1話 ギルド試験
よろしくお願いします。
彼が前世の記憶を思い出したのは物心が付き始めた頃の事。
思い出したと言っても死ぬ少し前までのことを断片的に思い出しただけなのだが、自分がここに転生したのだと確信するには充分であった。
魔法が当たり前のように存在する世界で彼が新たに受けた名はエルヴィス・ヘイトノール。
生まれた家はレシニア帝国という大国の外れにある小さな村の小さな家。
そんな場所でエルの両親は愛情を込めて彼を育てた。
「あなた! エルにSSS判定が出たわ!」
エルが15歳になる頃、母親は国からエルに宛てられた魔法適性評価に声を上げて喜んだ。
魔法適性とはその言葉通り魔法を扱うにあたっての適性のことである。
評価はDランクからSSSランクまで別れており、Aランクを超える高評価を受けた者は無条件でレシニア帝国唯一の魔法学校への入学が許可される。
魔法学校への入学、つまりそれは前世の世界で言うエリートコースと言ったところだろう。
母親は迷わずエルを魔法学校へ入学させた。
小さな村を出て、巨大都市デルタガルドへと住むことになったのはエルが16歳の時。
国の中にある都市の中でも魔法技術と商業に特化した都市デルタガルド。
そんなデルタガルドにある魔法学校に入学したエルは卒業までの4年間で多くのことを学んだ。
それは精霊魔法、回復魔法、空間魔法、召喚魔法と言った基礎的な魔法の仕組みから、それらを応用した魔法技術や魔法医療などの専門的な知識。
自分に力がついていくの日々実感する中でエルはある思いを抱くようになった。
ヒーローになりたい──
それが前世での影響なのかこの世界での生活によるものなのかは分からないが、とにかくエルはヒーローになりたかった。
強く、かっこよく、人のために命を懸けて戦うヒーローに──。
「なぁエル、お前卒業したらどうすんだ?」
卒業を間近に控えた頃、エルはクラスのメイトであり親友でもあるネイルと話していた。
「俺はギルドに入るよ」
即答するエルにネイルは少し驚いた顔をする。
「ギルド? そりゃまた随分意外だな。俺はてっきりここに残って研究続けるのかと思ってたよ」
「それも考えたけどもうここで研究できることはそんなに無さそうだしな。ネイルこそどうすんだ?」
「俺は親父の店継ぐことにしたよ。本当はそれが嫌だからこの学校に入ったんだけどな、まぁ親父も歳だし仕方ないさ」
そう言って苦笑するネイル。
「そっか、寂しくなるな……」
「おいおい、店はデルタガルド内にあんだからいつでも遊びに来いっての! それはそうとどこのギルド入るつもりなんだ? やっぱ聖騎士の誓いとか業魔滅却あたりの大規模ギルドか?」
「──いや、正義の執行者に入ろうと思ってる」
「正義の執行者? なんだそのギルド、聞いたこともないぞ。本当に大丈夫なのかそこ」
「大丈夫だって、というか今から俺面接なんだよ」
「まじか。それじゃあせいぜい頑張ってくれ。まぁ首席で卒業予定のお前なら余裕なんだろうけどな」
それから暫く世間話などをしてネイルと別れたエルは、そのまま正義の執行者のギルドハウスへと向かった。
中世風の町並みを暫く歩きながら中心街を抜け、人気の少なくなった町の外れに着くと、手元の地図を確認しながら辺りを見渡してみる。
周りにあるのは無人の住宅。国の中でもかなり栄えた都市であるデルタガルドの中でここまで寂れた場所もそうはないだろう。
「本当にここで合ってるよな……?」
目の前にある木造二階建ての大きめの建物の表に掛けられている看板には『正義の執行者本部』とだけ書かれており、中からは人の気配は全くしない。
あらためてギルド総合案内所から寮に送られてきた地図を確認してみるが間違いないようなので、不審に思いつつもエルはとりあえず玄関の扉をノックしてみる。
返事はない。
仕方なしにもう一度ノックしようとしたところ、突然目の前の扉が勢い良く開いた。
「──ごふっ」
エルは扉にぶつけた鼻を抑えながら扉の先に立つ人物に目を向けてみる。
そこには目つきの悪い黒ずんだ金髪をした男が立っていた。
「何度も言わせんじゃねぇ! ここは俺が全財産叩いて買い取ったんだ! 立ち退きなんかしてたまるかバーカ!」
「あ、あの──」
「いいか? 場所代納めて欲しかったら依頼人連れてこい! 分かったな!」
「いや、だから──」
「あぁん? なんだお前?」
「えーと、正義の執行者の面接に来たんですけど……」
「面接……あぁ! 思い出した思い出した! 中入れよ!」
男の態度に怪訝な顔をしつつ、言われるがままエルはギルドハウスの中に入ってみる。
(うわぁ……酷いな……)
そこは本当に人が住んでいるのかと思うくらい荒れていた。
酒場のように大きな広間には机と椅子が散らばっており、酒瓶などもそこら中に転がっている。
「いやぁさっきは悪かったな! てっきりまた取り立て屋の連中かと思ったぜ。ほら、突っ立ってないでその辺の椅子に座れよ」
本当に大丈夫なのだろうかという疑問は湧き上がってくるが、とりあえずエルは転がる椅子の一つを起こしてそこに腰掛けた。
「まずは自己紹介だ。俺はグレイブ・ロイズハート、このギルドのマスターをやってる」
「エルディス・ヘイトノールです」
「エルディスか、さっそくだが履歴書持ってきてるか?」
「はい。どうぞ」
渡した履歴書を煙草に火を付けながら真剣な目で読むグレイブ。
「なになに……魔法学校グロリア学園を首席で卒業予定……魔法適性はSSSランク……一級魔法技術士に魔法医療免許……おまけに趣味は人助けか……これでもかってくらい優等生じゃねぇか、なんでお前みたいのがうちみたいなギルドに来てんだ?」
「それは町でたまたま見かけた求人情報に惹かれてしまいまして……」
そう、エルがこの正義の執行者に来たのは数ヶ月前に見たあるチラシが理由だった。
それは路地裏に張られていたギルド勧誘のチラシ。
『正義の執行者メンバー募集中
活動内容:魔物討伐からペットの捜索まで何でも
待遇:要相談
加入条件:カッコいい必殺技がある者
一言:このギルドの方針はヒーローになることだ。ピンチの時にはさっそうと登場し、弱気を守り悪を挫く。そんなヒーローに憧れる者の応募を待っている。
応募希望の方はデルタガルド城外部に設置されているギルド総合案内所までお越し下さい。』
エルはつい最近まで、ヒーローを目指すのならばデルタガルドの騎士団に入団して武功を上げ、出世していくのが一番だと考えていた。
しかしその正義の執行者のメンバー募集のチラシを見てエルは思い出したのだ。
別に出世や栄誉が欲しい訳じゃない。ただカッコいいヒーローになりたいという前世の自分の気持ちを──
「なるほどな。つまりお前はヒーローに憧れてるってわけか。いいじゃねぇか」
「ありがとうございます」
「経歴も申し分ねぇし俺としちゃこのまま合格って言ってやりてぇところなんだが……なぁ、どう思うよミーシャ」
突然エルの後ろに話しかけるグレイブ。
エルが振り向くとそこにはフリフリのメイド服を来た青に近い白髪の女の子が立っていた。
(なぜメイドさんが……?)
「経歴だけなら優秀な人材ですね。しかしこのギルドの加入条件を満たしているとは限りませんよ」
淡々とした口調でミーシャというメイド服の女の子はグレイブの質問に答える。
「確かにその通りだな。エル、お前もチラシを見たならここの加入条件分かってるよな?」
「もちろんです! カッコいい必殺技ですよね?」
「その通りだ! ヒーローたる者必殺技が無けりゃそれはヒーローとは言えねぇ、面接はこれで終わりだ。今から実践試験を行なう」
(色々と不安は残っているがとりあえずここまでは予想通りだ……後はこのために考えてきた俺の必殺技を見せるだけ──)
それからエルはグレイブに連れられてデルタガルドの外に出た。
門番がグレイブを見ただけで通してくれたのを見ると、案外グレイブの名は有名なのかもしれないと思うエル。
「おし、この辺は誰も住んでねぇし多少暴れても平気だろ。ちょっと待ってろよ」
デルタガルドから少し離れた広い草原に着くとグレイブはチョークを使って地面に魔法陣を描き始めた。
「召喚魔法の陣ですね……一体何を召喚するつもりなんですか?」
「まぁ見てろって」
一緒に来ていたミーシャはいつの間にかエル達からかなり離れた距離にいる。
「幽閉されし悪鬼共!!! ご主人様の命令だ!!! さっさと出てきやがれ!!!」
(やけに乱暴な詠唱だな……そんな詠唱で本当に──)
エルが全く聞いたこともないようなデタラメな召喚魔法の詠唱をするグレイブだが、魔法陣は光を放ち、そこから次々と黒い影が飛び出した。
「ゴ、ゴブリン!?」
それは召喚獣ではなく鎖に繋がれた三匹のゴブリンだった。
「コロシテヤル!!!」
「ハズセ!!! ニガセ!!!」
「フザケンナ!!!クソヤロウ!!!」
出てきたゴブリン達はグレイブに向かって次々と罵声を浴びせる。
「あー、はいはい。ちゃんと逃がしてやるよ、ただしあそこにいる男を殺せたらな」
「──ホントウカ?」
「ああ、もちろんだ。というわけでエル! こいつら相手にお前の必殺技を見せてくれ」
グレイブはパチンと指を鳴らすと、ゴブリン達を縛っていた鉄の鎖が砕ける。
「ヒャヒャヒャ、ヒサビサノジユウダ」
ヨダレを垂らしながら、そのギョロリとした赤い目をエルに向けるゴブリン達。
自分を殺せたら逃がしてやるというグレイブの発言がエルには少々気になったが、きっと殺されるぐらいの気合で試験に挑めということなのだろうとエルは好意的に解釈した。
「分かりました。俺が考えた必殺技、見せましょう」
「ヤッチマエ!!!」
鋭い牙と爪を剥き出しにして襲い掛かってくる三匹のゴブリン。
(冷静になれ俺……ここで冷静になれないならヒーローになんてなれっこない……)
エルは自分を落ち着かせるためにふぅと短く息を吐くと、自分がこの日のために考えてきたセリフを静かに口にした。
「──第一魔力制御区から第三魔力制御区までを右腕に接続、召喚魔法発動まで残り0.3秒……発動」
体の内部に設置した魔力制御区から右の手の平へ直接魔力を送り込み、召喚魔法を発動させる。
召喚したのはエルが自身で作り出した武器。
その形状は前世の自分が死ぬ前にプレイしていたゲームに出てくるデザートイーグルというハンドガンをモチーフにした銃。
エルはそれを迫り来るゴブリン達へと向けた。
「対象は3体、一撃で仕留めろ」
「ショウチイタシマシタ」
エルは機械音で喋るその銃の名を口にする。
「殺れ、裁きを下す者」
裁きを下す者から放たれた3発の銃弾、それはそれぞれが正確な軌道を描いてゴブリン達へと突き刺さる。
突然現れた得体のしれない武器に攻撃されたゴブリン達は一瞬その動きを止め、銃弾の当たった体を不思議そうに覗く。
「──ナンダ、ナニモオキナイゾ」
ニヤリと笑みを浮かべ、ゴブリンは前を向いた。
「ショセンハコドモノオモチャ! ニンゲンゴトキノブキデコノ──」
その先の言葉をゴブリンが喋ることはなかった。
「執行」
突き刺さった銃弾は、十字架の形をした爆発を起こし、ゴブリン達の体を跡形もなく焼き切った。
細かい設定 ※覚えなくても大丈夫です。
・魔法の仕組み
魔法を発動するには二つの方法があり、一つは魔法陣を用いる方法。二つ目は詠唱を唱える方法。
魔法陣とは一種の儀式のようなものであり、魔法陣に記された文字はそれぞれが魔法を発動させるために必要な術式を組み込んでいる。
詠唱の場合もほとんど同じであり、こちらの場合は文字ではなく言葉に術式が組み込まれている。
術式とはこの世界の法則に基づいて構築された方程式のようなものであり、魔法を発動させるのに欠かせないもの。
高位の魔法ほどその術式は複雑になるので、魔法を使い戦う者はその術式を武器に組み込んで魔力を送るだけで発動できるようにしている事が多い。
又、この術式を物などに組み込むことにより、電気を使わずに光源を作り出したり、大規模な水道施設を作り民家へ水を引いている。
ちなみにこういった魔法を応用して物や設備を作り出す技術を魔法技術と呼び、デルタガルドの商業はこの魔法技術を活かした商品を中心に行われている。