06話 25歳 魔法使い(女)
私は現実世界では道場を営む職業剣士だが、ゲームの中でシステム登録上は魔法使いということになっていた。ゲーム中に表示される職業としては魔法使いではあるものの魔法を使うことは無い。
基本的にゲーム中では魔法使い職は非力であるとされており、ゲーム中で殴り合いなどしようものならボロ雑巾になるのに10秒もかからない。しかし、魔法の力を持ってすれば逆に格闘家を黒コゲにするのに5秒もかからぬだろう。魔法使いとは、力を持たぬ者が強者を倒す為に宛がわれた職業であるからだ。
他者がゲーム中で石礫を飛ばし、風を生み出し、肌を鉄のように硬くする魔法を使っているのを見たことがある。要はエムエーで言う魔法使いとは修行を経ずに強くなった存在なのである。
開発者たちが私に用意してくれたキャラクターモデルは、祖父が10年以上前に語った私の容姿が歪んだ形で具現化したものである。顔のつくりはともかく金髪なのは祖父の悪ふざけだったのだろう。似ても似つかない。
しかしながら、そんな容姿のキャラクターでも祖父が語ったというのであれば立派な遺産であろうとありがたく受け取ると、ゲームの筐体と参加権も一緒に贈られた。安くないものであろうが、金銭を支払おうとすると対価は既に祖父から受け取っていると固辞された。
未だに祖父に甘やかされているようで、いい年した大人としては何とも座りが悪い。
故人に対して遠慮するのも変な話で、せっかく貰ったのだから試しにとエムエーの世界へ行ってみたところ、職業が剣士ではなく魔法使いになっていた。ここまで含めて、恐らくは祖父の陰謀であることに疑いは無い。そういう人なのだ。
自分で選んだものではないが魔法使いとなったからには魔法を使ってみたいと思うのは道理だろう。誰も彼もポンポンと手から火や水を出しているので、ならば私もとゲーム内の初心者講座に参加してみたのだが、いくらやっても私の手からは何も出なかった。せいぜいが腕を空振る際に出てくる風圧程度である。
コンピューターが操作している講師のキャラクターが言うには、頭の中で魔法を使いイメージさえ出来れば機械がそれを読み取ってゲーム中にて具現化するそうだ。
他者はいとも簡単にそれを実行するのだが、私はいくらやってもそれが出来ない。魔法を使うというイメージが頭に湧かないのだ。どうしても人間の手から火や風が出てくるという想像が出来なかった。
魔法が使えない魔法使いは剣の使えない剣士に劣る。このままでは只の非力な少女だ。しかし使えないものは使えない。ならばすることは決まっていた。
筋トレだ。
使った分、筋肉は増える。ゲーム中でもこれは変わらない。本来ならば魔法も使った分だけ魔力とやらが増えたりするらしいが、私には関係の無い話となってしまった。
ひっそりと筋肉を鍛えて街で売られている剣を振ることに不自由が無くなった頃、初めて人を切り殺した。
無論、ゲーム中の試合という形式ではあるが、互いに己の命を懸けて死合う闘いには何ともいえない高揚感が走る。現実では到底不可能な命をかけた勝負が、このゲームの中では日常的に行えるのだ。
既に他界している祖父が開発段階で関わったというゲームに、私は不釣合いな少女の背格好で参加している。背が低いこと手足が短いことにはすぐに順応したが、その可愛らしい格好をした姿が自分であるということに耐え切れなくなりゲーム中では祖母の口調を真似ることにした。
何故か見も知らぬ者達から「おっさん」「のじゃろり」と呼ばれる羽目になったが、それはまあいい。
最悪なのは、それを道場の弟子に見られたことだ。
不幸中の幸いと呼んでいいのか、姿形が全く違っているのだからバレることはないと高を括っていたのだが、弟子は耳が良いらしく声で正体が露見してしまった。
生意気にも師匠に向かって「可愛い」などと言うので恥ずかしくなってその場では逃げ出してしまったが、何だか悔しくなって翌日の道場ではみっちりと稽古をつけてやった。手取り足取り。みっちりと。
その弟子もゲーム中では何故か容姿が魔法使いのように見える剣士、女のように見える男というのだから大分ややこしい。
それに比べれば私の魔法使いに見える魔法使いの剣士という肩書きはいくらか素直なものに思える。
何ヶ月かの間は二人でゲームを楽しんでいたのだが、弟子が運営会社のアルバイトとして勤務することになってしまった。
別段、特定の相手と行動をすることに制限を設けられてはいないようだが、ゲーム中でのイベントがあると呼び出されて一緒に行動できないこともある。
一人で行動することとなった頃を同じくして、運営会社からイベント開始のお知らせが全プレイヤーに対して届けられる。
内容は「ドラゴン討伐」というファンタジー色の強いタイトルで、どこぞの小島に出現するドラゴンを皆で力を合わせて退治するというものであった。お知らせを見た気の早い者達が次々とドラゴンへと向かっていくのを街中で見かけたが皆が皆、高級そうな装飾の武具に身を包んでいる。
ドラゴンと言うからには巨大な身体をしているだろうし、少なく見積もっても上野の国立博物館で見た恐竜の化石と同じくらいの大きさはあるだろう。運営会社からのお知らせでも複数人同時での参加を推奨されていた。鋼鉄製の鎧でも着ていなければ踏み潰されてお仕舞いだ。
ドラゴンという名前から察するに魔法使い向けのイベントであろうと思い、気が向いたら行って見るかくらいの気持ちで遠くから見ていたのだが、運営のアルバイトである弟子から「ぜひ参加してください」と熱心に頼み込まれたので仕方なく参加を決めた。別に「師匠の格好良い所が見たいです」とおだてられたのが理由ではない。断じて違う。
しかし頼みごとをする弟子は反則的に可愛かった。おのれ、目が見えぬというのにどうしてあそこまで上目遣いを使いこなせるのか。本当に男なのか。力ずくで確かめたくなる。
ドラゴンが討伐された時点でイベント終了となるそうだが、開始から既に何日か経過しているものの未だに継続中である。噂話を集めてみると話は簡単で、とても強すぎて数人がかりでも倒せるレベルではないとのことだ。その強さたるや謎の美女マジカルクイーンにも匹敵するという話だった。そこから派生して、もしかするとマジカルクイーンも運営の用意した機械人形(NPC)ではないかとまことしやかに囁かれていたがそれはあまり関係ない。
近々100人からなる大規模な編隊を組んで討伐に向かうという話も聞こえてきたので、おっとり刀でイベント会場となる小島へと向かうことにした。
小島へ向かう手段は漕ぎのボートのみで、古めかしいスタイルの人夫がエイコラとギィギィ音を立てながら波を割って進む。
小島へ到着すると既に大勢の人間が順番待ちをしているようで、盛大な行列を作って自分の番が回って来るのを待っていた。その最後尾に並んで周囲の話に耳を傾けていると、もう何度も挑んでいる人たちの話が聞こえてくる。
「やっぱ無理なんじゃねぇかな?」
「だよなぁ、どう考えたって第二形態があるし」
「ドラクエの”りゅうおう”からの伝統だから、そこは外してこないだろ」
「でもさぁ、初期の人型も倒せないのに第二形態なんて勝てる気がしないだろ」
「軍団みたいに100人規模で行かないと勝てねえんだよ、多分」
「んー、じゃあ一旦抜けてどっかのチームに入れてもらうか」
「そうだな、今なら募集も増えてるはずだし一回倒されたら終わりだって言うんだから、急いだ方がいいだろ」
話しの区切りと同時に二人は列を外れて船着き場まで戻って行った。同様にしてチラホラと列を外れる者達の姿が見える。何度か挑戦して敵わぬと判断し先ほどの二人組と同様に仲間を集めようと一旦引き返しているのだろう。
この後に100人規模の団体が押し寄せるとなれば、私が戦えるチャンスはこの一回が最初で最後かもしれない。今の話によると最初は人間と同じ形のキャラクターが出てきて、その後で龍に変身するようだ。龍とは戦ったことが無いので何とも言えないが、せめて人間の形をしている方には勝っておきたい。
10人程度で挑みに来ている集団は自信たっぷりの顔で討伐対象であるドラゴンがいる領域へと進んで行くが、10分もしないうちに「挑戦者求む」という次の参加者を招くサインが電気式立て看板に表示される。途中で抜ける人も手伝って次々と行列は消化されてゆくが、それでもイベントが終わる様子は無い。小一時間ほど待つ頃には私の順番が回ってきた。
見えない壁によって阻まれていた道が解除されたので、山道を道なりに進む。
5分ほども歩けば小高い丘の上に到着した。島の中で一番高い位置にあるようで、四方が開けて島の全景を眺めることが出来る。中々の絶景だ。
「待ちかねたぞ」
丘の上にいた人物が声を発する。そう大きな声ではないのに地響きが伴うような迫力が篭っていた。
「待たせたな」というべきか迷ったが、恐らくコンピューターが自動で発する台詞だろうと思って何も答えないでおく。
ゆっくりと歩いて間合いに入らぬように近づくと、その外見が良く分かる。
声の主は着流しに草履の純和風のいでたちだ。長髪ではあるが痩躯の男性で、腕や胸元からは引き締まった筋肉が見えた。スタイルの良さも相まって中々の美形だと思える。
龍の人型というからにはトカゲ人間のような姿かたちを想像していたのだが、どうみても外見は日本人のそれだ。
「ドラゴンと聞いていたが、人間か」
「強く在ればこそ、何者であろうとも全て些事よ」
「なるほど」
ドラゴンと同じくらい強ければ見た目はどうでもいいだろう、ということらしい。
「では宜しいか」
「常在戦場なり」
いつでも良いと言う意味だろう。それ以上確認はとらずに一歩踏み出す。相手との距離は約3m、まだ間合いには遠いはずだが腰に刺した刀の柄に手をかける。
二歩目を踏み出し、三歩目で嫌な予感がした。これ以上進んではならないと脳内で警笛が鳴る。三歩目の足を地に着ける寸前に左手で握りこんだ鍔を押し出し、半歩前へと突き出した。
同時にギィンッと手元の金属が強く鳴る。
左手にあった鍔から先、柄の半ばまで刃が食い込んでいた。
その刃は遥か離れた着流しの男から放たれている。飛び道具ではない、十尺(3m)はあろうかというバカみたいに長い日本刀が男の手に握られていた。
柄を破壊された刀は役に立たない。踏み出した二歩を直ちに下がると、喰われた腰の物がするりと抜ける。
手早くゲームのシステム画面から新しい得物を取り出して腰に差す。それを待っていた様に着流しの男が刃を振るうと、食い込んでいた私の刀が地面に落ちた。それを確認する頃にはバカ長い日本刀は鞘に収められている。どうやっているのか十尺もある刀の抜刀、納刀は難なくできるらしい。
この3mの間合いは厄介だ。私の手持ちは1mの刃渡りであるがせいぜい。それでも一般的には大太刀と呼ばれる部類だが3mの長さからすれば常識的な長さの刀でしかない。
手裏剣などもいくつか持ってはいるが、これでけん制してどうにかなる相手とも思えぬ。
付け入る隙があるとすれば、その身の長さから生まれる斬撃後の筋肉の硬直だろうか。尋常ではない長さの刀を振るうには、同様にただならぬ膂力が必要となるはずだ。脚から腰、背中と腕。全身の筋肉を用いて刀を制御しているに違いない。
なればこそ、その刀が振り下ろされ、敵を切らずに中空に制止させた瞬間には身体の筋肉の全てが硬直するはずである。凡そ1秒程度であろうが、己が刃の間合いである1mまで近づくには十分な時間である。
そうなると相手を空振りさせなければならないのだが、大きさからしてやたらめったら振り回すようなものでもない。その上、相手の間合いに入ってしまえばどこからでも銀閃が飛んでくる。
いやはや厄介だ。
そんな手も足も出ないような相手を用意されると、思わず顔がにやけてしまう。
久々の強敵だ。
考えるよりも先に身体が動く。
相手の間合いなど考えもせず駆け寄る。
一息の呼吸、2秒を経たずに振り下ろされた十尺刀が私の身体を袈裟懸けに真っ二つにする。
しかし、それは読んでいた。
バカのように長い刀を抜刀するならば、その最速の軌道は斜め上からの袈裟切りの他あるまい。
身体を低くヘッドスライディングをするように刃の下を潜り抜け、砂地の地面に脚を擦りながら両膝を揃えて全身の筋肉を瞬間、弛緩させる。
片膝を突き、飛び込んだ勢い止まらぬまま腰の刀に手を添えた。
一転してギチギチと音を立てて筋肉が悲鳴を上げる。
弓を放つように全身を引き絞る。
右手で掴んだ柄が胸の前まで引き出される。
左手と腰の回転により鞘がもう幾ばくもなく解き放たれる。
身体が四方へと弾けるような爆発力が生み出され、刃は一筋の光となって着流しの男に襲い掛かった。
人間の反応速度を超えた、神経伝達を上回る一撃。
神速の一閃ではあるが、身体を切るには距離が足らぬ。狙いは十尺刀を操る腕。その絶妙な太刀捌きは腕が負傷すれば十全に発揮されないことは想像に容易い。
腕までは行かずとも、指の一本は確実に切り落としたと思われた一撃はしかして再びギィンッという音によって阻まれた。
「馬鹿な」
私の居合いによる防ぎようの無い一撃は、十尺刀を用いて斬撃に合わせた方向に受け流すことによりしっかりと防がれている。
まさか硬直は無かったのか、人間であれば十尺もの長さであれば私の攻撃に対応できるはずがない。振り下ろした刀を瞬時に構えなおして防御に当てたようだが、そんなことが可能なのか。まるで最初から返す刀を持っていたような動きだ。
訝しむ私を脅威と見たのか、刃を防いだ着流しの男は一足跳びで離れ間合いをあけた。
ゆるりと十尺刀を納める着流しの男を見ながら、やっとここに至って男の正体に思い至った。
「なるほど確かにドラゴン」
ヒントだらけだったのに気づかなかったのは私がゲーム慣れしていないからだろうか。
「岩龍殿とお見受けした」
「いかにも」
姿形は些事と言っておきながら、名を当てられたのが嬉しいのか男の口角が上がった。
剣豪にして得物は物干し竿、必殺技は燕返し。こんな人物には一人しか心当たりは無い。
この男、佐々木小次郎である。