなか有能なやつだぜ」


 守備兵はそこで、自分が先ほどの兵士長が弓に討たれたことを思い出す。あれはてっきり先ほどの武人が放ったのだと勘違いしていたようだ。もしかすれば、この男以外にも森の中に潜んでいるのかもしれない。


「こ、ここは通さない!」


 だが、彼らのやることは変わらない。兵士長はいなくとも、この入り口だけは守らなければならない。ましてや、あの暴れ回っている男を討ち取るまで、時間を稼がねば。


「いい判断だ。動きも早く、よく訓練されている」


 モードレッドは素直に彼らを賞賛した。不意の攻撃にも素早く建て直し、愚直にも命令を守ろうとする姿は評価に値する。ただ、


「相手が悪かったな」


 モードレッドの体から黒き炎が吹き出す。思わず盾で顔を覆うと、槍に何かが当たった。炎の中から延びる漆黒の腕が槍を握っている。

 瞬間、金属音が下か聞こえる。と、同時に彼の持っていた分厚い金属製の盾は上空へと舞い上がる。目の前にいる男が蹴りあげたのだと、理解する時間はなかった。それよりも早く、拳が彼の顔面を殴りつけたからだ。

 果たして、フルフェイス型の兜の意味はあったのだろうか、強い衝撃により意識は一瞬でなくなり、身体は後方へと吹き飛ばされて地面に転がる。その時点で、その兵士の意識はもうなかった。手に握っていた槍だけは取り残されており、それを器用に回転させてから構える。


「あ~、やっぱ素手で殴ると痛いな……」


 痛みを誤魔化すように手を振っているモードレッドに、残りの守護兵たちは驚愕する。確かに、手の甲には鎧があるが、その先は素手だ。鉄製の兜を殴って、無事に済むはずがない。けれど、彼は手を振るだけで、その手も異常があるようには思えない。背筋に冷たい汗が流れる。


「それじゃあ、続きと行こうか」


 槍を構えて、男は笑った。戦うこと、戦えることが心の底から楽しんでいるように、彼の笑顔は猛獣の顔と代わりなどしない。兵士は覚悟する、おそらくここが自分たちの死に場所だと。


「構えぇっ!」


 一人の兵士の叫びに、残りの三人が呼応する。モードレッドを挟み込むように前後に並ぶと、体を盾に隠す。先ほどの兵士のようにならないよう、盾の底は地面にしっかりと付ける。


「進めぇっ!」


 号令と同時に、相手をプレスするように進み始める。盾の底が土煙を上げて、襲いかかってくる。


(横に跳べば簡単に避けられる……けど、それじゃあつまらんな)


 両側の兵士の距離は5メートルもない、時間でいえば数秒だ、迷えば怪我をする。モードレッドは、瞬時に飛んだ。真上にも、真横にもでもない。


「な、跳び蹴り、だとっ!?」


 前に、である。


 モードレッドが着ているのは決して軽装備ではない。全身を包み込んだフルアーマーだ、何十キロあるかわからない。それが、軽やかなステップを踏んで跳躍し、前蹴りを放ったのである。誰だって仰天する。

 巨大な鉄球に体当たりされたかのような衝撃が、守護兵を吹き飛ばす。そして、あろうことかモードレッドはその反動で再び跳躍した。そのまま空中で身を翻し、真後ろの兵士に同じように蹴りを叩きつける。


 隣の兵士が吹き飛ばされるのを、ただ見ていることしかできなかった。吹き飛ばされた衝撃で土煙が舞う中、ゆっくりと漆黒の鎧が立ち上がる。


 怖い。


 もう、彼の頭の中にはそれしかなかった。同じ人間とは思えない規格外の身体能力に、どれほど装備を固めても勝てる気がしない。


「う、うわぁああああああああ!」


 気づけば、装備もなにもかもを捨てて走り出していた。臆病と笑われようとも、構わない。無様でも生きることを選んだのだ。彼に会わせるように、もう一人も装備を捨てて逃げ出した。


「おいおい、終わりかよつまらねぇ」


 対して、モードレッドも追うことはしなかった。彼にとっての戦いとは全力で向かってくる相手を真っ正面から打ち破ることであり、戦意を失った相手を追撃するようなまねはしない。それが、彼の流儀だ。


「まぁいい、相手はまだ巨万といるしな……」


 槍を構え直す。目前に見えるのは呂布を囲んでいる大量の兵士たち。彼に負けるわけには行かない。


「呂布、俺も混ぜろよ!!」


 まるで遊びに誘う子供の様に無邪気に、生き生きとした顔でモードレッドは人の塊へと飛び込んでいくのだった。



 砦の中は、二人の登場により怒号と叫びに包まれた。二人の男を倒すために無数の兵士が果敢にも挑みかかるが、風に吹き飛ばされる木の葉のようにたやすく蹴散らされていく。

 圧倒的な数を相手にしているのにも関わらずに、彼らの顔には苦悶も恐れもなく、猛りすらない。呂布はただ、表情を感じさせない鉄面皮で怒り狂う猛獣のごとき戟裁きを見せ、、対してモードレッドは小さな微笑を浮かべながら踊るかのように軽やかに槍を振るう。

 すでに二人だけで討ち取った兵士の数は百を越えるだろう。そうでありながらも、二人の顔には汗一つなく、まったく疲労を感じさせない。


 バケモノだな、とタケルは心胆を寒からしめる。


 彼がいるのは砦から100メートルほど離れた森の中だ。砦の中に飛び込んだ彼らとはまた、違う別の仕事を任されたからだ。

 息を潜めて、弓を引き絞る。狙うのは城壁の上で周りをきょろきょろ見回して警戒している見張り兵だ。その姿は真夜中の暗さの中でも彼にははっきりと見えていた。砦の中から聞こえてくる怒号が徐々に遠くなり、静寂が彼を包み込む。


「……っ!」


 放ってからは、一瞬。


 空気を引き裂いて空を走った矢は、寸分違わずに見張り兵士ののどを貫いた。喉を押さえながら倒れていく姿を、確認する。100メートル先、それも夜中にも関わらずに彼がこれほどまで精確な射撃ができるのにはわけがある。


 コボルト……人間からは獣人とも呼ばれる彼らは人間とは違い頭の上に動物を思わせる耳と、尾ていより尻尾が生えているのが大きな特徴だ。だが、それは外見の特徴だけで、彼らの種族はそれだけではない。

 特記すべきはその瞳である。猫と同じ構造を持っているその瞳は非常に夜目がきく。森に住むために凶暴な大型動物と鉢合わせる危険性があったため、それらを避けるために元々は夜行性だったというコボルト。彼らの目はどんな暗闇であろうともわずかな光だけで見ることができるのだ。彼からしてみれば、松明のそばで不用意に立っている兵士など、格好の鴨だ。


 また一人、見張りの兵士が倒れたことで城壁の上はざわつく。そして、すぐに矢が跳んできたであろう場所へと向かい反撃の矢を放つ。

 だが、すでにその場所にタケルはいない。森の中をまるで滑るように走り抜けている。


 もう一つの特徴がその柔軟な筋肉から生まれる走りである。森のような障害物が多いような場所でも天性の筋肉とバランス感覚でまるで気にもせずに走り抜けることができるのだ。伊達に”森の住人”などとは呼ばれていない。


 彼が任されたのは見張りの兵士を引きつけること。人間である相手に、夜の闇の中、森に息を潜めている彼をねらい打つことは不可能に近い。それを利用して、一方的にヒットアンドウェイを重ねることで相手を討ち取りつつ、見張りの役割をさせないことだ。


「くそ、手が……っ!」


 震える手を、必死に押さえる。動物ではない人間を殺すこと、命を狙われるという恐怖、それらが入り混じった感情が震えになって彼を脅かす。つい、数時間まで、自分がこんな場所に立つなんて思ってもいなかった。帝国に逆らおうなんて、思いもしなかった。


「けど、止まれないんだ。俺が、俺がやらなきゃだめなんだ」


 ―――時間を少しだけ遡る。


「英雄になる……?」


 タケルは自分に伝えられた言葉の意味が分からずに聞き返した。


「そうだ、タケル。おまえがコボルトの英雄になるんだ」


 信長は兜の緒を調節しながら答える。


「えっと、どういう意味、ですか?」

「帝国を倒す、それだけならば俺とモードレッド、呂布がいれば不可能ではない」


 さらっと断言した信長に驚かされる。先ほどまで、自分が想像もしなかったことを、彼は当たり前のようにやり遂げるとまで言ったのだ。


「だが、俺たちが帝国を倒しては駄目なんだ」

「……?」


 タケルは、彼の言ってることがよく理解できていない。帝国を倒すのが目的であるのならば、それを倒せば終わりではないのか?


「それでは、俺たちがコボルトを”救った”ことになる。それでは何も変わらない、コボルトが俺たちに依存したままでは、帝国の代わりに俺たちがコボルトを支配するだけだ」


 それでは駄目なんだと、彼は言う。


「コボルトが自らの力で帝国に勝たなければならないんだ。そうでなければ、真の意味での自由を勝ち取ったことにならない」


 そのために、コボルトにも英雄が必要なのだ。織田信長、モードレッド、呂布に続く英雄が。ほかの世界ではない、この世界のための英雄が。


「それに、俺が……?」

「そうだ、お前じゃなければならない」


 大切な家族を帝国に奪われた男が、異国の英雄と出会いコボルトを救うための勇者となる。


 まさに英雄になるにふさわしき存在、それがタケルだった。


「タケル、お前がコボルトの英雄になるんだ」


 胸の中に溜まっていた、淀んだ気持ちを吐き出した。先ほどまで震えていた指は、ピタリと止まっている。


 おびえていた心が闇に溶けていく。身も心も暗闇と同化させる。ただ、狙うのは城壁の上にいる兵士。


(英雄になれ、か……)


 重い、言葉だった。自分の両肩にコボルトの未来が乗っているのだと考えるだけで、足が震えそうになる。


 けれど、忘れることの出来ない光景がある。


 帰ってきたときには、すでに冷たくなっていた両親の姿を、それにしがみついて泣きじゃくる妹の姿を、目の前で切り殺された祖父の姿を。


 忘れることなどができない。


「ああ、なるさ……なってやるさっ!」


 この悲しみの連鎖を断ち切ることが出来るというのならば、悪魔にでも、英雄にでも何にでもなろうじゃないか。

 暗闇の中で、タケルのコボルト特有の特殊な目だけがギラリと光る。再度、放たれた矢は吸い込まれるように見張りの兵士の喉へと突き刺さった。それを確認する暇もなく、彼は場所を移動する。


 暗闇に紛れてのヒットアンドウェイ。英雄の最初の戦いにしては、あまりにも地味な方法だな、とタケルは胸の中で笑った。



 砦の中の戦いは大きく変化していた。


 呂布、モードレッドは中央に並び立ち、周りの無数の兵士たちが囲んでいる。状況だけを見れば、圧倒的に有利なのにも関わらずに兵士たちは誰一人として彼らに襲いかかろうとしない。


 わかっているのだ、どれほど数で押してもこの二人は倒せないことに。


 ジロリ、と呂布が周囲を見渡す。それだけで、兵士たちは後ずさりする。このまま、睨み付けながら進もうかと考えたとき、兵士たちの後方から叫ぶ声が聞こえる。


「たった二人の敵を囲んで様子見とは、帝国兵の質も落ちたものだな!」


 兵士たちが左右に割れていく。現れるのは、スラリとした背が高く細めの男性。手には槍を持っている。


 呂布とモードレッドは、その男が周りの兵士たちよりも身分の高い者だと見抜く。周りにいる兵士たちよりも、明らかに鎧が豪奢だ。


「あ、あれは疾風のカルステン様!」


 誰かが、その名を呼んだ。カルステンと呼ばれた男はフルフェイスタイプの兜のバイザーを上げる。そこから蒼い瞳と金色の眉が見えた。


「我が名はカルステン・フォン・シュテッヒャー。皇帝陛下より子爵の位を頂いている」


 呂布には”シシャク”という位がどれほどのものなのかわからないが、隣のモードレッドが「ほう」といって少し感心しているところから、それなりの位なのだろう。


「ギルベルトは我が盟友……我が友の無念と魂の安らぎのために、正々堂々として一騎打ちを貴様等に申し込む!」


 カルステンはまっすぐに挑戦状を叩きつける。実際のところ、ギルベルトの無念など彼にはどうでもいい。ただ、こうでも言ってけば友の仇を討ったと名が上がるからだ。

 むしろ、彼は現状に感謝すらしていた。辺境の植民地に飛ばされこのまま武功も上げずに終わるのかと思ったが、都合よく反乱が起こってくれた。これを鎮圧すれば、田舎臭い植民地領からでれるはずだ。

 相手は見慣れない相手、どうやらコボルトとは違う種族のようだが彼には関係ない。劣等民族に組みしている以上は、殺されても文句は言えない。華々しい自分の戦果の一つになってもらおう。


「面白い、じゃあ俺が相手に……」


 前にでようとしたモードレッドを、呂布は手で制した。意味を問うかのように向けられた瞳に、彼は簡潔に答える。


「貴様は先ほど戦っただろう。次は俺だ」


 先ほど、というのはコボルトたちの村でのことだろう。あれを戦いと言えるのかは微妙だが、確かに武功はすでに上げている。


「わかった、じゃあ今回は譲るよ」


 しょうがない、と言う体で彼は後ろに下がった。対して、呂布は歩を進めてカルステンの前にでる。


「俺の名は呂布。字は奉先」


 名乗りは、非常に簡潔なものだった。まるで、それ以外は無駄だと切り捨てているかのように。アザナ、という聞きなれない言葉に首を傾げるが、カルステンはすぐに忘れた。倒される相手のことなど、深く考える必要はない。


「いざ尋常に勝負っ!」


 槍を地面に平行に構え、腰を落とし構える。地面にへばりつくような独特の構えをとるカルステン。それに対して、呂布はあくまでも構えをとらずに自然体のままだ。彼の絶対的な自信からくる構えなのかもしれない。

 数刻のにらみあい。周囲を囲んでいる兵士たちも、息をするのを忘れたかのように静まり返る。その中で、モードレッドだけはその行き先をおもしろそうに見つめている。


「はっ!」


 最初に動いたのはカスルテン。まるで地面を這うかのように低く、それでいながら滑空する鷹のように素早く、呂布へと突撃する。なるほど、この素早さならば疾風の異名も伊達ではない。


(狙うは一つ、首!)


 呂布の着ている鎧は胸元までと鉄製の鎧が覆っているがそこから上はただの布地だ。頭にも兜はかぶらず、なにかの鳥の長い羽がついた冠を被っているだけだ。見た目は確かに華やかだが、それで勝てれば苦労はしない。


「いくぞ、リョフ!」


 低空を保っていた槍が、真上へと飛び上がる。呂布から見れば足下から急に槍が跳ね上がったように見えるだろう。突然の軌道変更に対応できるはずがない。

 これが、カスルテン必殺の一撃。疾風という名をつけられる由縁。最速の自信を持ってその首へと突き立てる。


(勝ったっ!)


 ―――疾風の一撃は悲しく空を切った。


「え?」


 槍を突き上げた体制で、思わず口からでた言葉が彼の最後の言葉となった。直後、真横に薙払われた戟の刃先が鎧ごと彼の首をかみ砕いた。驚きの表情のままはねられた首が、砕けた鎧の金具とともに宙を舞う。残された体は力を失い、その場に崩れ落ちた。


「……」


 呂布は崩れ落ちた体には目もくれず、はねた首を拾い上げると皆に見せつけるかのように高く掲げる。


「敵将、我が討ち取ったり!!」


 それが、決着であった。


 この砦にいる人間の中で最も強かった者が討ち取られた。残る人間では誰も彼らには勝てない。その事実が残る兵士たちから戦意を奪っていく。


 戦いの終わりはすぐそこまできていた。

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