08
「お、見えたぜ。見張りは…いない!」
巨大な金属片の影から顔だけを出して様子を窺っていたタテイスは後ろに待機させた三人にそう告げる。
「前もいなかったもん、いないよー」
「カンナの言う通り」
「緊張感があったほうがいいじゃんかー」
一度はタテイスの後ろで待機したものの、カンナもコルも気にせず先へ進む。でもまだタテイスの後ろには味方がいる。
「ね?」という同意を求める目で振り返ると、どうしようか迷っていたニラセが余計に困った顔をした。やや肩を落とすタテイスだったが、目的地は近い。ニラセにも急ごうと声をかけると気を取り直して駆け出した。
コア置き場は管理棟と似たような雰囲気を持った四角い建物だ。中への入口は建物の一方向にしかなく、それを隠すようにボロボロの柵がどうにか柵の形をしている。怖い顔をして建物を見張るような人はおらず、前に四人で来た時も簡単に中に入れた覚えがある。建物自体にも古めかしさが漂っていて、何かを隠そうという意思が時間と手間に負けてしまったかのようだ。それでも中には四人の好奇心を引き付けるコアが放置されていたはず。今回は何か発見があるかもしれない。
ペタリと入り口の近くの半分崩れた壁に張り付いて、お決まりの緊張感を演出するタテイス。コルもカンナも反対側の壁に隠れるようにしている。タテイスの指示がどうこうというより、建物の入口が見える位置まで近づいたことで自然とそうなったようだ。入口はドアが無い(以前はあったのかもしれない)せいで壁を四角く切り取ったようになっていて、薄暗い内部がわずかに見える。
「あれ、行かないのか?」
コルが中々動かないので、痺れを切らしたタテイスが聞く。
「ちょっとコア置き場の大きさが気になっちゃって…」
「大きさ?」
四角いコア置き場の建物を指さしてコルが説明する。前に中を探検したとき、建物に入ってすぐに下へ降りた。つまり、今見えている建物は地下への入り口部分だけで、中がどれだけ広いのか外からでは分からない。
「でも前に俺たち結構探検したよな?」
「それはそうなんだけど…」
黙って聞いていたカンナとニラセを見るコル。タテイスも二人を交互に見る。
「私たちには私たちの探検録があるから大丈夫だと思う!」
カンナが元気に答えると、ニラセもしっかり頷いた。コルの心配事はすうっと消えていく。慎重になりすぎたかもしれない。今は四人一緒にいるのだから怖いものはないはず。
「ん?」
「ごめん行こう」とコルが言おうとした直前にタテイスが遮る。
「タテイス、どうしたの?」
「いや、何でもない…」
カンナが聞くが、タテイスは誤魔化しているようだ。そのまま「行こうぜ」と率先して歩き出した。
足元に一つ金属の部品が落ちていたというだけで、タテイスも気にし過ぎているのかもしれない。
* * * *
建物の中に入ると外からの光が遮られて一気に薄暗くなった。本来ならコアのエネルギーを使った照明器具が屋内を照らすはずなのに、そのほとんどが光を失っている。大人の腰の高さくらいの大きな半円形の受付カウンターがひっそりと来客を待っていた。とは言っても本来なら見張り役だか受付役が立っている場所には誰もいない。
「やっぱり誰もいないね?」
「うん、しばらく使われていないんだろうね…」
コルは答えながら建物の中を見渡すが、やはり手入れされた跡は無い。相変わらず丸ごと放置されているような雰囲気。
「右だっけ、左だっけ? 右だよな?」
「左…」
受付カウンターの左右奥に下の階への階段が続いている。ニラセから答えを聞くとタテイスは真っ先に走り出した。前回は右側から調べたが、下に降りられたのは左側の通路の先だった。
「待ってよタテイスー」
先陣を切るタテイスを三人が追う。少し走ると分厚い大きな扉が見えてきた。この扉は扉そのものに小さい扉が付いて親子扉のようになっていて、その小さい扉の方の鍵が掛かっていなかったはず。
「あったあった! みんな早く来いよー」
三人が追いつくと、タテイスが指差す先で小さな扉が開いている。やっぱり鍵は掛かっていない、ここから奥へ進める。タテイスが一番乗りとばかりにまた走り出した。
「ニラセ?」
カンナがタテイスを追いかけて走り出したのにその場で立ち止まったニラセ。コルが理由を聞く。
「この扉って、前に来た時に閉めて出たかなって。コルくん覚えてる?」
「…多分、閉めて出たはず。最初閉まってたから出るときに気付かれないように…あれ?」
ニラセが何を言いたいのか分かったコルは少し心配になる。小さい扉はタテイスが開けたのではなく、最初から開いていた。前に自分たちが来た時からかなり時間が経っているので、単に誰かが点検に来ただけだと思うけれど…。
「誰もいないと思うんだけどね…タテイスに慎重に進もうって言わないと、急ごうニラセ!」
コルはそう言いながら身に着けてきた工具入れの中身を探った。手に持って武器になるようなものは二つだけある。管理棟の時のように機能区から点検に来たような大人に怒られるくらいなら良いけれど、そうじゃないとしたら…。
悪い想像をかき消すようにニラセの手を取って駆け出した。
* * * *
四人分の足音がよく響く空間に出た。この場所のことはよく覚えている。コア置き場の中は外から見えている建物部分からは想像できないほど広い空間が広がっていた。ここに来るまでに薄暗い中で転ばないようにスロープや階段を降りてきたので自分たちが少し深い地下にいることは分かっていたが、そこには天井が高く壁も高い迷路のような空間が広がっていた。壁も床も天井も全体的に黒っぽい素材で出来ていて、壁が天井にくっついていない(大人の背丈よりは高く、塀のようになっている)こと以外は何もかも圧迫感がある。そんな風に何か意図をもって厳重に作られている施設のように見えるのに、たくさんの通路の分かれ道を先へ先へと進んでいくと物が何も置いていない空っぽの小部屋がいくつもある。ドアも開けっ放し。それに交じって状態の様々なコアが放置されている部屋もあったのだ。そんなこんなで前にこの場所は『コア置き場』とコルたちに呼ばれることになった。
「んー…分かれてバラバラに探検しよっか? コアの部屋がどこにあったか覚えてる?」
視界が上にだけ広がって早速現れた別れ道を前にカンナが問いかける。まるで迷路のようなこの空間、攻略の作戦は立てないといけないけれど、前回はどうしたんだっけ。
「みんな一人で走り回ったよね、確か」
コルの記憶ではワクワクが先行して、
「早く行こうぜー」
今まさに走り出したくてそわそわしているタテイスが走り出したのに釣られて単独探検が始まったはず。
「危なくないかな…?」
ニラセの的確な「ちょっと待った」にはコルもカンナも回答を用意する必要があると思った。自分たち以外の人の気配が無いから大丈夫、が前回の回答だ。ひんやりとした地下の空気の中で一瞬耳を澄ませる。足音や物音、つまり動くものの気配は…タテイスの元気な足音以外…しない。
「…え?」
「もうタテイス…」
「行っちゃったね…」
タテイスが分かれ道を右に、先に走って行った。
「みんなで追いかける?」
「どうしようか、ちょっと今回はひとりで動くのが心配なんだよね」
「私もそう思う」
けれども四人で固まって動くのも効率が悪いような気がする。なんせ巨大な迷路だ。これは残った三人の共通認識だった。
「僕追いかけてくるよ、あ、でも…」
カンナとニラセを残すのはそれはそれで良くない気がする。これはタテイスと自分が男の子だから。
「私が追いかける。コル、ニラセちゃんと居てあげて。えっと、コアがある部屋を見つけたら大声で相手のチームを呼ぶことにしよう、何かあったらこの入口辺りに戻ってくること、そんな感じ?」
「さすがカンナ。そんな感じで良いと思う。あ、待って」
コルは小さな工具入れから小さな金属棒を取り出した。
「これ伸びる棒なんだけど、タテイスが使い方を知ってるから何かあったらタテイスに渡して」
「分かった、そっちも気を付けてね」
二人でカンナに手を振り見送る。タテイスの勢いと行動力にはカンナの冷静さと判断力が良い相性なのではとコルは時々思うが、カンナはカンナで万能に三人をカバーできる。いざという時の勇気にも一目置いている。きっと向こうは大丈夫だ。
「ニラセ、僕たちもコア探しを続けよう。どこの部屋だったか思い出せれば良いんだけど…」
ニラセが頷いたのを確認し、こちらも探索を再開する。
* * * *
「待ってタテイスー!」
高い壁の向こうの方から微かに返事が聞こえた。足音は聞こえなくなったから少し離れてしまったようだ、私も走らないと。黒い材質の壁は分厚い板のように視界を遮り立ち塞がって、触れば冷たく何かを訴える。曲がり角に曲がり角、また曲がり角分かれ道。…分かれ道?
「どっちに行ったの…」
左右の道はどちらの同じような感じ。少し先にまた曲がり角があって代り映えの無い壁の先は見えない。
「むー…あ!」
分かれ道のちょうど真ん中にネジが一つ落ちている。頭の方が左側。やるじゃないタテイス。これはずっと前に宝探し遊びをする時に使った目印だ。真っすぐに立てたネジが倒れた方向が進む道だから、この場合は左。ネジが一つ落ちていても私たち以外の人にはそれが進行方向の目印だなんて分からない。私たちだけの暗号だ。タテイスは探索に備えてポケットにでも入れていたのだろう。これで先へ進める。
「遅いぞカンナー」
「あれ、待っててくれたの」
何度か曲がり角を進んで、もう一度分かれ道を目印ネジで越えるとタテイスが待っていた。少し通路が開けて両側に小部屋がいくつか並んだ空間に出た。ドアの無い小部屋の入り口もある。
「こういうところがいくつかあるんだよね」
「そうそう。それでな、」
小部屋が一つだけ迷路途中の細い通路に繋げてあるところも前の探検で見かけたけれど、多いのはこのような小部屋が集まる空間だった。部屋は二つだけの時も、六つもある時も。小部屋空間の奥へと続く通路はやはりまた曲がり角になっていて先が見えない。
「俺がカンナを待っていたのは…!」
「…やっぱり何か心配してる?」
「…うん。そうなんだ。ちょっとだけだぞ、ちょっとだけ」
「心配の対象は赤いコアの機械?」
「よく分かったな。カンナ、今何も感じない?」
タテイスに言われて念のため目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。物音は特に聞こえない。そして例の嫌な感覚も今のところ無い。ただこのコア置き場全体がどちらかと言えば少し息苦しいというか重苦しいというか。黒っぽい壁の威圧感のせいだろうか。
「うーん、あの感覚は特に無いと思う。」
「俺もさっきから気にしてるんだけど、まだ何も感じないんだ。気にし過ぎなのかな」
「タテイスらしくないと言えばタテイスらしくないね」
「…金属の部品が一個落ちててさ、ここに来る途中で」
珍しく弱気になっているタテイスの話を一旦全部聞くことにした。最近感じるようになった嫌な気配、赤いコアを持った四つ足機械の登場。この二つが繋がることはカンナたちも直接体験した。コアのことを調べにここへ来たけれど、そうか、四つ足機械がここへ来ることをタテイスは心配していたのだ。(仮に四つ足が管理棟から生まれるのだとして、)厳重な警備があるから管理棟から出られないはずという考えも実際に二匹が抜け出したのを見たのだから説得力がない。
「なるほどね…」
「だから今回はカンナと一個ずつ部屋を見ることにしたい! 何かあったら俺が何とかするぜ」
「ありがとう、賛成だよ。そうしよう」
* * * *
ニラセは相変わらず口数少なく、しかし要所要所で至る所に注意を向けながらぴったり後ろを付いてきた。天井から少しだけ離れた分厚い黒い壁が四方にあるだけにも見えるが、迷路のような空間には部品の残骸、何かが通ったことによる傷、ともすれば人間が目印に記した文字記号など、情報の手がかりがちらほらと潜んでいる。
と、正面の壁が四角く切り取られている。左にはまた通路が通路が続いている。進行方向にあるものは歩き方の都合上コルが先に見つけてしまうようだ。
「部屋だ」
水平の高さまで視線を上げたニラセが頷く。空っぽかコアか別のガラクタがあるはずの小部屋。ドアのないタイプ。
「ニラセ、ここまで何か見つけた?」
「ううん、私は何も…。コルくんは?」
「僕も特に…。」
コルの言う“何か”とは良くない気配の痕跡だが、ニラセも同じ認識なのだろうか。
「でもほら、やっぱり部屋には何かあるはず。入ろう」
ニラセがもう一度頷く。
部屋はドアがあったはずの位置を越えるとすぐに左に曲がる構造だった。金属製の簡素な机と椅子が一つ。その横に同じく金属製の小さな棚が一つ。机と椅子は部屋の入り口に背を向ける配置だが、誰かが立ち去った後そのままであるかのように椅子が斜めにズレている。
「何も無いね…」
机の下に引き出しのようなものは無く、机の上にも一切の物が残されていない。
「棚の方も無いや、ぱっと見て分かったけどね」
二人が入り口に立った時点で棚の中身も机の様子も一応は見渡せた。ざっと見た限りこの部屋はハズレだったのだが、最初なので念のため丁寧に調べた。
「次行こー…う?」
ニラセが無人の机をぼんやりと眺めていた。
「あ、ごめん。うん。行こう」
「…ここにも昔誰かがいたんだ、って?」
「そう! それを考えてて…」
ニラセが何故分かったのかと嬉しそうな表情になった。それはコルもコルで考えを巡らせたことなのだ。コア置き場には明らかに時間の経過が見て取れる。かつて何かが行われていて、もちろん何人かのともすればたくさんの人々がいて。ここは元々前に探検した時に見つけたよりもずっと多くのコアが置かれているような場所だったのかもしれない。それは家を離れて少し進んだ区画で見つかる不思議な建物跡や機械の残骸たちと同じように、時間の隔たりを思わせるのだ。コルたちが見つけられていないような、そんな隠れた時の流れを。
「今度これみんなで話そうよ」
「本当? 嬉しい」
熱を入れて話せそうという顔のニラセ。
「じゃあニラセから提案ね?」
「え、コルくんお願い…」
「はいはーい」