ホラー
またいつか、とはいつの言葉だっただろうか。俺はあの日以来、病院のベットの上で退屈な日々を過ごしていた。
「くそっ、何だよ。誰も来ないじゃねぇか……」
病院にある個室内は自由に動き回れるのだが、俺は外に出る自由は無いのだ。見舞は最初の2、3日だけだった。顔を出していた友人も、今となっては誰も来なくなった。
またいつか、そんな言葉はもう信じない。
「すいません、今日から同室になります田中です」
「ん、誰だ?」
誰だろう、いきなり声をかけられ振り返ると見知らぬ長身の男性が一人、お辞儀をしていた。
「突然すいません、俺も入院しなきゃいけなくなったんですが、空き部屋が無くここを案内されまして」
「何だと?」
何てことだ、確かにこの個室にはベッドが二台あった。個室を用意したと聞いていたので、誰も居ないこの部屋で1人きままの時間を過ごしてやると思っていた矢先、この事態である。
「何か、すいません」
俺が独り言で、窓の外を見ながら誰も来ないと呟いていたのを確実に聞かれたようだ。俺は恥かしくなり、窓の方に向き直す。
「いや、まぁいいや。お前デカイな、どうしたんだ?」
俺はここに来て一週間が経っていた。後3週間程で退院予定だが、しばらくこの病室に残る事となる。
「えっと、お恥ずかしい話しで手術が必要でして」
手術、となると俺と同じように体のどこかを悪くしているのか。デカイのに、軟弱な奴だ。
「そっか、聞いて悪かったな」
「いえ、しばらくの間よろしくお願いします」
「そうだ、俺は明日手術なんだが、お互い無事終わったら外で会おうぜ」
「え?」
「こんな場所で会うのも何かの縁だ、良いだろう」
「あ、はい」
突然俺も何を言っているのだろうかと思うが、単に寂しかったのだろう。
「田中の奴、来ないな……」
俺は病院の一室で、田中が戻って来るのを待っていた。季節は移り変わり、冬である。あいつと出会ったのは夏休みだったか。とても暑い日の出会いだったのを覚えている。
「くそ、何がまたいつかだよ」
俺は窓の外を見ながら、あの時と同じ言葉を呟いていた。今では最後の友人となった、田中との最後の言葉。あいつは俺よりも先に退院し、またいつか。とだけ言い残していったのだ。
「くそくそっ、メールもなんで返信ねぇんだあの野郎」
冬休みに入ったら、必ず会いに来るとメールをしてくれていたのだ。こまめに俺にメールをくれ、俺もそれだけが一日の楽しみになっていたのだ。
俺が外をみながら、頬杖をついていると珍しく個室の扉が開く音がする。
「来たか田中!」
俺が振り向くと、そこには誰の姿も無かった。ただ、ボコりと大きな音が聞こえ、扉は壊れてしまったのか開いたまま閉まらなくなっていた。
「ん、田中? 居るんだろう?」
俺が話しかけるが、誰の反応も無い。しかし、手を握られる感触があり、俺はぎょっとする。
「だ、誰だ!?」
俺は個室を見回すも、誰の姿も見当たらない。ただ、手に温もりだけがあるのである。そして、手をそっと開くと、見慣れない鍵が一つ、握っていた。
「田中、なんだろう? イタズラなんてよせよ、バカ野郎」
反応は無い、しかしこの鍵は一体? 俺は鍵を握りしめたまま、半年ぶりに個室を出る。長い廊下は真っ暗で、灯がついていない。俺は廊下を歩くと、エレベーター前に辿り着く。
「ここで使えってか?」
俺がエレベーターのボタン下にある鍵穴に鍵を差し込むと、すんなりと回りエレベーターが俺の居る階へと到着する。
「ここって、こんな場所だったけか……?」
俺がエレベーターに乗り込んだ瞬間、俺の意識は途絶える。
またいつか、なんて最初から無かったのである。何故なら、このエレベーターに乗った者はそのままこの世から亡くなってしまうのだから。