プロローグ
『ヒーロー見参!!! 覚悟しろ悪党め!!!』
土曜日の朝、そんな子供向けの特撮番組が流れる部屋の中で一人の青年がせっせとスーツに着替えていた。
時刻は午前8時30分になろうというところ。
着替えが終るとちょうどヒーローが怪人を必殺技で倒すところで持っていたリモコンでテレビの電源を消し、大急ぎで玄関から飛び出した
「やっべ、急げ急げ!」
休日出勤、手当は一切無し。
朝9時の朝礼から家に帰ってくるのは夜の22時。
休日なら無理に出なければいいじゃん、そんな風に思う人もいるかもしれないが彼は必死で駅まで走った。
「よし、このまま行けば間に合う!」
もちろん好きで休みの日に会社に向かっているわけではない。
出来ることなら休みたいし、仕事なんてしたくない。
しかし会社での立場や仕事量を考えれば休日を使ってでも働かなければ肩身の狭い想いをするのは明白だった。
さらに言うなら休んだら週明けに上司からのいびりが待っている。
彼は平凡な人間だった。
容姿、学歴、性格、名前に至るまで特に突出したところがあるわけでもない。
ただ彼には昔から憧れるものがあった。
それはヒーロー。
ピンチの時には必ず現れ、カッコいい決め技で敵を倒すヒーローである。
もちろんそんなものがいないことくらい大人になった彼は分かっていた。
それでも一度くらい──人生で一度くらいはヒーローになってみたかったのだ。
そんな事を思っていたからだろうか。
いつもの道でその機会は訪れた。
「よし見えた!」
駅前の信号が見えたところで彼は息をペースを落として息を整える。
とりあえず上司からグチグチ文句を言われることは無さそうだ。
そんな時、ふと男の目の端に車道を歩く小さな女の子が映った。
女の子はどうやらボールを追いかけているうちに車道へ飛び出してしまったらしく、周囲の人が女の子を指差しながら危ないんじゃない? などと話している。
「おいおい、ちゃんと見張っとけよ……な……」
思わず言葉が途切れてしまう。
その理由は女の子の歩く車道に向かって猛スピードで一台のトラックが走っていたからだ。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ……」
その事に気づいたのは何も彼だけではない。
しかし周りの人間は誰かが何かするのを待っているのか、その場から動かずあたふたしているだけであった。
トラックはすでに女の子のすぐ側まで迫っている。
「どけ!!!」
道路に転がるボールを追いかける子共と暴走する大型トラック。
そんなありがちな展開に彼は迷わなかった。
女の子の体を押し出し、代わりに自分がトラックの目の前へと飛び出す。
あと1秒も経たず自分は死ぬ、その事実を目の前にして彼に後悔は無かった。
「いつからだっけな、ヒーローなんていないと思い始めたの──」
何故なら、きっとこの後に世に出る新聞には小さい文字で『子共を助けたヒーロー』とかそんなことが書かれていると思うからだ──