太陽のアイドル
魔法は、十二時になったら切れる。
それは、ヨーロッパの昔話を読んだ事のある子どもなら誰がも知っているだろう。魔法が解けた後に残るのは、何だろう。
答えは、思い出である。
夢のような一時を過ごしたという想い出だけが、心の中に残る。
けれど、その想い出は決して消えずに、その人の心でいつまでも輝き続ける。そして、アップルにとっての「夢のような時間」も終わりを迎えようとしていた。
剛力は座っていた長椅子から立ち上がり、男らしいワイルドな笑みを浮かべ、どこかとおくを見て過ぎ去った思い出を懐かしむような口調で告げた。
「そろそろ、下校時刻だ。今日は、お前と話せて楽しかったよ」
「僕も、凄く楽しかった――」
喜びと別れの時間が差し迫る悲しさで、アップルは胸が押しつぶされそうになりながらも、彼に心配をかけさせてはいけないと、敢えて笑顔で言った。立ち上がった彼は自分より背の高い先輩を見上げる。
身長差は十センチ程あるが、この時ふたりは互いの瞳をじっと見つめていた。
「お嬢さん(フロイライン)、じゃあ、また機会があれば、話しましょう。あばよ」
今にも泣きそうな彼の肩にポンと優しく手を置き、夕日をバックに自分のクラスへ向かって歩き出す彼の姿をアップルは一瞥し、踵を返し思い人と同じく教室に帰って行った。
帰り道、アップルの瞳から一筋の雫が流れ落ちた。
それは、自分のためにここまで尽くしてくれた剛力に対する感謝の涙であった。彼は上品でおとなしい性格であるため、感情を高ぶらせる事はない。けれど、その代わり、嬉しさや悲しさを表情と涙で表現するのである。嬉しい時には笑顔で涙を流し、哀しい時は俯き、ポロポロと涙を地面に落としていく。
それが彼なりの感情表現方法なのである。
彼が泣くと、周囲の人間皆が悲しい気持ちになり、笑顔を見せるとそれだけで、皆の心に光が灯るのである。
アップル=ガブリエル。彼は北徒十字星のアイドルであるとともに、常に優しく温かな光を照らす太陽であった。