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6話 氷の芸術

 まだ昼過ぎだというのにその森の中は薄暗く、言葉には言い表せない不気味さが漂っている。

 エルとユリカにゴブリン達の群れを任せたグレイブ達はそんな森の中をひたすら道に沿って進んでいた。


「やっぱおかしいと思わねーか?」


 先頭を走るグレイブはメイド服を器用に折り曲げて馬に跨がるミーシャへ話しかける。


「ですね。確かにおかしいです」


 ミーシャもグレイブの意見に賛同する。


「貴様等何を言っているのだ? おかしいのはこの森に入る前からであろうが」

「なんだ、まだ気付かないのかマルコスさんとやら」

「ん?」

「こんな危険な森に馬車が普通に走れる道があることがおかしいって言ってんだよ」

「──!」


 それはグレイブの言う通りであった。

 立ち入った者は二度と出られないと言われるこの死者の森サイレント・フォレストにはもちろん人が住んでいるわけでもなく、ここを通る人間なども存在しないため道などあるはずもない。

 しかし現にグレイブ達は馬車一台が余裕で通れるほどの道幅を進んでいる。


「恐らく罠でしょうね。私達を、いや──王女様をどこかに連れて行くための」

「だろうな。とは言っても道は一つしかねぇしこのまま進むしかねぇんだけどな」

「引き返すっていう手段もありますが……まぁどうせグレイブの事だからこの状況も楽しんでいるんでしょう?」

「まーなー」


 煙草を吹かしながら軽い口調で返事をするグレイブ。


「つーかフローズさっきからずっと無言決め込んでっけど腹でも痛いのか?」


 森に入ってから一言も言葉を発していないフローズに疑問を持ってそう聞いたグレイブだったが、その言葉に反応して顔を上げたフローズの表情はかなり青ざめていた。


「──耐えれないんです」

「は?」

「耐えれないんですよこんな汚らしい場所じゃ!!!」


 突然声を荒げるフローズに驚く馬。


「なんでこんな場所に僕がいなきゃならないんだ! 服は汚れるし空気は濁ってるし空は見えないし薄暗いし! もうここに来て二時間ですよ! いつになったらバルハランに着くんですか! 僕は早くバルハランの子猫ちゃん達と遊びたいんだ!」

「おいおい落ち着けって」

「落ち着け? 僕が落ち着いてないようにグレイブさんには見えるんですか!? そもそもなんで君達はこんな場所で平然としていられるんだ!」


 これはもう手に負えないなとグレイブとミーシャは同時に思う。

 しかしフローズの言う事にも一理あり、二時間経っても全く出口の見えないこの森にうんざりしているのは全員同じであった。


 それからもグレイブ達はこの世の終わりのような顔をしたフローズをなだめながら同じような景色を延々と進んでいく。

 巨大な木々だけの景色が変わったのはそれから少しした頃だった。


「何か先に見えますね。何でしょうか?」


 ミーシャの指差す場所へと一同は近づいてみる。


「泉……?」


 それは澄んだ水が広がる泉だった。

 死者の森サイレントフォレストに生える木々によって遮られていた太陽の日差しは泉にだけ降り注ぎ、その光を反射して美しい風景を作り出している。

 その泉の真ん中にあるのは他の木々よりも遥かに巨大な一本の大樹。

 枝には可愛らしい鳴き声で歌うようにさえずる小鳥たちが羽を休めている。


「う、美しい……」


 うっとりとした声でフローズは呟く。


「これはまさに芸術、汚らしいこの場所にこんなにも美しい場所があるなんて。まるで血と死臭の漂う地獄の中に一人舞い降りた女神のように静かに佇む大樹。その大樹を生命の源にして集まる神の作り出した生き物達。でもその大樹の実を食べては駄目だよ、だってそれを口にしてしまえば僕達は楽園から追放されてしまうのだから!」


「なぁミーシャ、こいつは何を言ってんだ?」

「皆目見当がつきません。きっと溜まってたストレスが爆発して頭おかしくなったんでしょう」


 謎の言動を口にし出したフローズを放置して一同はここで一旦休憩することにした。

 二時間以上出口の見えない森を彷徨っていたせいか、全員の顔には疲れが見え、特に大臣二人はかなり疲労が溜まっている様子である。


「さてこっからどうするか。俺達が進んできた道はここで終わってるし先に進むならこの森を斬り進んでいくしかないみてぇだけどよ」

「そうですね。森を斬り進むならユリカがいてくれた方が楽なんですが」

「なら暫くはここで二人が来るの待ってるか。フローズもあの調子だしよ」


 グレイブ達が腰を降ろして休息をとる中、フローズは服を脱ぎ去り裸のまま泉の中で魚達と戯れていた。


「アハハー、なんて気持ちがいいんだ。まるで自然と一体化してる気分だ! アハハー」


「どうでもいいですけど服くらい着るように言ってくれませんか。私女の子なんですけど」


 そんなミーシャを尻目にフローズは楽しそうに泉の真ん中に生える大樹へと近寄っていく。


「美しいなー。まるで僕のようだ」


 うっとりとその大樹を見つめるフローズ。

 そんな時、突然目の前の大樹の幹の一部が裂け、口のような形へと変わった。


「!?」


「やっと来たかデルタガルドの者達よ」

「しゃ、喋った……」


 その声にグレイブとミーシャも反応する。


「なんだいきなり!」

「あれってもしかして……」


 突然喋り出した目の前の大樹に呆気をとられる裸のフローズ。

 そんな彼に追い打ちをかけるように大樹の生えている泉の中から巨大な根が飛び出し、根は鞭のような動きでフローズの体を吹き飛ばした。


「ゴフッ!?」


 吹き飛ばされたフローズはグレイブ達のすぐ側の木まで飛ばされ、背中を強く打ち付けたフローズは口から血を吐く。


「大丈夫かフローズ!?」


 フローズからの返事はない。


「チッ、もしかしてこれが俺達をここに来るようにさせた理由か?」

「恐らくそうだと思います。あれは木の魔物エント……大きさから見てエントの中でもかなり強い方だと思います」

「エントだぁ? エントって言ったら群れで行動する魔物──」


 グレイブがそう言い切る前に突然周囲の地面が地震のような地響きを起こし始めた。

 その地響きの正体はグレイブ達を囲う木々。

 泉の中央に生える大樹のように周りの木々も次々と地面から根を出し、幹に眼と口を形作っていく。


「なるほどな、ここら一体の木全てがエントだったってわけか……」

「お、おい! どうするんだ! このままではエヴァ様が!」

「安心しな。俺達に任せろって言ったろ。ここは俺が──」

「待ってくださいグレイブさん……」


 グレイブを止めたのはフローズだった。


「お前大丈夫なのか?」

「こんなのユリカの蹴りに比べれば全然大したことないですよ……それよりもここは僕にやらしてください」


 フラフラとした足取りで立ち上がるフローズ。


「そうは言ってもお前フラフラじゃねぇか。いいからここは俺に任せとけって」

「グレイブさん……僕が今フラフラなのは怪我でも痛みによるものではありません……これは怒りによるものです」

「!?」


 そう言って顔を上げたフローズの顔は普段の気取った顔ではなかった。

 血走る目をこれでもかと見開き、感情を押し殺すかのように歯を強く噛みしめるその顔はまるで鬼。


「やれお前達! そいつらを血祭りに上げてしまえ!」


 大樹のエントの指示で100を超えるエント達がグレイブ達に一斉に襲いかかる。

 その光景に恐れる大臣達。

 しかしグレイブとミーシャの反応は全く違った。


「やべぇ! ミーシャ早く離れろ!!!」

「分かってます!!!」


 二人が走りだすのと同時にフローズは魔法詠唱を始めた。


万古不易バンコウエキに続く奈落よ、今こそ哀れなる咎人にその力である寒冷を催せ」


 立ち止まって詠唱を口にするフローズに容赦なく襲いかかるエント達。

 しかし彼等は気付いた。

 目の前の男が漂わせる熱く冷たい不気味な空気に──


「──氷魔法、紅蓮の薔薇フローズローズ


 それは一瞬であった。

 痛みも苦痛もなく、エント達にとっては自分の身に何が起きたのか全く分からなかった。


 魔法により作られた雲にも届きそうなほどの巨大な氷の薔薇。

 それを中心に一瞬で広がる冷気。

 その冷気はエント、木々、土、森そのものを凍りつかせる。


終焉デミス


 パチンとフローズが指を鳴らすと、巨大な薔薇は砕け散り、それを合図に凍っていたもの全てが粉々に砕け散っていく。

 砕け散った薔薇の欠片が一面氷の世界となった森に降り注ぎ、遮るものの無くなった太陽の日差しが氷に反射し星の輝きを放つような幻想的な世界を作り出す。


「これぞ芸術。罪深い僕の世界!」


 両手を広げそう叫ぶフローズ。


「おいフローズ! それ使うんなら先に言え! 俺達まで巻き込まれたらどうすんだアホ!」

「フフ、僕の魔法はそんな無差別に辺りを破壊する野蛮なものではありませんよ。ほら、あの泉を見て下さい」


 澄んだ泉は魔法の影響を受けずにそのまま残っており、泉の中心にいた大樹のエントは氷の薔薇へと変わっていた。


「あぁ、前にも増してより美しいなぁ……」

「ねぇフローズ」


 泉を眺めるフローズにミーシャが近寄っていく。


「なんだいミーシャ。もしかして僕の魅力に気付いてしまったのかい? でも残念だよ。僕は自分よりも年下の子に恋愛感情というものを──」


「どうでもいいんで早く服着てください」

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