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01


「行ってきまーす!」


 顔はこれから開けるドアの方を向いているが、元気な声は建物の中いっぱいに響いた。まだ用途の分からない機械がひしめくこじんまりとした彼の自慢の工房だ。


(工房って何だろう。便利屋…? 発明屋…だよね)


 慣れた動作で機械式のドアを開け、歯車の動く音を背にしながら外へ出た。外と言ってもこの上にも下にも横にも広い広い空間は、実は“本当の意味での外”じゃないのではないかと密かに思っている。


「さてと、ウノさんのところか」


 今日の仕事は届け物だ。ついでに機械の整備も任された。どう見ても子どもである自分に整備まで任せてくれた工房の期待に答えねばならない。

 届け物の方は美味しい飲み物が作れるというこの小さな機械で、整備の対象は既にウノさんのお店にあるちょっと大きな機械。ウノさんのところまではちょっと急げばすぐに着くはずだ。上の方にある、“カフェ”って書いた看板があるお店。


「よーし」


 意気込み十分。なにより、ウノさんに会いに行くのが楽しみだ。



* * * *



 はやる気持ちを素直に受け止めた歩みはやっぱり早かった。それでも歩きながらじっと色々な物を観察する。気のせいかも知れないけれど、ここの所どうにも…


「あ、コル! おーい!」


 同い年の女の子が遠くの屋根の上から声をかけてきたけれど「仕事中!」ときっぱり返して見せた。そう答えるのが誇らしかったし、考え事が中断してしまったし、それからえっと、そう、ウノさんのところに早く行きたいのだ。

 工房に弟子入りしたコル。小さな工房の周囲を起点に、何層にも積まれたドーナツ状の世界の一部は彼の良く知る世界になっていた。薄い金属の円盤にみんなの家やお店が真ん中を向いて建っているのがこの世界の中心部。円盤を離れて奥へ進んでいくとみんな自由に建物を建てるから、放置されたあれこれを含めて迷路のような生活空間になっている。中心部の円盤の中心には大きな穴が開いていて、だからドーナツと言ったのだけど、その円盤が何層も重なったような仕組みになっているのがこの辺の大きな特徴だ。外から見ると大きな塔のようにも見える。

 コルの目指す上の層に行くには穴に沿って作られた螺旋階段を行き来しなければならない。もっとも階段はたくさんあるし、誰かが掛けたハシゴや乗るだけで何階分もまっすぐ上がったり下りたりできる機械もある。

 ここの空間自体がへんてこな構図なのかもしれないけれど、そのことを疑問に思う人はほとんどいない。ほとんどと言ったのは、コルと年齢の近い、つまり子どもたちの何人かとはそんなふわふわとした違和感を共有したことがあるのだ。大人たちには内緒のままである。



* * * *



 ウノさんはかなり高いところに住んでいる。弧状に沿った階段をいくつも登り、外見の似たいくつもの家や店を通り過ぎ、時には自分で見つけた近道のハシゴを使い、少しずつ進んでいく。次第に建物が疎らになり、金属質の地面に誰かのガラクタが置かれていたり、無機質な造形物が道に張り出していたりする。

 歩きながらコルはまた考えてしまう。

 地面は金属だ。さらに言えばある高さからこの辺の外に抜け出して、もっともっと横へ歩いて行くとすべての方向に壁がある。だれも住んでいない不思議な形の建物もそうだが、何だかずっとしっくりこない。この世界は大きな大きな建物の中である気がしてしまうのだ。大きな釣鐘型の入れ物の中に自分たちはいるのではないか。全ては自分がもっと小さい子供のころからずっと見てきた世界だ。大人たちも見てきて、それは変わっていない。ずっと前からそうだと言う。

 工房の師匠は変なことを言っていた。“空とか天井って言葉の意味が他の世界では違うものを指すのかもね”だったはずだ。目を細めて上を見る。目の良いコルでさえピントは合わないけれど、ある一点ですべての壁が繋がっていたり、何か巨大なフタのようなものが置いてあったりしないだろうか。

 ふと視界の端にコアの箱の欠片のようなものが目に留まる。『コア』と言うのはエネルギーを生み出し続けてくれる便利なものだ。小さな箱に入っていることが多く、これを動力源にして様々な機械が作られている。自分たちの工房でももちろん昔から利用されていて、ある程度は使い方を知っている。


「うーん…」


 使い方は知っている。けれど仕組みは誰も知らない。そう、コアというのも考えてみれば良く分からない。大人になったら分かるのだろうか。それとも疑問に思わなくなるのだろうか。

 そろそろウノさんのお店が見えてくるので、コルの考え事はぼんやりと中断された。

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