愛する彼女を逃がす為に
剛力と不動の対決は、アップルの店の近くにある公園で行われた。
見物客はハニーただひとり。
彼女は剛力の事が心配でついてきただけであったが、剛力にとってはそれで十分であり彼女の応援があるだけで百万の力を得たような感じがした。
「では行くぞっ」
不動は憤怒の形相で間合いを詰め、剛力にその剛腕を見舞ってくる。
けれど、日頃ボクシングでフットワークを鍛えている彼には、それを避ける事は容易であった。大きく空振りした自らの拳に目を見開き驚愕する不動。その隙を逃さず、剛力は彼の懐に潜り込みボディーブローを炸裂させた。だが、不動は僅かに後退するだけで倒れるけはいを見せない。普通の少年であれば今の一撃で確実に気絶しても不思議ではないのであるが、そうならないのは、不動が一般の少年とはケタ違いの戦闘力を誇るからに他ならない。
「どうやらお前はボクシングを得意とするようだな。今のパンチはなかなかの威力だった……だが、俺の敵ではないッ!!」
鍛え上げられた足から放たれるローキックは、まともに剛力の足首に命中する。
「確かにボクサーはパンチの威力は凄い。しかし、その反面、普段鍛えていない脚を狙われると脆いものだ」
「……ぐっ」
足に蹴りを受けた衝撃で、よろめく剛力。
「剛力くんっ」
幼馴染でもあり彼女でもあるハニーの声が響く。
『お嬢さんの前で、情けねぇ姿は見せられねぇな』
彼は体勢を立て直し、再び敵に突進していく。
「無駄だと言う事がわからんとは、愚かな男だ。そんなに俺に倒されたいか!」
不動は彼が愚直にも突進してくるものだと予想し、身構えていた。
だが、その予想は外れ彼は不動に拳を炸裂させると見せかけ、背を向け逃走を開始した。
「逃げる気か。そうはさせんっ」
剛力の後を追いかける不動。その様子を心配そうに見学していたハニーに対し、彼氏はアイコンタクトを出した。彼が彼女に伝えた内容、それは――
『俺が注意を逸らしている今の内に逃げてください』
そのメッセージを受け取った彼女の行動は早かった。
すぐさま彼の思いに答えるべく、全力疾走で公園の出口を走り抜けた。
公園を出ても走るのを止めず、体力が限界を来るまでひたすら走った。
それが彼の望んだ願いだったからである。
剛力は不動との戦闘中に考えたのだ。
敵の狙いはハニーただひとり。
自分はただ標的の邪魔者でしかなく、本気を出さずに戦っている。
それでも自分を圧倒するほどの力を持つ男。勝ち目は薄い。
ならば自分が犠牲になって愛する彼女を逃がす時間稼ぎを作るしかない、と。
大好きな彼の犠牲を無駄にするわけにはいかないと、小柄な美少女は涙を流し、街中を走り続ける。ふと後ろを振り返ると、そこには不動の姿はどこにもなかった。