たったひとつの願い
不動が公園を去った後、ハニーとアップルは剛力の目が覚めるまでの間、雑談をして互いの事をよく知り、仲良くなろうと考えた。当初は出身地や誕生日血液型、携帯の電話番号などを教えあっていたが、アップルはここにきてふたりの関係が気になり、思い切って、けれどさりげなく訊ねてみた。
「弥生と剛力ってどういう関係なの?」
「私と剛力くんはね、恋人同士だよ」
恋人同士。予想していた事とはいえ、面と向かって告げられると辛いものがあった。けれどアップルはそれを受け止め、悲しみを胸にしまって、彼女と過ごす時間を悲しいものにしたくないと考え笑顔を崩さず問いかける。
「そっか……いつから付き合っているの?」
「去年からだよ。私が剛力くんに付き合ってくださいってプロポーズしたんだよ」
「彼と付き合えてよかったね」
「うん。とっても嬉しいよ」
無邪気に微笑む彼女を前にして、アップルは泣きだしたい気持ちで一杯だった。
『剛力くんは彼女だけを見ている。彼の視界に僕はいない……けれどもそれで彼が喜んでいるなら、それでもいいかも。自分の恋愛感情を押し付けて彼を困らせたくはないもの』
心の中で告白を提案してくれたヨハネスに謝り、改めてハニーの顔を見る。
柔らかな茶色の内巻きの髪に横からでもよくわかるほどの長い睫、インドア系という事が一目でわかる色白の肌に、ぱっちりと大きな薄茶色の瞳――彼女の容姿はアップルの持ち合わせていないものばかりであった。
「弥生は綺麗だね」
「えへへ、そうかなぁ?」
「そうだよ。少なくとも、僕はそう思っている」
「そっかぁ、嬉しいなぁ」
彼女は外見を褒められ、照れながらも頭を掻いて喜ぶ。
その仕草が、彼にはとても可愛く見えた。
『剛力が彼女を好きな理由はその明るさと、どんな人にも親切に接する優しさにあるのかもしれない。彼女なら、きっと僕が愛している剛力を幸せにする事ができる……』
アップルはベンチから立ち上がると、彼女の手をまるで何かを託すかのように、優しく包み込み、学園の皆が愛してやまない美しい笑顔を彼女に向け、言った。
「弥生、きみに僕からたったひとつだけお願いがあるんだ」
「ほぇ? お願い?」
「……剛力を幸せにしてやって欲しいんだ。彼は僕の――友達だから」
「当然だよ! 私は絶対剛力くんを悲しませないもん!」
「よかった……じゃあ、僕はもうそろそろ行かないと」
「うん、バイバイ、また会おうね!」
「そうだね。きみと過ごせて楽しかったよ」
この時、ハニーは考えなかった。
彼の発した何気ない言葉が、とても深い意味を持っている事を。