学園のオアシス
剛力とアップルは、三年の教室を出て歩きながら会話をする。
「えっと、剛力先輩って呼ばれるのと剛力さんって言われるの、どっちがいいですか」
「どっちでもいいさ。お前が好きな呼び方で結構だ。なんなら、呼び捨てでもタメ口会話をしてもいい。その方がお前も話しやすいだろ」
「それはそうですけど、先輩に対して失礼じゃないですか?」
「そんな事どうだっていいじゃねぇか。俺がいいって言うんだから、お前が気にする事なんか何もないと思うがな……」
彼のその言葉に感銘を受け、アップルは母国アメリカでいた頃のように、タメ口で話す事にした。
「剛力は、嫌いな食べ物とかある?」
「嫌いな食べ物か……基本的に何でも食べるから、好き嫌いはあまりないが敢えてあげるとするなら、甘口カレーライスだな」
「甘口カレー!?」
予想だにしない答えに、彼は驚愕した。彼は転校してきた当初から、日本人はカレーが大好きという情報を耳にしていたし、実際クラスメートが給食でカレーが出た時に歓声を上げたのを見て、その情報は事実なんだなと思っていた。だが、ここにきてカレーが嫌いという人間が現れたのだ。彼の中にあった日本人の常識は早くも崩れ去ってしまった。常識だと思っていたことが覆されてしまったのでアップルは少しの間ポ~っとしていたが剛力に名前を呼ばれ我に返る。
「お前は、何が好物なんだ」
「僕が好きなのはね、アップルパイだよ」
「アップルパイか……確かそれはアメリカの伝統的なデザートだったな。よく作ってくれるのか」
「僕のお母さんとお父さんはケーキ屋さんだから、よくアップルパイを焼いてくれるの」
「そうか……俺も食べてみたいもんだな」
彼は自分の両親が得意としている料理を好きな人に褒められて上機嫌だった。
それから暫くふたりは無言で歩いていたが、ここで校内の中庭に到着した。北徒十字星学園は、剛力の尽力のおかげもあり環境が非常に整っており、中庭もそのひとつだった。まるで花畑のようにバラやひまわり、チューリップやパンジーなど様々な草花が植えられており、見る物を癒す。腰かけるベンチに自動販売機まで設置されているのだから、他校と比べると十分に豪華である。しかしながら、学園のこの中庭は土日は一般の人も入って寛げるように解放してある。
「この中庭素敵だね。いったい誰が設計したのかな」
「さぁな。ただひとつ言えるのは、この中庭を設計したのは匿名の誰かということだけさ」
事実を語るならば提案し設計したのは剛力の手腕によるものであるが、彼は自慢する事をよしとせず、他の生徒には「匿名で中庭設置の案と設計図が送られてきた」と公表している。だが、これは彼のもうひとつの考えによるものであった。
敢えて設計者不明にする事により、学校内の七不思議にとして残しちょっとしたミステリーにもしたかったのだ。