デート
剛力の愛する彼女、ハニー=弥生=アーナツメルツは、フランス人の母と日本人の父に生まれた少女で、彼の幼稚園時代からの幼馴染である。
同年代とは思えないほど素直で好奇心旺盛な性格のため、幼い頃から大人びた性格だった剛力は彼女を妹のように可愛がっていたのであるが、中学二年のある日、彼女から愛の告白をされたのである。当初は渋った彼だったが、彼女の一途な心に動かされ、付き合う事を承諾したのである。彼は彼女を「ハニーお嬢さん」と親しみを込めて呼んでおり、これまで一度も些細な喧嘩さえなく、非常に仲良く付き合っている。それができるのは、彼女は幼馴染であるが故に、彼の性格をよく知っており、彼の自尊心を尊重しているからこそだ。
学園では孤高な彼を、プライベートで唯一癒してくれる存在が彼女なのである。この日は、日頃の感謝を込めて彼女が大好きなケーキをご馳走してあげようと、彼女を家まで誘いに来たのだ。幸いな事に、ハニーの両親は彼が娘と付き合う事に好意的であるため、突然彼が訊ねてきても驚く様子も見せず、笑顔で家に招き入れ、ハニーを部屋に呼びに行った。彼女は剛力が来たと知るなり、急いで部屋の階段を駆け下り、一階のリビングに来た。
ウェーブのかかった美しい茶色の髪が特徴で全体的におっとりとした雰囲気の漂う彼女は、愛する彼からの誘いを受け、ものの数分で着替えて一緒に家を出た。
「剛力くん、今日は私を誘ってくれてありがとう。ケーキを一緒に食べてくれるなんて、夢みたいだよ。
あれ……? 確か剛力くんって甘い物嫌いじゃなかったけ?」
「ハニーお嬢さん、それは甘口カレー限定です。ケーキはそこまで苦手じゃありませんので、ご安心ください」
その答えに、彼女はほっと胸をなで下ろし、安堵する。
「よかったぁ。剛力くんが甘い物苦手なのに私に合わせているのかと思ったけど、そうじゃなくて安心したよ」
「お嬢さんに喜んでいただけて、俺も誘い甲斐がありますよ」
ふたりは仲良く並んで歩く。
普通のカップルならばここは手を繋いでいるのだが、剛力はそれをしなかった。なぜならば、彼女のいない男子がその光景を見ると、妬むに決まっているからである。人に嫌な気持ちをさせてまで付き合うのは彼の良心が許さなかったのである。さて、ふたりはしばらく歩いていたが、ここにきてピタリとハニーが足を止めた。
「お嬢さん、どうかしましたか」
彼が彼女の顔を覗きこむと、ハニーの瞳はキラキラ輝き、ある一点の方向を指さして見つめている。
「ねぇ剛力くん、あのお店にしようよ!」
彼女が指さした先にあったものは、『ガブリエルのケーキ屋』と書かれた洒落たケーキ屋と、店前で客寄せをしているアップルの姿であった。