04
「これって…コアだよね?」
「うん、それは間違いと思うけど…」
「赤い色…」
機械部品を動かせるのだからやはりコアであることは間違いない。でもコルたちが見慣れているコアは淡い青緑色の光を放っている。箱でありカプセルである金属が包むそのコアの中心部からは、赤い光が漏れ出していた。
「それにやっぱり変だよ、これだけで動くとは思えなくて」
動かなくなってただの金属部品片になった小さな山を子細に見るが、コルの違和感も疑問も増すばかり。金属に意思はないのだから、まるでコア自体が部品を集めて維持していたかのような…。
難しそうな顔をしているコルを見てウノさんは邪魔をしないように何か考えていた。インデちゃんはもちろん二人を邪魔しないので、しばし思考の沈黙が場を包む。
「…コル隊長」
「…はい!」
とっても小さい声でウノさんが言っているのに気が付いた。もしかしたら何度か呼ばれたのかもしれない。
「もう喋って良いでしょうかっ…」
「もちろんです…!」
「ですは要りません…!」
「そうだった…!」
インデちゃんが体の向きを変える。
「ええと、これ管理棟から出てきたよね。中の人たちは気付いているのかな?」
なるほどウノさんの質問は鋭い。いつもの管理棟の人たちならこの変な何かを放っておかないはずだからだ。ということは、少し開いたまま閉まらない管理棟のドアも、中から警備の人が出てこないことも、
「何か起きているのかもしれない」
ことを示している。
「ん? どうしたのインデちゃん」
管理棟を見ていたインデちゃんがもう一度向きを変え、ウノさんの肩をつついた。
「あ、コルくん見て、あれ!」
インデちゃんが指す先をウノさんが捉えた。そしてコルもそれを認識した。自分たちが降りてきた道に別の生き物のような何かが動いている。今目の前で動かなくなったこれと別の個体が、上の方…自分たちの住む階層の方を目指して。
あれに悪意があるのかどうかはやはりまだ分からない。ただ感覚は黄色信号のままだ。コアの色は赤信号だ。
コルは瞬時に取るべき選択が頭に浮かんだ。三人で追いかけるより、二手に分かれた方がいい。インデちゃんはあれを停止させられる。ウノさんにはインデちゃんがついていた方が危なくない。じゃあ自分は。
「ウノさんはインデちゃんとあれを追いかけて! 僕は管理棟の中を見てくる!」
* * * *
何度も振り返りながら(そのうち何度か転びそうになりながら)先を急ぐ。コルくんは管理棟の中へ入っていった。彼の判断はまさに隊長らしい立派なもので、“良くない可能性”を想定している。管理棟から赤いコアを持った変な生き物がまだ出てくるのではないかという可能性だ。自分たちは上から降りてきたので、今上へ向かっている一体を止めればひとまず…
「インデちゃん…あれは悪い機械なのかな…? 悪い生き物なのかな…?」
ウノの少し前を進んでいたインデちゃんは振り返る。いつものように自分の言葉を理解しているのは分かるけれど、声無く伝えようとしている感情は今までに無いものである気がする。
コアの赤い色のせいだろうが、目的も分からないただ動いているだけの何かをいつの間にか敵だと思って走り始めた。ただ今回はその勘は正しいように思う。「嫌な感覚」とコルくんが言っていた感覚が自分にも感じ取れた。そういう感覚は子供の方が敏感に察知できるものだけど、子供と大人の間にいる私にもまだその能力はあるようだ。
真ん中穴。いつも以上に人の気配がしないことが不安な気持ちを呼んでくる。自分たちが暮らす階層の下に大きな空間があって、なんだか優しくなさそうな顔をした人たちが管理棟でどうやら重要らしい仕事をしている。
何かもっと良くないものを見張っているんじゃないか、ともすれば作っているんじゃないか。子供たちがそう言っているのを聞いたことがあるし、そうであっても不思議ではない気がしてしまう。
やや黒ずんだ金属色をした緩やかな坂を久々の急いでいる走りで登っていく。しっかり付いてくるインデちゃんの走る音が、広い空間に不安げに響く自分の足音を支えるように聞こえた。
「あら?」
先を進んでいた機械は短い金属のハシゴの前で止まったように見えた。不格好な四本の細い脚。もしかしたら登れないのかもしれない。辺りの地形をよく見ると回り道をすれば坂を上っていけるのだけど、ともかく今のうちに追いついて…
「ウノおねーさん!」
斜め上から複数の声がした。あれは…コルくんの仲間たち!
ウノとインデちゃんが子供たちに合流すると、よつあし機械は子供たちに囲まれて動きを止めていた。彼らに何度か突っつかれたりりキックされたりしたようだ。
「ウノねーちゃん、こいつやっつけちゃおうぜ!」
「タテイスちょっと待って!」
たよれる大将タテイスくん、勇気ある良い子のカンナちゃん、寡黙で明晰なニラセちゃん。コルくんとよく一緒に遊んでいる子供たちだ。
「インデちゃん、」
言いかけてその先がすぐに思い付かなかった。インデちゃんは、追い詰められながらも自分を囲んだ人間たちを観察するような動きをしていた謎の生き物のような機械に触れた。
触れられる直前にその機械がインデちゃんに対して何か特別な反応をしたような気がした。ウノだけではなく三人の子どもたちにもそれが分かった。
「何となくだけど悪い機械だと思ったよ」
「オレもオレも」
「ニラセちゃんも?」
「…はい、うまく説明できないですけど、嫌な感じがしたんです」
「ふむー…」
形が崩れて部品の小さな山となった金属群を見る。ちらっとインデちゃんの方を見てから、ウノはその中心に手を伸ばす。
「あれ、コアだ。え、赤い!」
「なんだこれ…」
「…」
くすんだ黄金色の箱の各面から特別な材質に封じられたコアの光が淡く漏れ出す。見慣れない、赤い光。
「この赤いコアから、嫌な感じはする?」
聞きながら自分でも意識を集中させてみた。
「うーん、しなくなっちゃった」
「壊れたからじゃない?」
「さっきみたいにはしません…」
ウノ自身もそうだった。子どもたちが感じ取れないのだから「嫌な感じ」は消えてしまったようだ。まだコアは赤く光っている。この世界で皆の使うエネルギーを生み出す便利なコア。そういえばコアが光を失うのを…
考えがまとまらないウノはもう一度インデちゃんを見た。インデちゃんはウノをしっかり認識し、顔の部分をウノに向ける。
「最近嫌な感じが時々するよね、これだったのかな?」
「インデちゃんは何か知っているのかな…?」
「私も前に…」
…子供たちもインデちゃんを見ながら話し合いを始めた。ウノはウノで久しぶりにモヤモヤする思考に果敢に…
「あ、」
コルくんの方はどうなったのだろう。
* * * *
いつもなら重く閉まっている扉に体を横にすれば通れるくらいのスキマができている。そもそも怖い顔で青と黒の服を着た大人が立っていない。今なら…。
期待と不安が混ざっている。みんなが知らない管理棟の中に入れるというチャンスは、単純なワクワクではなかった。
近頃感じていた嫌な感じは小さな生き物を模して赤いコアと共に現れたし、ウノさんとは早速離れてしまった。でも、だからこそ。何かを持ち帰れるかもしれない。
音に注意しながら重そうな扉に近づく。自分たちが普段暮らしている空間の足元に巨大な空洞があり、そこに建物が立っている。
近づくとやはり見上げる大きさ。他とは異質な青と黒の重々しい建物。音を立てないように扉に近づき、背を付けた。先に触れた手のひらがひやりと冷たい。そのままカニ歩きをしてスキマに迫る。こんなに横幅が長い扉は他に無い。
緊張感の中で深呼吸をすると、そっと扉の中を、管理棟の中を覗いた。
(…?)
意気込んだ割には…
(何もないし、誰もいない…?)
そっと侵入した。
薄暗い通路が正面と左右に伸びている。通路がいやに広い。何が通るのだろう。人じゃないものが想定されていることはコルにも分かった。さてどっちに進もう。
「左!」
なんとなく正面は重要な部屋に続いている気がするので、手始めに左右を選ぶ。右を選ばなかったのには諸説あるとして。
やはり人の気配がない。左に曲がってから右にも左にも曲がって進んでいる。同じ形の頑丈そうな(今度は人のサイズの)ドアがいくつも並んでいるが、当然閉まっている。いくつか手をかけ力を入れてみるが、開いてくれない。
(あ、そういえば。)
じっと感覚を研ぎ澄ませてみる。
(いる…!)
あの嫌な感覚。近いとか遠いとかは分からな…
「…ん?」
金属歩行音。さっき聞いたばかりの音に似てる、近づいてくる。隠れるところは無い。引き換えすか、それとも、
「待て!」
人の声と足音が同時に聞こえた。すぐそこの曲がり角の先に近づいてきている。考える時間は貰えなかった。工具ホルダーに手をかけ愛用のスパナを掴んだと同時に、数メートル先の曲がり角から例の生き物が姿を見せる。
『ガシャカシャガシャ』
さっきこいつと同じ生き物のような機械は自分を無視してインデちゃんに向かっていった。じゃあインデちゃんがいなかったら…?
『ガシャガシャ』
一歩距離を取る。不格好な音を立ててそれはそのまま通り過ぎ「おい、ここで何をしている!」
足元に気を取られていた。「ご、ごめんなさい」と言ったか言ってないか、コルは一気に走り出した。一瞬視界に入れた身体を包むような青と黒の服にがっしりした体格。管理棟の大人だ。すぐにガシャガシャと走る機械を抜き去り、入ってきた巨大な扉を目指す。
あっという間の脱走劇。
「はぁふぅ」
呼吸を整える前に後ろで巨大な扉が閉まる音がした。振り返ると誰もいなかったし、何もなかった。静かに重く空洞の中に立つ巨大な管理棟の前。そのすこし開けた場所にポツンと自分がいるだけだ。
あの生き物機械は外に出てこられていない。しかし管理棟の大人もまだ入り口の見張りに戻らない。秘密は全然持ち帰れなかったけれど、何か起きているらしいことは分かった。
遠くから呼ばれた気がして両ひざに手のひらを置いたまま顔を上げる。ウノさんとインデちゃんの姿が小さく目に映った。本当にあの場所から呼んでくれたようだ、こちらに気付いたウノさんは足を止めて手を振っている。