2話 変人達の巣窟
「こんな感じですがどうでしょうか?」
実はエルがこの技を人前で使うのは初めてであった。
ヒーローたる者無闇やたらに力は使わないという思いがあったからである。
しかし上手くいった。
自分で自分に100点満点を与えたい。
そうエルは思い自分を褒める。
「──おしいな」
グレイブは呟くように言う。
「なっ!?」
「確かにお前の技は必殺技に相応しいほどにキマってたよ」
「──ならどうしておしいなんですか?」
自分の考えた必殺技が否定された気分になったエルは食い気味にグレイブに聞いた。
「技は良かった、しかし演出がなってない」
「……演出?」
「そうだ。まぁ演出に関しては俺よりミーシャに聞くべきだろうな」
グレイブはミーシャを呼ぶと、エルに今の必殺技の演出について教えるように指示を出した。
ミーシャは少し面倒くさそうな顔をしたが、ため息をつきながらダメ出しを始める。
「あなたは今の戦いで何を一番私達に見せようとしましたか?」
「何をって、そりゃ必殺技である最後の『執行』っていう部分ですけど……」
「ですよね。しかしあなたの今の一連の動きで一番目立っていたのは裁きを下す者という珍しい武器の方でした。つまりあなたの必殺技はその技よりも、技を打ち出す武器の方にカッコよさが偏っているのです」
(なるほど。言われてみれば確かにそうかもしれない……)
「ならどうすれば良かったんですかね?」
「それがグレイブの言っていた演出です。あなたの技は見る限り相手の体に魔力の塊のようなものを打ち込んでそれを爆発させる技のようですが、それってどのタイミングでも可能ですか?」
「まぁ可能です」
「なら私ならこうしたでしょう」
そう言うとミーシャはスタスタとエルがゴブリン達と戦っていた場所へと歩いて行き、銃を構えるフリをする。
「まずここで武器を出して相手の体に弾を打ち込んだまではよしとします。あなたはここで相手が向かって来る瞬間を見計らって爆発させましたね?」
「は、はい」
(確かにその通りだ。俺はゴブリンが安心して何かセリフを言ってこっちに向かってくるのに合わせて技を発動させた。理由? そんなのそっちの方がカッコいいと思ったからだ)
「確かに相手の動きに合わせて技を発動させるというのは悪くない発想です。弾を打ち込んだ瞬間に爆発させてもあまりカッコよくはないですからね。しかし、あなたの判断は早すぎました」
「早すぎた……?」
「そうです。本来ならもっと我慢すべきでした。例えば相手があなたに鋭い爪を振り下ろそうとした瞬間などがベストでしょうか? 後は『執行』という決め台詞を言うのは後ろを向きながらの方がいいですね。そっちの方が圧倒的な力の印象を与えられると思います」
「なるほど……技の発動タイミングとその時の動き……それが演出」
ミーシャの言うことにエルは納得した。
カッコいい技を考える事に集中しすぎて、その技をよりカッコよく見せる演出を考えていなかったのだ。
「もう一度……もう一度だけやらしてください!!!」
「いいでしょう。ではあそこにある石ころをさっきのゴブリンだと思ってやって下さい。声と動きは私がアテレコしますので」
エルはさっきの位置に着くともう一度裁きを下す者を構えた。
「それでは弾が打ち込まれた状態から行きますよ」
「いつでもどうぞ」
「な、なんだ! なにも起きないぞー。そうか、所詮は子共のオモチャだなハッハッハ、人間ごときの武器でこのゴブリンが倒れるわけないのだー、とりゃー!」
石ころを持ち上げながらこちらに向かってくるメイド服のミーシャに目もくれず、エルは後ろ向く。
「どうしたー! 逃げるのかー! 待てー!」
すぐ後ろまで来たミーシャの気配を感じ取り、エルは自然な口調で呟くように決め台詞を言った。
「執行」
「あっ」
────ドゴッという音が頭に響く。
何が起きたのか分からないままエルの目の前の景色が歪む。
薄れゆく景色の中でエルが最後に見たのは赤く染まった石を片手にしまったと言わんばかりに口を開けたまま自分を見下ろすミーシャの姿だった。
◇
「ここは……」
目を覚ましたのは見たことのない部屋のベッドの上。
「お、起きましたね」
混乱するエルに声をかけてきたのはミーシャだった。
「何がどうなったんですか? 俺は一体……」
「──もしかして何も覚えていない感じですか?」
「はい……ゴブリン達を倒した後、ミーシャさんから演出について教えてもらっていたところまではぼんやりと記憶があるんですが……」
「そ、そうですか」
ミーシャはエルの話を聞くと、チラチラとエルに視線を送りながら何かを考える素振りを始めた。
「実は……ですね。あなたは急に貧血で倒れてしまい急いで私がこのギルドハウスに運んできたんですよ」
「そうだったんですか……なんか迷惑を掛けたようですみません。でもどうして俺、頭に包帯なんて巻いてるんですか?」
その質問にミーシャは「さぁなんででしょうねー」と言ってエルから顔を逸らす。
「そ、そんなことよりも皆さん下で待っていますよ」
「皆?」
「はい。なので行きましょう」
(うーむ。なんか大事な事を誤魔化されている気がするのだが……)
明らかに不審な態度をとるミーシャに連れられ、エルは部屋を出る。
そこでエルは自分が寝ていたのがギルドハウスの二階の一室だということに気が付いた。
「なんだか下が騒がしいみたいですけど何かやってるんですか?」
「どうせまた飲み会でもしているんでしょう。今月もピンチだっていうのに……」
階段を降りた先には酒瓶を片手に騒ぐグレイブの他に二人の男女がいた。
「おぉ! やっと起きたか! お前もこっち来て飲もうぜ!」
顔を真赤にして酒瓶をエルに向けるグレイブ。そこへミーシャは歩いていくと、その酒瓶を取り上げた。
「飲み過ぎです! またアンナさんに怒られますよ!」
「そんなケチくさいこと言わないでよミーシャちゃ~ん」
「誰がミーシャちゃんですか! どうせこの酒代も経営費から勝手に取って来たんですよね? こうやって好き勝手やられると困るのは管理を担当してる私なんですからね!」
「こういう時くらいいいじゃないのー、せっかくのエルの歓迎パーティ開こうってんだからさ~」
「それとこれとは別です!」
そんな二人のやり取りを見ながらエルふとあることに気付いた。
「歓迎パーティ?」
「そういうことだ! お前は今日からこの正義の執行者のメンバーだ!」
ミーシャから酒瓶を取り戻したグレイブがそう叫ぶ。
「あ、ありがとうございます!」
「つーわけでさっそくギルドメンバーの紹介といこうか! まずはミーシャ、お前からだ!」
グレイブから酒瓶を取り上げる事を諦め、ミーシャはため息をつきながらエルの前に立つ。
「えー今更だとは思いますが──」
「いえーい! ミーシャちゃーん!」
「ミーシャ・クロイツヴァルトと申します。一応ここでは──」
「ひゅーひゅー! うちの看板娘ー!!!」
「えーと、ここではギルドの管理を担当しており──」
「ミーシャちゃんかーわーうぃーうぃー!」
「──少々お待ちを」
ドゴッという音とともに床に突っ伏すグレイブ。
「失礼しました。とりあえずこれからよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
(あの人一応ここのギルドマスターなんだよな? いいのかあれで……)
そんな事をエルが考えていると今度は金髪の小さな女の子がやって来た。
「ユリカ・ファインよ!」
そう自己紹介する10歳くらいの見た目の少女。
そんな少女にエルは思わず首を傾げてしまう。
「えーと……誰かのお子さんかな?」
「──!」
次の瞬間エルの体はくの字に折れ、壁に物凄い勢いで衝突した。
その衝撃で木で出来た壁は崩壊し、辺りに木片が飛び散る。
「な、何が起きた……」
なんとか体勢を立て直して立ち上がろうとしたエルの前にはムスっとした顔で仁王立ちする金髪の小さな女の子ユリカ。
「誰がお子さんだ!!! あたし20歳だもん!!!」
(え、えぇ……どんなに多く見積もっても俺と同い年には見えないぞ……いや、そんなことより謝らないと殺される)
「わ、悪かった……」
「フンッ」
不機嫌そうに席へと戻っていくユリカ。
どうにか命の危機を脱したエルはホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫かい? 彼女はああ見えて物凄い怪力の持ち主だから怒らせないほうが懸命だよ」
そう言って倒れるエルに手を差し伸べてくれたのは黒髪長髪のイケメンであった。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことさ。僕はフローズ・ミラルージュ、フローズと呼んでくれ」
カッコいい、単純にエルはそう思った。
フローズがニコリと笑うと、口の隙間から見える白い歯が眩しいくらいに輝く。
「あっ、もしかして今君、僕の事美しいと思わなかったかい?」
「え、あ、はい。美しいというかカッコいいというか……」
「やっぱりそうか。あぁ、なんて僕は罪深いのだろう。初対面の相手からもそんな風に思われてしまうなんて」
「は、はぁ」
(なんか様子がおかしくなってきたぞ)
「いいかい? 僕は本来目立つのはあまり好きじゃないんだ。だってそれは僕以外の人が僕の美しすぎる姿に隠れてしまうという事だからね。でも大衆はそんな僕を放っておけない、あぁどうして僕はこんなにも美しく生まれてきてしまったのか……まるで戦場に咲く一輪花のような儚さと美しさを体現したようなこの──」
「いいから黙ってろナルシスト野郎」
ユリカの繰り出す強烈な蹴りにより、女性陣による本日三人目の犠牲者がここに誕生した。
細かい設定
・ギルド総合案内所
ギルドの募集や依頼を管理する施設。
冒険者ギルドなど特別な方針を持つギルド以外の一般のギルドの仕事は依頼人から直接依頼を受けるか、ギルド総合案内所に寄せられた依頼の中から選んで受けることとなる。
ギルド総合案内所の依頼についてはあまり数がなく、常にギルド同士の奪い合いになっており、条件の良いものは大手のギルドが持っていってしまう事がほとんどである。