03
「それじゃあ出発しましょうコル隊長!」
「は、はい」
「もっと偉そうにしていいんだよー」
「はい…じゃなくて、うん…」
どっちが偉いというのは無いけれど、隊長は隊長らしい。準備をしてくると言ってお店の奥に行ったウノさんは、お店の白いエプロンを取って肩掛けの少し大きめのカバンと一緒に戻ってきた。インデちゃんと共にてきぱきと片付けや戸締りのような作業を済ませると、元気いっぱいに外へ出た。好奇心旺盛のコルが押されるくらいに元気いっぱいに。
「じゃあまずは真ん中穴に行こうか」
真ん中穴というのは中心部の最下層のことだ。ウノさん独自の呼び方である。
「コル隊長が先頭だよー」
「あれ、そう言えばいつの間に隊長に?」
「男の子が隊長の方が良いでしょー、それにコルくんなら大丈夫!」
頑張って「ていねい語」から切り替えようとしている最中に隊長に任命され、調査隊の行動開始のワクワクが抑えきれないこともあり、コルはコルで気分が忙しい。それを見抜いたウノさんの提案で一呼吸おいてから三人(二人とオトマタ(?)一体)は進み始める。まずは中心構造部に向かってやや歩き、それから円周に沿って階段を……階段?
「ん? どうしたの?」
『キコキコ』とか『ジー』とかそれっぽい音を立てながら、ここまでインデちゃんはついてきた。地面は基本的に金属の板。平坦ではあるけれど、変な廃材や部品がよく落ちている。インデちゃんは足に車輪がついているので、それらを避けながら進んできた。
「インデちゃん、階段どうするんでしょ…どうするの?」
「む、隊長、良い質問です」
ウノさんはそれっぽい顔でそれっぽく言ったが、表情には自信があるようだ。それはつまり、インデちゃんへの信頼。
「階段まで行ってみよー。インデちゃんすごいんだよ」
階段まで来ると、コルは足を止めて道を開けた。インデちゃんのためだ。“ため”と言ったが、興味津々だ。一体どうやってこの長丸いオトマタ――インデちゃんは階段を下りるのだろう。目の前には金属色の緩やかな階段が続いている。
「それではコル隊長、ご覧ください」
ウノさんはウノさんで斜め後ろに下がり、インデちゃんに前に出る(階段に近づく)ように促す。
「リョウカイシマシタ」などと喋るわけではないインデちゃんは小さくキコキコと車輪の音を立てながら階段に近づい…
「…?」
その前に両手を伸ばした。水平に伸ばした。インデちゃんの腕は根元の部分で胴体に収納されているリーチがあるらしく、少し伸びるようになっている。前にチェックしたことがある。その腕を胴体正面に構えると、ゆっくり地面に手をついた。つまり腕立て伏せのような格好になった。体は斜めになり、二つの車輪と二本の腕で体を支えている。
「実はインデちゃんは力持ちなのです」
ウノさんが言うのと同時に、『キュイン』と車輪が鳴る。
「うわ」
インデちゃんの体がぐわんと両手を軸に跳ね上がった。
「……」
「すごいでしょー」
逆立ちをしている。二本の腕で逆さまの体を支えてバランスを取っている。
インデちゃんは機能が詰まっている分だけ体が重いはずだし、両腕部分の強度がすごいのか実は中身が空洞で軽いのか、そんなことを考える工房見習いコルの普段の分析力は目の前の光景に消し飛んだ。
「と、いざとなればハシゴを降りることもできるのです」
エッヘンという顔のウノさん。インデちゃんには表情は無いが同じことを思っているのかもしれない。「すごい」と言うのをしばらく忘れていた。
「でもこのくらいの階段なら、ちょっと音が鳴るけど進んでいけるよー」
このまま逆立ちで進み始めたらどうしようかと思った。
* * * *
真ん中穴とは上手い言い方かもしれない。緩やかに進む進路は円に沿っていて、高度は下がっていく。どこか穴に落ちていくようでもある。町の真ん中に開いた穴に向かって。
穴の底には何か重要らしい建物があり、偉い人たちが集まっている。その偉い人たちが皆の生活の一部を支えるコアの管理をしていることはコルも知っているけれど、建物の多くは何やら厳重に警備されていて入ることができない。子供たちの間では「あの建物で秘密の研究をしている」とか「怖いものが住んでいる」とか、妙な噂がずっと前から流れている。
「見えてきたね」
ハシゴと階段をいくつも降りて、円に沿った階段――ゆるやかな螺旋を降りて、徐々に建物が見えてきた。
「カリントウ。じゃなくてカンリトウ。やっぱりなんだか不気味…」
穴の底のような場所にあるのだから当然といえば当然だが、全体的に少し薄暗い。この辺りでは珍しい青と灰色を基調とした色合い。降りてくるときに全体像は見えるのに、目の前まで来ると縦長の塔を中心に四方に同じような形の分厚い建物が重圧をかけるかのように緊迫感を放つ。つまり少し不気味だ。穴の底は実は上から見ると分からない巨大な空間になっていて、ずっしりと『管理棟』なる建物が聳えている。
「嫌な感じだよねー…あれ? コルくんが嫌な感じって言ってたのは、この感じ?」
「これじゃないと思うんです」
「これじゃないぜー(コルくん)」
「…これじゃなくて、ちょっと待ってて」
じっと気配のようなものを感じ取ろうとしてみる。この建物を目の前にしていなくても、つまり普段それなりに下の階層にいても最近感じるあれを…
「…」
インデちゃんはピタッと停止していた。ウノさんも頑張って音と気配をストップしようとしている。管理棟には分厚い扉があるので警備の人も普段はいない。静かなのに、特に変わった感じは無い。
「今はダメみたい…」
「ぷはっ…すーっ」
ウノさんは息を吸い込んだ。止めていたらしい。
「ダメか―…。嫌な感じの時とそうじゃない時があるのかな?」
「うん、ずっとってわけじゃなくて時々感じるくらいで…」
「インデちゃんにも聞いてみようか。インデちゃんは何か感じない?」
ウノさんはインデちゃんを見た。コルも見た。インデちゃんはじっと管理棟の方を見ている。と、『キィ』と音を立ててインデちゃんが一歩(車輪なのでだいたい一歩分くらい)前に出た。
「ん?」
「どうしたんだろう」
「あ」
インデちゃんから管理棟に視線と意識が移った時、待っていたようないなかったような感覚がコルを包んだ。
「…? コルくんどうし…あ、扉が」
大人の身長よりかなり高さのある分厚い扉がほんの少し開いていた。左右ある扉の片方、音を立てただろうか、スライドしてわずかに建物内側を見せている。だが二人と一体の視線は扉の隙間の地面に近い部分に集中している。
「なんだろうあれ…ウノさん、嫌な感じがする」
「私もちょっと分かる気がする、大きさはかわいいはずなんだけど…」
インデちゃんがさらに少し前に出た。
「オトマタ?」
金属部品でできた小さな生き物ようなものがこちらを見ていた。目があるわけではない、丸い目のような形の部品が一つだけ付いている。コルの膝くらいの高さしかないように見えるが、自立している。加えて「嫌な感じ」が明確にコルを襲う。まだ扉までは数十メートルある。何か飛ばして来たりものすごいスピードで移動してきたりしない限り…
(みたいなことを考えてるのがやっぱり危険信号だよね…ウノさんは僕が)
守る、と心の中でコルは言った。インデちゃんも警戒しているように見える。小さい生き物のような何かは彼らを身構えさせた。その意思があるかどうかはさておき。
「…どうしよう、近づいてみる? 近づいてくるかな?」
「ウノさん僕の後ろに」
「あ、はい隊長。…インデちゃんもなんだか怪しんでるよね」
「うん…嫌な感じもする。僕とインデちゃんで様子を見てくる」
コルが隊長の顔で言うと、ウノさんは承知した。
インデちゃんはコルよりほんの少しだけ前を歩く。懸念の正体を見極めるため、じりりと距離を詰めていく。
ウノさんを向こうで待機させたままあと少しの距離まで近づいた。動かずこちらを見ていた小さな何かは僅かに駆動音を立てて焦点をこちらに合わせたような気がする。四角い箱にどうにか四本の足が生えていて、少し頭らしい部品が箱に乗っていて、それで丸い目のような部品が一つ。
生き物の形を成そうとしているのか、しかし工房見習いのコルから言わせてもらうならまったく綺麗な形ではない。
(僕じゃない、インデちゃんの方を見てる…?)
コルは腰ポーチの工具ホルダーに手をかけた。機械をいじる簡単な道具は持っている。いざとなったら…
『ギィ…ガシャ』
「うっ……あれ?」
思わず身構える。それは関節を曲げて跳ぶようなしぐさを見せたが全然跳べていない。少し前方に浮いて地面に落ちると、おそらく精いっぱいの速度で前進し始めた。コルは手にスパナを握る。機械はハッキリとインデちゃんの方へ向かっていく。インデちゃんはじっとそれを見ながら片手を斜め下に伸ばしていた。
「どうするのインデちゃん…?」
小さな金属音が答えだった。インデちゃんが軽く叩くと謎の生き物は動きを止めた。そのまま何かの結束が解けたようにもろく崩れて…
「これって…」
コルは生き物らしき何かを形作っていた部品の中心に、見慣れた形の、しかし見慣れない色のものを見つけた。
「コルくーん…もうそっちに行ってもいいー?」
遠くからウノさんの声。コルはいったん考えるのを止めて手を振った。