01
鉄のにおいがした。それも錆びた鉄のにおい。オイルが混ざったような臭気も決して美しい世界を彷彿させない。
五感が戻る。ベッドの上で疲れて眠気に負けたように伏しているのは短い草の上。でも草原と呼ぶには違和感があるような、それに何か冷たい鉄の感触が腕の辺りにある。
歯車や鉄パイプ、形に名前の無い金属片。それら複数の部品が塊になっていて、しかし過去にもっと大きな装置だったもの。妙な光景だ。死んだ大量の機械部品が僅かに草が残る荒れた地面に散乱している。身体を起こすと、こちらへ近づいてくるものがあった。
ひとまずそれは機械ではない。見たところ人間の、子どもだ。この子に危険が無いと判断するのはまだ早いだろうか。丸い瞳で訝しげにこちらを見る様子を黙って眺めていた。服装は…やはり私のものとは少し雰囲気が違うようだ。
「お姉ちゃんは…」
どこの人、と聞かれたらどうしよう。
「…ここにずっといたの?」
ひとまずつい先ほどここへ来たと伝える。頭をフードで覆った小さな女の子は黙ってしまった。だがすぐに視線を周囲に戻し、どこか遠くを見据えた。
あなたは、と探りを入れる。
「お空でゼンマイの天使が撃ち落とされたの。その破片を拾っているの」
こちらを見て、それから空を見て、最後にまた周囲を軽く見渡して、女の子はそう言った。
* * * *
「ひどい話だぜ? 凄腕のスナイパーはゼンマイの天使の心臓を射抜いているから、その女の子は遥か遠くにぶっ飛ばされちまった心臓のパーツだけを見つけられないんだ」
落ち着いた雰囲気の小さなカウンター。髭を蓄えた男はそれほど酒が進まないようだった。彼自身はあの女の子の身内でも何でもないとのことだが、見つかりはしないものを健気に一人で探し続けるその姿に何か思うところがあったのかもしれない。
男が腰に提げたいくつかの工具に、狭い店内の少ない照明の一つが反射する。男はようやく一口だけグラスの液体を飲んだ。
「お前さんは?」
と聞く彼に曖昧な答えしか返せないでいると、彼は「構わないぜ」と両手を軽く上げて見せた。ここはそういう奴らが大半だし、俺も誇れるような人間じゃないからなと表情を緩めながら言う。
「果物のジュースでも飲んでいくかい? マスター、俺が…え? さっすがマスターだぜ」
透き通った薄い黄緑色の飲み物は柑橘系の口当たりの後に慣れない風味を楽しませてくれた。
彼は何度か女の子の探し物を手伝ったらしい。見つかりはしないと思っているが、他に良い言葉も見つからないのだ。またしばらくしたら様子を見に行くつもりだと言っていた。
最後まで無口で小奇麗な姿勢の良い店主と、強面な容姿とは反対に優しそうで気のいい男に礼を言い、店を出る。