5話 魔眼開放
「裁きを下す者」
エルがそう口にすると、右手に愛銃である裁きを下す者が召喚される。
(名前呼ぶだけでスマートに召喚するのも悪くないな……)
そんなエルの武器をユリカは感心したような目で見ていた。
「へー、中々カッコいいじゃない。でもあたしの武器の方が少しだけ上かな」
ユリカはポケットから召喚魔法の術式を組み込んだ魔法道具、魔法石を空高く放り投げた。
魔法石は光を放つと、自動で召喚魔法を発動させる。
「来なさい! 雷鳴瞬光!!!」
召喚されたその武器、その形状は鎚を思わせるハンマーのような武器だった。
打撃部分は黒い金属で出来ており、そこには魔力回路と思われる赤い線がいくつも引かれている。
しかし何より目を引かれるのはその大きさ。
人一人分の大きさはあろうその打撃部分に、2mを超える長い柄。
ユリカは自分の手元に落ちてくるその巨大な武器を掴むと、そのまま片手で軽々と振り回しゴブリン達へと向けた。
「どう? すごいでしょ」
「あ、あぁ、よくそんなもん持てるな……」
エルはその自分の倍近くある雷鳴瞬光を軽々と持ち上げるユリカに驚く。
「そんじゃ先に行かせてもらうわよ!」
ユリカは雷鳴瞬光を片手にゴブリン達の群れへと走りだす。
それに対してゴブリン達も己の鋭い爪を立てて戦闘態勢に入った。
「ちゃんと見ててよ! あたしの必殺技!」
そう言うとユリカはその強靭な脚力で地面を思い切り蹴り上げ、そのままゴブリン達の群れの真上に飛び雷鳴瞬光を頭上で振りかぶる。
「必殺! 超撲滅粉砕爆発!!!」
ユリカが技名を叫ぶと同時に、雷鳴瞬光は打撃部分の片面から光を噴射し、その光の噴射の勢いで加速したまま500体ほどいるゴブリンの中心に振り下ろされた。
その衝撃はまるで巨大隕石の落下。
思わずエルは衝撃に耐えるために森の木にしがみつく。
やがて衝撃は収まり、その場にあったのは巨大なクレーターと四方八方に飛び散るゴブリン達の残骸だけであった。
「どうだエル! すごいだろ!」
小さな胸を張りながら腰に手を当ててドヤ顔するユリカにエルは言った。
「いや、俺の敵は?」
「ん? なんのことよ」
ユリカは事前に決めていた左半分を相手にするという役割分担をすっかり忘れている様子で首を傾げた。
「それよりどうだったって聞いてんの!」
「あー、そうだな。確かにすごい威力だけど……」
「だけど?」
「お前ネーミングセンス無いだろ」
その言葉に無言で雷鳴瞬光をエルに向けるユリカ。
「ちょ、ストップストップ! 俺身体能力はそんな高くないんだからそんなんで殴られたら死ぬ! 絶対死ぬって!」
「うるさい! これでも三日三晩頑張って考えた名前なんだから!!!」
「わ、悪かったよ! 頼むからそれ降ろせって!」
必死に命乞いをするエルと今にも雷鳴瞬光を振り下ろそうとするユリカ。
そんな二人の背後で奇跡的に生き残っていたゴブリン達が声を上げた。
「バ、バケモノダ!」
「コンナノキイテナイゾ!!!」
その言葉に反応するユリカ。
「へぇ、まだ生きてる奴いたんだ」
ユリカは雷鳴瞬光を肩に担いでゴブリン達の方を振り返る。
「まぁ待てよ。ここは俺に任せてくれ」
エルはそう言ってユリカの前に出た。
「別にいいけどやるからには逃さないでよ」
「おう。見せてやるよ。俺の必殺技をな」
(このまま子供に活躍の場を取られたままで終われるかよ)
そんな思いからエルは裁きを下す者を構える。
見たところユリカの攻撃によってゴブリン達は色々な方向へ飛んでしまっており、視覚だけでは裁きを下す者の照準を合わせるが難しいとエルは判断した。
「アレ使うか……」
エルは次の行動を決め、目を瞑ると自身の魔力制御区のロックを一つずつ解除していく。
「第一制御区から第三制御区を裁きを下す者へ接続し魔力の追加供給、第四制御区及び第五制御区は視神経へ接続…………」
エルは魔力が神経に送られるのを静かに待つ。
「──魔眼開放」
ゆっくりと開かれたその目はすでに人間の目では無かった。
淡い青い光を仄かに放つその瞳に描かれるのは六芒星の陣。
「綺麗……」
思わずそんな言葉がユリカの口から漏れる。
魔眼、神眼、死の瞳。
その眼を現す単語には様々なものがある。
本来限られたごく一部の選ばれし者しか発現することのできないその眼。
そんな眼をエルは自身の持つ魔法の知識と技術によって人工的に作り出したのだ。
「一望の瞳」
エルはその人工魔眼を使い、周囲に隠れるゴブリン達の全てを補足する。
(なるほど……地面に潜ってやり過ごした奴もいたのか……)
そして魔眼から補足したゴブリンの位置情報を裁きを下す者へと送る。
「──広範囲索敵攻撃モード起動。対象は113体」
「ショウチイタシマシタ」
その言葉に裁きを下す者の銃身は四つに別れ、それぞれの先端から光りを放つ。
エルはそのまま裁きを下す者を頭上に向けるとその引き金を引いた。
「執行」
四つの銃身から放たれる四つの光り。
それは空高くまで撃ち放たれると、無数の光に別れゴブリン達の元へと降り注いだ。
森に逃げ込んだ者、地面に隠れる者、遥か遠くを目指し走る者、誰一人として逃すことなくその光はゴブリン達を包み込み、十字架の柱を立ててその肉体を完全に消滅させた。
「はぇー」
空から降り注ぐ光の雨、それはまるで悪を裁く天からの鉄槌。
その美しいとも恐ろしいともとれる光景にユリカは口を開けて見惚れてしまっていた。
「っとまぁこんなところだ。どうだ?」
先程のユリカ同様にドヤ顔でユリカをみるエルだったが、ユリカの反応はない。
「おーいユリカ」
「──はっ! ま、まだまだね! あ、あたしの方がすごいもん!!!」
我に返ったユリカは焦った様子で叫ぶ。
「へー、その割には『綺麗……』とか言って俺の技に見惚れてなかったか?」
「は、はぁ!? み、見惚れてなんかないし!」
「よく言うぜ」
「ていうかあたしエルの必殺技の最大の欠点発見しちゃったもんね!」
「欠点? なんだそれ、俺の必殺技のどこに欠点があるってんだよ」
自分の考えた必殺技に欠点があると指摘されたエルは少しにムキになる。
「……それは技名よ」
「技名? 何言ってんだ。裁きを下す者に一望の瞳に広範囲索敵攻撃モード、これのどこが欠点なんだ? 全部めちゃくちゃカッコいいだろ」
自分の技名を自画自賛するエルに対し、自称20歳の金髪幼女は「分かってないわね」と言って頭に手を当てた。
「確かにエルのネーミングセンスは認めるわ。でも問題はそこじゃない」
「ならどこが問題なんだよ?」
エルの質問にユリカはたっぷり間を開け、そして言い切った。
「エルの技名が多すぎてどれが必殺技なのか分からないのよ!」
ビシっとエルに指を突き付けてるユリカ。
「分からない……だと……」
ユリカの確信をつく指摘は先程まで自信満々であったエルの心を抉った。
「これは必殺技を考える時の初心者によくある初歩的なミスね。いい? 必殺技っていうのは色んな技の組み合わせじゃなくて一つの技なの! だからエルが今見せたのは必殺技じゃなくてただかっこよさげな技を乱立させてるだけ。分かった?」
それは無情な現実。
自分が膨大な時間を懸けて完成させた必殺技は技ではあっても必殺技では無かった。
それに気付かされたエルは手と膝を地面につけて愕然とした。
「まぁエルもここに入ったばかりだし仕方ないわよ。あたしだって皆に指摘されるまではエルみたいな事をよくしてたわ」
「……また……一から考えないとな……」
「そうね。でも見込みはあるわよ。だから困ったら先輩であるこのあたしにいつでも相談しなさい」
「……ありがとうな」
「いいってことよ」
「そういえば俺も一つユリカの必殺技の欠点を見つけたんだがいいか?」
「ん? なによ」
そう──
実はエルもユリカの必殺技である超撲滅粉砕爆発の最大かつ致命的な欠点を発見していた。
その欠点を見つけたエルはそれをユリカに伝えるべきかどうか悩んでいたのだが、自分の必殺技の欠点を教えてくれたユリカにせめてものお礼としてそれを伝える事にしたのだ。
「あの技って一回空高く飛んでから勢いをつけて武器を振り下ろすだろ?」
「そうだけどそれが何か?」
「あれさ、高くジャンプするのはいいと思うんだけど、あんなに空高く飛んだらスカートの中身が丸見え──」
グシャリという鈍器で人の体を殴ったような鈍い音が辺りに響いた。