8話 誘拐された王女様
「さぁ、もうこれで逃げ場はありませんよ」
大柄の男達に路地裏へと追いつめられた銀髪の少女。
先は行き止まりでこれ以上逃げる場所はない。
自分に迫り来る男達の手。
少女は目を瞑り覚悟した。
もう自分はここまでなのだと──。
「そこまでだ!!!」
そんな少女の前に空から降りてくるように現れたのは一人の青年ことエルであった。
「あ、あなたは?」
「俺は正義の使者、エルディス・ヘイトノール!」
「正義の……使者?」
「そう、か弱い乙女の心の叫びがこの俺を呼んだのさ!」
横目で自分を不思議そうに見つめる少女にエルはニコリと笑って見せた。
「なんだ貴様! 我々の邪魔をする気なら容赦はしないぞ!」
「それはこっちのセリフだ悪党共! いい大人が寄ってたかって女の子に襲いかかるなど情けない。この俺が成敗してくれよう!」
(フッ……キマったな)
あまりに完璧な自分の登場シーンに酔いしれるエル。
「チッ、頭のおかしい野郎だ! そこをどけ!」
二人の鎧の男は腰から剣を抜くとエルに襲いかかった。
そんな二人にエルは左手の人指し指と中指を向ける。
「水と炎の協奏曲!」
エルがそう唱えると人差し指の先からは水が、中指の先から炎がそれぞれ飛び出し、それらは空中で絡みあうように捻れ、一本の束にまとまる。
そしてその束は二人の大柄の男を吹き飛ばし、飛ばされた男達は壁にぶつかって気を失ってしまう。
「他愛もない」
(ちょっと人間相手にやり過ぎたか……生きてるよな?)
かっこつけつつも少し男達の身を心配するエルであったが、男達がうめき声を出したのを聞くとホッと胸を撫で下ろす。
襲われていた少女の方を振り返ると、少女は細い手でエルにパチパチと拍手を送っていた。
「さぁ、今のうちに早く逃げよう」
エルは少女の手を引くと路地裏から走りだした。
そんな二人の背中を眺めながらエルに倒された男の一人がなんとか二人に手を伸ばす。
「ま……て……その方は……デルタ……ガルドの……」
そこまで喋ったところで男は気を失った。
◇
要塞都市バルハランは、中心にあるバルハラン城を円で囲むように三つの層から出来ている。
下層には主に民家や宿屋、露店などが立ち並び、壁の近くにはバルハラン軍の支部がいくつも設置されている。
中層は中心街と言われ、様々なジャンルの店が出店されており、エルの立ち寄った服屋もそこにあった。
上層に住むのはほとんどが貴族、もしくはそれに近しい権力を持つ人間だけであり、基本的には一般の住民は立ち入ることすら許されない。
そんなバルハランの町の中層にある噴水広場、そこのベンチにエルと銀髪の少女は腰掛けていた。
「ふー、とりあえずここまでくれば大丈夫だろ。怪我とかないか?」
「はい。おかげさまで。えーと、確かお名前は……」
「エルヴィス、エルでいいよ」
「エル様ですね。この度は本当にありがとうございました」
ペコリと頭を下げる銀髪の少女。
「そんな大袈裟な、俺はただヒーロー目指してるからああいうのは放っておけないんだよ」
「ヒーロー? とは何でしょうか?」
「んー、そうだな。簡単に言えば困ってる人を助けるためにカッコよく悪者を倒す正義の味方ってところかな」
「まぁ、素敵でらっしゃいますね」
白く透き通るような肌をする少女はニッコリとエルに笑顔を向けた。
(可愛い子だな……というより上品? とでも言うのか。着てる服も高そうなドレスみたいだし貴族の子なのかな)
「そういえば君の名前は?」
「あら、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたくしの名前はエヴァ・アナスタシア、是非エヴァと呼んで下さいませ」
「エヴァか。良い名前──ん? その名前って……」
あまりにも聞き覚えのあるその名前にエルは自分の記憶を思い返してみる。
そしてその答えは一瞬で出た。
「な、なぁ? エヴァはさっきはどうして男達に追われてたんだ?」
「先程はそうですね……恐らくわたくしがお城から逃げ出したからでしょう」
「逃げ出した……?」
「はい。逃げ出しちゃいました!」
ここでエルは非常にマズイ流れを感じ取った。
自然と冷や汗が頬を伝う。
「な、ならさ……もしかしてさっきの男達ってバルハランの……」
「軍人さんですね」
(やべぇ、打首になっちまう)
バルハランの軍人二人を失神させ、デルタガルドの第二王女を誘拐した男エルヴィス・ヘイトノール。
そんなエルにとって不本意極まりない風評が広がるのが目に見えてくる。
「賊がいたぞ!!! エヴァ様を取り返せー!!!」
混乱するエルに追い打ちをかけるが如くバルハランの兵士達が二人を見つけた。
(どうする!? エヴァを置いて逃げるか? それとも事情を説明するか? いやいや、エヴァを置いて逃げたら完全に俺は悪者だ。第一もう顔は見られてんだ……。事情を説明する? だけど実際に兵士二人ものしちゃってるし……あぁ、考えがまとまらねぇ!!!)
迫り来る兵士達、今この時の選択が今後の自分の運命を左右すると分かっていても頭の整理がつかない。
その結果、エルはもっとも最悪な手段を選んだ。
「急げ!!! 賊がエヴァ様を連れて逃げたぞ!!!」
エルはエヴァを背負って逃げた。
自分の都市の第二王女を連れて逃げたのだ。
「わー、風が気持ちいいですー!」
魔力制御区の一つを両足に接続させ、風属性の魔法を使い物凄いスピードで街を駆け抜けるエル。
その背中で楽しそうにはしゃぐ第二王女エヴァ。
賊の侵入を知らせる鐘の音が夜のバルハラン全域に鳴り響く。
しかしそんな音はすでにエルの耳には届いていなかった。
(やばいやばいやばい! 助けて、助けてヒーロー!!!)
◇
「皆さん遅いですね。外も騒がしいみたいですし何かあったんでしょうか?」
下層の一角にある正義の執行者のメンバーが泊まる宿。
その食堂兼広間ではミーシャとユリカが食事をとっていた。
「大丈夫でしょ、流石にあいつらも子供じゃないんだし」
「だといいですけど何か嫌な予感がするんですよね」
ミーシャはお茶を啜りながら窓の外を眺める。
外から聞こえる鐘の音、その音が何か自分達に不吉を運んでくるようなそんな予感がミーシャはしてならなかった。
その時、バタンと勢い良く宿屋の扉が開かれた。
扉の先にいたのは明らかに焦っている様子のグレイブとフローズ。
「「助けてくれミーシャ!!!」」
「ほらやっぱり」
とりあえずミーシャは二人を席に着かせ、話を聞くことにした。
「それではフローズの話から聞きましょうか」
「ありがとうミーシャ。あれは僕が街を機嫌よく散歩している時だった……むさい男共の中に一際美しい輝きを放つ女性がいて、それで僕はこれは間違いなくこれは運命の出会いだと思ったんだ。そして結婚を申し込んだんだ」
結婚という単語を聞いてミーシャの顔が引きつる。
「彼女はすんなりオッケーしてくれたよ。『嬉しいわ、これは運命ね』と言ってね。それで婚姻届を書いて僕だけここに戻ってきたんだけど途中でその婚姻届をもう一度見返してみたんだ……そしたら……」
「そしたら?」
「1000万ギルの借用書だったんだよ!!!」
「どんだけ馬鹿なんですか」
呆れて物も言えないとはこの事だろうとミーシャは思う。
とりあえず泣き叫ぶフローズを置いておいてグレイブの話を聞くことにした。
「それでグレイブはどうしたんですか?」
「それがよ、俺はここに着いてからアンナに怯えず酒が飲めると思って酒場を巡り歩いてたんだ。確かあれは8軒目だったな。そこで飲んでたら女と一緒に仲良く歩いてるフローズを見かけてよ、少しからかってやろうと思って二人んとこいったんだ……そしたらよ……」
「そしたら?」
「その女アンナの妹だったんだよ!!! やべぇよ!!! これは姉に報告しておきますとか言ってたし俺今度こそ殺されちまうよ!!!」
救いようのない馬鹿二人に完全に呆れ返るミーシャ。
「つまり二人揃ってアンナさんの妹さんにいいようにされたわけですか……分かりました。デルタガルドに帰ったら私がアンナさんに何とかするよう頼んでおきますから……」
「「ありがとうミーシャ!!!」」
「ミーシャも大変だねー」
冷めた目で二人を見ながら食後のデザートであるパフェを口に運ぶユリカ。
「全くですよ……。この流れで行くと次は──」
宿屋の扉が再び勢い良く開かれる。
そこに立っていたのは顔を真っ青にしたエル。
「ど、どうしましょう……」
「なんとなく予想はついてましたよ。もう面倒なんでさっさと要点だけ話して下さい」
面倒くさそうに言い放つミーシャにエルは今自分が陥っている状況をたった一言に簡潔にまとめて伝えた。
「第二王女様誘拐してきちゃいました……」
彼等のバルハランでの夜はまだ終らない。